プロセスを褒める

答えを自ら生成するにはたとえ間違った答えであったとしても、与えられた答えをただ選択する時には行いません。より深い思考を必要とするようです。このため記憶によい効果をもたらしたのではないかと考えられます。また人は間違えるのが嫌なので、間違えた時にはより注意が向き、強く記銘されたと言えるようです。

親はどうしても学びの結果ばかり注目してしまい、学びのプロセスをうまく褒めることができません。ある子どもが父親に通知表を見せた時のエピソードをキャシーは紹介しています。100点満点中95点という輝かしい結果でしたが、父親は「あと5点はどうした?」と言ったのでした。父親は冗談のつもりだったらしいのですが。このような親の反応は良い成績をとるために一生懸命行ってきた努力に価値を置かないことを如実に示しています。結果のみ重視し子どもの努力はどうでもいいと言っているのも同然だとキャシーは言います。こうした評価がなされることで挑戦し続けようという自信が弱まってしまいます。

最近の研究では高い学業成績を出せ!というプレッシャーをあまりかけない方が子どもは成功するという、私達を困惑させる結果が報告されているそうです。ただ先に述べたキャロル・ドゥエックの「マインド・セット」の研究を思い出せば、この結果は困惑どころか、むしろ予想通りと言えるだろうと言います。頭の良さを評価された子どもは努力を評価された子どもより、難題に直面した時にすぐに諦める傾向があったそうです。学業成績へのプレッシャーとは頭の良さを示すように迫っているのであり、その結果諦めが早くなります。もちろん挑戦しなくなれば成功することはできないのです。

フランスの研究者フレデリック・オーティンとジャン=クロード・クロイツェットは、小学6年生の子どもに対してとても興味深い実験を行いました。まず子ども達全員に解くのが難しい単語または文の中の文字を並び替えて別の意味の言葉に作り替える言葉遊びであるアナグラム課題をやらせました。その後子ども達を二つのグループに分け、一方のグループには「このアナグラムは難しいが自転車に乗れるようになるのと同じように、練習すればうまく解けるようになる」と伝えました。そしてもう一方のグループには、アナグラムの難易度や練習の意義について一切語りませんでした。その後で別の課題「ワーキングメモリー」を与えたのです。これは電話番号を忘れないために何度も暗唱するのと類似した頭の中に情報を保持しておかなければならない課題です。ワーキングメモリーは問題を解くためにとても重要です。もしこれがうまく働かないと問題の前提を覚えられないので、いちいち前提を確認し直して問題を解かなければならず、パフォーマンスが落ちるからです。さて実験の結果はどうなったかと言うと、二つのグループにこの新しい課題の成績で大きな違いが生まれたのです。練習の意義について言われたグループの子ども達は全く繋がりのない記憶テストにおいて、何も言われなかったグループの子ども達よりも成績が良かったのです。恐らく練習すれば改善できると言われなかったグループの子ども達が難解なアナグラムをほとんど解けなかったのは、自分が馬鹿だからだと考えやる気を失ったのでしょう。しかし練習の大事さを伝えられた子どもたちは一生懸命努力し、諦めなかったのです。努力と練習の価値を知ることは持続して取り組むように動機づけることに関係しているようです。

プロセスを褒める” への8件のコメント

  1. 「冗談のつもり」で放った発言が、子どもに大きく影響することを私たち大人、特に保育者として心得ておかなければなりませんね。ユーモアを履き違えてはならない。

    私は有名大学とは無縁の人生を送ってきましたが、東大生も天才は1%で、他は普通の人だと聞いたことがあります。何を持って普通と言うかはさておき、日本でトップの大学に入る方々です。
    「努力と練習の価値を知り、持続して取り組む力を持ち、自ら動機づける力」を持っている人たちなのだろうと思います。それは大変素晴らしいことですね。
    勉強に限らず、アスリートでもアーティストでも、そうした力が育まれた人が伸びていくのでしょう。

    保育者として、そういう機会を作るだけでなく、自らが見本となり努力したり、練習したりする姿を見せることも重要に感じますが、なかなか難しいものです。

    私の園では、子どもたちだけでなく保育者も和太鼓に取り組んでいます。私は今のところ、あまり興味が持てずやってはいないのですが、大人が練習する姿を示す機械として重要なことだと感じました。
    それから、将棋が子どもたちの中で大変流行っており、保育者も勝ったり負けたりしながら楽しんでいます。これも1つ良いなと思います。

    私もピアノやけん玉の練習をあえて保育園でやっていこうと思います。

    • そういう意味では、自営業が多かった時代や農家というのは大人が働く姿、努力する姿を見る機会が身近にあったのかもしれませんね。従業員の方や、取引先との関係性もあれば、チームワークや人間関係を知る機会にもなっていたのではないでしょうか。

      家業を継いだり、親と同じ職業に就くことは、身近にある努力や練習するロールモデルに寄るわけですね。
      企業に勤めるサラリーマンが増え、私自身、父親が勤める会社は知っていても、仕事内容について詳しく知ったのは、20歳を超えてからだった気がします。
      また、家で見る姿は必然的に休んでいる姿になる訳ですね…。

