異なる社会的民族的背景

カナダの学校では移民の生徒の割合がかなり多いそうですが、移民でない生徒と比べてその成績はほぼ同レベルだそうです。フランス語圏、英語圏の人々やファースト・ネーションの先住民たちがすでに居住している国に移民が入っていた歴史を鑑みると、カナダの学校システムは共生のお手本のようなものだと言います。カナダの取り組みで特にユニークなのは、様々な文化から学びをカリキュラムに取り入れていることだとシュライヒャーは言います。それにより、早い段階で生徒に多様な視点から世界を見る力を身につけさせているそうです。教員も生徒が多様性を積極的に受け入れるように指導し、異なる社会的民族的背景の生徒も成功体験を得られるように指導法を工夫しているそうです。

カナダのPISAの成績は国全体としてのスコアですが、教育システムは州や地方ごとに運営され、各地区の学校システムは地方自治体が管理しています。一つの国としてのシステムが存在しない場合、PISAにおけるカナダの好成績の要因をどのように分析すればいいのかが課題だったようです。厳格な集中管理の賜物としての教育システムの成功例もある一方で、カナダは責任分散型のシステムによって成功しているとシュライヒャーは分析しています。

カナダはPISAで上位を占めていることに加えて、高等教育を受けている成人の割合も極めて高いようです。カナダの若者が、他のほとんどの国よりも読書好きであることも、社会全体の教育程度の高さを示していると言います。

では、カナダの学力の高さの背景にはどのような要因があると考えているのでしょうか?

PISA上位国の大半と同様にカナダの教員採用制度は厳格で、質の高い、そして給料の高い教員からは成績優秀な生徒が排出される傾向にあると言います。

しかし、カナダで最も着目すべきは、大量の移民の生徒を学校に受け入れられる許容容量です。PISAの結果によると、移民の生徒だからといって決して同級生よりも成績が劣ることはありません。ワールドクラスの学校システムが、その水準を下げずに移民の生徒を受け入れていることが示されているそうです。

現在カナダの移民のほとんどは中国、インド、フィリピン、パキスタン等のアジア諸国の出身だそうです。これらの移民の大多数がモントリオール、トロント、バンクーバーといった大都市に向かっています。しかし、PISAの結果によると、新たな移民の生徒は到着から3年以内に、移民以外の同級生の成績に追いついているそうです。

この理由を、いくつかシュライヒャーは考えています。

そもそもカナダは比較的人口の少ない国で、経済発展のために移民を歓迎してきた歴史があります。新たな移民の多くは専門職を求める教育程度の高いかぞくだそうです。その子どもたちは、第二言語を習得しなければならないとしても、すぐに他の同級生に追いつくことができます。つまり、こうした移民たちはカナダの学校の教育を受容する能力をすでに備えているということだと考えます。

異なる社会的民族的背景” への6件のコメント

  1. 「PISA上位国の大半と同様にカナダの教員採用制度は厳格で、質の高い、そして給料の高い教員からは成績優秀な生徒が排出される傾向にあると言います」 とありました。日本では決して安くはない給料ではあるのかもしれませんが、教育=奉仕という感覚があるのか、高い給料であるべきではなく、高い志を持って、、、のような部分が強調されすぎてしまうように思います。やはり、優秀な人材を集めるためには質を高めると同時に給与の面も重要になるということを改めて感じさせられました。また、カナダの移民を取り巻く環境はかなりいいものになっているのですね。こういった対応一つにしても国としても素晴らしい教育がなされているのかなということを感じます。多くの移民に対して、同じような教育が保証される環境があるということも国として教育に重きをおいているということを感じます。

  2. 集中管理と責任分散、どちらでも成功した例があるのですね。国土の広さ、人口の推移も影響しているようです。移民の考え方も、国にとって必要であるという考えを出発点としていれば、前向きな教育政策が図れますね。
    日本も散々少子高齢化というワードを耳にします。それと併せて「移民」という言葉を聞くことも増えたように感じます。これから日本がどのように歩んでいくべきか、たくさんの参考資料は既に存在しているようです。

  3. 移民大国であるカナダは、そのような移民の方々と経済をどう結びつければ良いのかということを、他国よりも先に経験していきた過去があるということでしょうか。カナダを訪れた際、「多様性」という実に言葉がしっくりくるような印象を持ちました。人種・教育・食・異文化などなど、それぞれが独立したものを表に出しながらも、自然とそれが違和感のない社会になっている感じが伝わってきました。座学のない公立小学校があったり、ホームスクーリングも主流でした。その背景には、比較的教育水準の高い家族が移ってくるというものがあり、もともと基礎的能力のある方々が多いというのは、ついているという言葉で済ませても良いものかはわかりませんが、そのような理由も含まれているということなのですね。

  4. カナダはアジアからの多くの移民を受け入れている国ですね。30年前に一度訪れたことがあります。私が経営していた塾で講師をしてくれていたカナダ人の方の結婚式に参加し祝福するため。バンクーバーでしたね。とてもきれいな町でした。そして当時も町全体が多国籍でした。大国アメリカの隣国、しかし自分たちのアイデンティティを見失わない国民性を感じました。「大量の移民の生徒を学校に受け入れられる許容容量」がある。確かに、国家として新しい国ですし、歴史的に、様々な人々が移り住んで国を形成してきた。こうした経緯により移民を快く受け入れ、共に育っていく国を作ってきたのでしょうね。いくつかの州に分かれていても、それぞれの州に共通しているのが、互いを受け入れる、ということなのでしょう。「責任分散型のシステムによって成功している」国にカナダ。機会があれば、同国の就学前施設の様子を視察したいと思っています。

  5. 移民が国にとって必要だということになれば、まずは受け入れるような環境にしようとするということなんですね。いろんな国の人がいてそれが当たり前であれば、自然と見た目や文化での偏見などはなくなりますよね。そして、共に生きていこうとするのであれば、分け隔てない教育の機会を、ということになっていくんだと思いました。また、そのような分け隔てない教育というのはみんながWin Winであることで、素晴らしいものであることを感じます。日本がこれからどのような国になり、何を大切にしていくのか考えた時の参考になる国というのは世界にたくさん存在しているということになるんですね。

  6.  また一つ示唆を頂きました。当園にも移民の子がいます。しかし同等の教育を受けさせようという私たちの気構えが足りなったと思います。今はインクルージョンの理念のもと、他の子と変わらない様に、特別扱いしない様にしていますが、それが当たり障りのない保育の逃げ口上ではいけません。移民の子を支援するプログラムがあってしかるべきです。改めて移民の子がこの国で生きていく為の保育の在り方を考えたいと思います。それは遠く無い未来、どの園でも考えなければならないことでもあると思います。

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