目標と手段

次のレベル2は、「手段と目標を考える」で、創造力を伸ばす秘訣その一として、「自分で目標を決め、探索し、発見する」です。レベル1にいる3歳児はブロックをひたすらいじくりまわして、どう組み合わせればよいか学びました。自動車産業の開発チームはプレインストーミングして、アイデアを吐き出してどうしたら現在のデザインが抱える問題点を克服できるか考えようとしました。

しかしクリエイティブイノベーションがレベル2に進むと、ただ闇雲に取り組むのではなく、目標を考え、その達成のための手段を考えるようになります。ブロックをいじって試すのではなく、家を作るという目標に向かって全ての創造意欲を傾けることができるのです。3歳半の子はちょっと前まで何を発見しようというのでもなくただ絵の具をぶちまけていましたが、今は目標を決めて製作物をデザインするために試行錯誤するようになってきました。今日はボートを作っていて、そこに色を塗ります。しかし明日は怪獣を作ることが目標になるかもしれません。するとボートは怪獣に作り変えられてしまうかもしれないのです。別の子はフィンガーペイントで風景やお母さんの顔を描いていますが、なぜ描いているのか語ることができます。レベル2に到達した子どもは自分の意図した物を作り出すために、一定の時間集中して取り組もうとするのです。レベル2の特徴は同じ方法(素材)を多様な目的のために用いたり、異なった方法(プロック、絵の具、粘土)を同じ目的(布い怪獣を作る)に用いたりすることができるところにあると言います。

興味深いことにある物の働きについて自分で創造的に発見する体験があった子どもの方が、どのように使えばよいか言われただけの子どもに比べて、物の仕組みを理解しうまく使いこなせることが解っています。エリザベス・ボナビッツ達は次のような実験を行ったそうです。幼児にチューブ、管、鏡、板かついている魅力的なおもちゃを見せました。管を引っ張るとキーッと音が鳴り、覗き込むと自分の姿が鏡に映って見えました。このおもちゃを子どもに与える時、異なる見せ方をしました。一方のグループで実験者は「このおもちゃを見て!どんな風に動くか見せるね」と言って、紫色のチューブから黄色いチューブを引っ張り出してキーッという音を鳴らし、おもちゃの使い方の例を子どもに見せました。つまりおもちゃで何ができるかを直接教えたのです。もう一方のグループは実験者が「わあ、おもちや見つけちゃった」と言って、テーブルの下からおもちゃを取り上げました。そしてたまたま紫色のチューブから黄色いチューブを引っ張り出したようなふりをして、キーッと音がした時「えっ?何?何が起こったの?」と驚いて見せました。この後夫々のグループの子どもにおもちゃを渡して自由に遊ばせました。どちらのグループの子どもがより多くの遊び方を発見したかと言うと……遊び方を教示したグループは見せてくれた通りの遊びを何度も何度も繰り返し、他の遊び方を殆ど見つけられませんでした。しかしたまたま発見したかのように見せたグループの子どもは、色々試してみて、より多くの遊び方を見つけたそうです。

このようにおもちゃの使い方を子どもに教えるのは効果的である半面、探索し発見する行動を抑えてしまいます。どうしてこうなってしまうかは知識を持つ大人について考えてみれば明らかでしょう。もしおもちゃの使い方を知っていたら、大人はわざわざ他の機能を探すという面倒なことはしません。実験的で創造的な体験を子どもに与えることが「手段と目標を考える」レベル2のクリエイティブイノベーションを高めることに繋がるのです。

目標と手段” への6件のコメント

  1. 闇雲にやってみるというのではなく、「目標を考え、その達成のための手段を考える」ことは楽しいものです。もちろん、何事も順風満帆ではありません。手段がうまくいって、目標が達成されれば、めでたしめでたし。大団円。しかし、それほどうまくいくことはそう易々とはないでしょう。まさに「試行錯誤」の繰り返しで、それでも目標に至らない。この間どれほどのクリエイティビティが育ってきたことか。「どのように使えばよいか言われただけ」なら、言われた通りにやればいいだけですね。およそ、目標が難なく達成されておしまい。創造力が培われたとはお思えませんね。「使い方を知っていたら、大人はわざわざ他の機能を探すという面倒なことはしません。」まことにその通りです。取扱説明書。モノを使用するための最短距離、最適解を教えてくれます。創造的な考え方は育ちませんね。大人になっての今日この頃、取扱説明書、いつもどこかに求めている自分を発見してしまいます。

