努力

PISAで成績上位の東アジア、カナダ、エストニア、フィンランドを含む国々の共通点は、保護者、教員、市民の多くが、全ての生徒が高い教育水準に達することができると考えていることだそうです。シンガポール教育省がめざすのは、全ての生徒が熱心な学習者となり、全ての教員が思いやりのある教育者となり、全ての保護者が子どもを支えるパートナーとなり、全ての校長が人々を元気づける教育リーダーとなり、全ての学校が良い学校となることだそうです。このような傾向は、全て生徒の考え方に反映されていきます。数学と科学の学習方法に関する傾向分析によると、多くの東アジアの生徒は、成功の秘訣は持って生まれた才能よりも努力を信じることだと考えているそうです。

このシンガポール教育相が目指しているものは、すごいですね。どうしても、そんなことは不可能だとか、きれいごとと片付けてしまいます。どうも私たちは、初めから諦めているのかもしれません。また、物事には「すべて」ということはないと思っているのかもしれません。しかし、その思いがすべての生徒の考え方に反映されるのですね。それを思うと、保育の世界でも、そのようなことを目指すべきだと思いますし、皆が合意できるような目指すものを提示する必要があるのかもしれません。

これは、東アジアの生徒はヨーロッパに比べて、成功や失敗の原因は努力であると考える傾向があることを示す他の調査の結果にも合致するそうです。実際、アジアの生徒は、成功の秘訣はどれだけ努力したかであると明確に教えられるそうです。アジアの教員は、生徒の成功を支えるだけではなく、生徒が成功の源は自身の能力と努力であるという考えを持つように促すのです。今までの保育カリキュラムが欧米から提案されてきましたが、このことを踏まえて、やはりアジアからの保育カリキュラムの提案がされるべきのような気がしてきます。

その他の国々では、生徒が困難なことに直面したとき、教員は到達目標を下げます。そうすることで教員は、生徒の達成度が低いのは持って生まれた能力が低いからだと暗に認めることになるのです。努力と違い、能力は生徒がどうすることもできないものであるため、生徒は困難なことに挑戦しなくなるかもしれません。幾つかの調査によると、教員はより能力を持っていると思う生徒に対して、より多くの賞賛を与え、より多くの支援や指導をおこない、質問に対してより丁寧に回答します。

努力によって生徒が成長し、自身の可能性を広げられると信じられなければ、教員は高い到達目標を達成するのが難しい生徒に罪悪感を持つだろうと言います。これは、教員が生徒に簡単な課題を与え、修了した生徒を過度に褒めると、生徒は教員が生徒の能力が低いと考えていると解釈するという研究結果と関係するかもしれません。

これらは全て重要であるとシュライヒャーは言います。なぜならば、どのくらい上手く課題をこなせると思っているかが、人々が自分自身を判断する際に最も大きな影響を与えるからです。より一般的に言えば、自分の行動によって結果が決まるという信念が、動機に影響を与えることを研究結果は示しているのです。つまり、自分が達成しようとするものに結果が伴うと信じられるとき、人々はより一生懸命になるのです。