      少し古臭い考えかもわかりませんが、現代の父親は、意識して背中で語るような機会を作らなければ、威厳を保てないのかもしれません。

  2. 「努力と練習の価値を知ることは持続して取り組むように動機づけることに関係しているようです」と最後にありました。それをすること自体が楽しいということはあるように思います。続けることが重要であると知りながらも、それを楽しんでやってしまうような人は抽象的な言い方ではありますが、強い人だなと思います。結果にばかり目がいくのではないそういった姿勢は大切にしたいですね。「結果のみ重視し子どもの努力はどうでもいいと言っているのも同然だとキャシーは言います」とありました。これでは、子ども自身も自分のことをちゃんと見てくれていないのではないかという思いを抱いてしまいそうですね。自分を見てくれている人がいるというのはとても嬉しいことだなと思います。社会にでると、自分にできることなのだろうかということは結構舞い込んできます。それは時に不安ではありますが、乗り越えた時に自信であったり、達成感のようなものがあります。人生を生きていく上で、そのようなことはたくさんあると思います。そんな時に、乗り越えていく力を持っていないといけないと思いますが、それがプロセスを褒められることで得られるものと繋がっているということを感じます。

  3. 自分自身が親から学業成績について、とやかく言われてことがないので、結局、わが子のそれについても、夫婦そろって、口を挟むことがありませんでした。子どもの小中校は近場の公立学校、そして高校は中学時点での成績レベルで入れるところでした。高校は自分で決めましたし、予備校も自分で決めている。親の私たちは、ただ受験料や受講料を支払う。振り返れば、私自身が親にそうしてもらっていた、ということを思い出します。やってもらったように、やってあげる、という結果になるのでしょう。「父親は「あと5点はどうした?」と言った」とあります。お父さん、冗談にしろ本気にしろ、そうして子どものことに関心を持っているという証拠です。「こうした評価がなされることで挑戦し続けようという自信が弱まってしまいます。」まあ、このお子さんはその程度のお子さんで、おそらくその時点で自信が弱まっても別の時点で復活するでしょう。「100点満点中95点という輝かしい結果」を叩き出せました。親を喜ばすための成績なら、↑の父親発言で自信も弱まるでしょうが、そうでもないような気がします。子どもはしっかりと自分の人生を生きていますから。

  4. プレッシャーにも良いプレッシャーと良くないプレッシャーとがあるようで、頭を悩ませる事柄かなぁとも感じました。「○○ならきっと大丈夫!」という親からの言葉も、時には励みに、時にはプレッシャーにも聞こえるでしょう。大事なのは、その子が今どのような状況下にいるのかである気がしました。また、「最近の研究では高い学業成績を出せ!というプレッシャーをあまりかけない方が子どもは成功する」ということを知りました。子どもの成功を願う親からしてみれば、子どものために学習を促している行為が、かえって学びを妨げている事態になっていることを肝に命じなくてはいけないようですね。親の指標となるポイントを変えることはすぐにはできないと思うので、やはりどこを評価するのかという評価ポイントの変更が必要なのでしょうか。

  5. 冗談だとしても大人から言われるちょっとした一言で、自信をつけることも失わせてしまうこともあるということを、子どもに関わっている大人は知っておく必要があることを感じます。その子が今どういう心境であるかとか、それこそどのような過程であったのかということを考えての冗談を考えなければならないんですね。プロセスは結果に比べるとなかなか見えにくいものだと思います。その見えにくいものを見つめようとすること、それ自体がその子からすれば嬉しいことなのではないかと。「プロセスを見てたよ」と声をかけることがダイレクトに将来の自信につながるのかもしれないと感じました。

  6. 「プロセスを褒める」というのは藤森先生もよくおっしゃられることですね。私が覚えているのは発表会での保護者に伝える言葉で、散歩に喩えて話されていたのを覚えています。しかし、結果を褒めることよりも、練習すればできるという言葉や過程を褒めるだけでも大きく違うのですね。「練習すればできる」と言われると確かに、「できなかったのは努力が足りなかった。やればできようになる」という可能性を信じれます。一方で結果だけを褒められると達成できなかった時「自分はできなかった」と突きつけられた現実を見せられるように感じますね。「次」というより「今」を突き付けられるのは確かにつらいものです。時にはそういったことも人の気質によっては必要な時もあるのでしょうが、自信をつけて、次に向かうにはその可能性をしっかりと見通せるだけの気持ちを持たせることが重要なのだろうと思います。これはまさにリーダーシップ論ですね。

  7. 長男が成績表を貰って帰ってきましたが、正直きちんと見ていません。不思議と長男もそれについて何か言うこともなく、我が家にとっての成績表の位置付けというのは、どうやらそのようです。私の父もまた同じような感覚の持ち主で、いつも決まって見るのは出席数のところだけで、元気に学校に行けることだけを評価してくれました。そんな環境下で育った私と弟はどちらも教育関係の仕事に身を置いていて、何か会う機会のある度に不思議なことだと父は話します。

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