費用対効果

先に書きましたが、日本でクラス規模の議論がなされていますが、シュライヒャーもそれについての仮定についてPISAの調査から考察しています。「クラス規模が小さいほど成績が良くなるのか」という仮定です。どの国においても、政治的にクラス規模の縮小はよく議論されるそうですが、それが学習成果を向上する最良の方法であると示す国際的な証拠はないそうです。クラス規模を縮小する費用対効果は馬鹿げているかもしれません。その代わりに良い教員に高い給料を支払ったほうがよいかもしれないというのです。

実際、PISAで成績上位の教育システムは、クラス規模よりも教員の質を優先する傾向があるようです。つまり小規模クラスと教員への投資のどちらかを選ぶとすれば、いつも後者を選択しているのです。

他の条件が同じであれば、より効果的で新しい教育実践の機会を広げ、クラス規模を小さくするほど学習成果は向上します。しかし、それはしばしば間違った予算の使い方だとシュライヒャーは言うのです。なぜならば、政府は予算を一度しか使えないからです。もしクラス規模を縮小すれば、教員の給与を上げたり、教員に授業以外の重要なことに取り組む機会を与えたり、生徒の学習時間を延ばすための予算が少なくなります。

小規模クラスの利点を示す根拠がないにもかかわらず、多くの国が引き続き、その優先度を高めているようなのです。教員、保護者、政策立案者は、より良い、より個別最適化された教育の鍵として小規模クラスをとらえているのです。2005年から2014年の間に、世論と人口動態の変化により、OECD加盟国の前期中等学校のクラス規模は平均で6 %縮小しています。

しかし、ほぼ同時期の2005年から2015年の間に前期中等学校の教員の給与は加盟国平均でわずか6 %増加しましたが、3分の1のOECD加盟国では減少しています。前期中等学校の教員には、他の大卒フルタイムの労働者の88%の給与しか支払われていないそうです。教員の給与に競争力がなければ、教員は自身に投資しません。もし仮に教員が自身に投資しても、彼らの専門知識がもっと使え、認められ、より高い報酬が得られる職場に移動してしまうだろうとシュライヒャーは危惧するのです。

もちろん、日本での今回の検討でもこのPISA調査の結果はよくわかっているようです。日本の教員の給料が高いか安いのか、また質が高いのか低いのかは一概には言えませんが、少なくとも、保育士の給料はその教職員給与表を使うのではなく、高卒行政職給与表を使うのはおかしいと思っています。保育は、教育ではなく、事務仕事だと思っているのでしょうか?また、それとは別にクラスの集団規模の論議もしてほしいと思っています。どちらかを選べという話ではない気がするのですが。現在の保育者不足は、シュライヒャーの指摘通りに、「彼らの専門知識がもっと使え、認められ、より高い報酬が得られる職場に移動してしまうだろう」というのが現状のような気がします。

今まで質についての議論はよくされてきています。保育の質についても同様です。しかし、それはどうも情緒的であり、哲学的な部分が多かったように思います、シュライヒャーは、道徳的でありすぎたと指摘している通り、現場ではなかなか具体的に取り組みにくいところがあります。もう一度、きちんと検証をして、具体的な質の向上を目指すことも課題です。