  2. 社会が多様性を見直すようになり、子どもたちに求められる力が変化したことで、保育者の役割も高度で多様なものになってきたのだろうと感じました。演技力も必要なのですね。

    臥龍塾で本田先生が、お集まりの際にけん玉をやっているという話をされていたことに影響され、さっそくメルカリで購入し、1日1回触るようにしています。
    YouTubeで、けん玉と検索するとものすごい技を次々に繰り出す、世界選手権に出場する小学生の動画を発見しました。その姿は本当に格好良くらけん玉に魅了されました。
    けん玉のどこを持ち手にしても良いし、ジャグリングしたり、ヨーヨーの技のように紐を軸にして回したり、投げて取る動作があったり、できることを何でも試したことで高度な技ができあがっていることを感じます。
    本質的には「玩具の正しい使い方」なんて無く、どう使ったって良いのが玩具であり、何をしたって良いのが「遊び」なのだろうと思います。安全に配慮して、できる限り見守っていきたいです。

  3. 「クリエイティブイノベーションがレベル2に進むと、ただ闇雲に取り組むのではなく、目標を考え、その達成のための手段を考えるようになります」とありました。ブロックゾーンでも街を作ろうと決め、取り組んでいたり、ごっこゾーンでは宅配屋さんになることで何が必要か考え、作り出そうとする子どもの姿があります。そんな時に、設計図なんて書いていたりする子もいますが、そんなきっかけもつくっていく工夫はしていかなければなりませんね。「このようにおもちゃの使い方を子どもに教えるのは効果的である半面、探索し発見する行動を抑えてしまいます」とありました。「知る」ということはとても怖いことであると養老先生も言っておられました。まさに知ったことで、その壁を破ることができなくなってしまいますね。私たちはこの子どもが知る、大人が教えるということにもう少し注意しなけえばいけないのかもしれません。乳幼児教育でもついつい教えすぎになってしまう部分があるように思います。

  4. 子どもには、道具の使い方を教えない方が良いとか、いや教えなくてはいけないとか、ということではなく、その子のレベルにあった道具の提供の仕方をすることで、クリエイティブイノベーションがより育まれることを学びました。それは、私たちが大事にしている、その子の発達に合った促しや環境設定と似ている部分であるなと思いました。子どもが普段何気なく抱いている疑問という種を深堀して、実験的で創造的な体験へいかに移行させるかが、大事であると感じました。

  5. 子どもに道具やおもちゃの使い方を教えるべきかどうかということは、こちらの意図によってどうすればいいかということを考えなければならないことが、今回の内容から読み取れます。こちらの目的が使い方を教えるということにない場合はその前に使い方を知る機会を、もっと前に創造的に発見する機会を持たせてあげることで、子どもの将来に影響を与えていくんですね。試したり、いじったりしている場面から、目的や手段を自ら選ぶことで場合によっては友だちの協力を仰ぐことも出てくるでしょう。ますます楽しくなりそうですね。

  6. 興味と好奇心が湧けば子どもたちは自ら、ある意味では自由に、勝手に、行動を起こすのであれば、大人はその興味と好奇心を刺激することが役割の一つと言えることができそうです。保育は環境を整えること、環境をデザインすることを仕事捉えますが、まさにその点を指しているように思えてきます。方法や、やり方はもしかしたら興味と好奇心を持って行動していく中で子どもたちが自ら開拓していくものであり、それ自体を教えるということは、子どもたちにとって実は迷惑そのものと言えるかもわからず、指導や教育というものがそういう代物になっていないか、という疑問が湧いてきてしまいます。

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