余裕を持つ

キャシーが最後に紹介するのがサンフランシスコの子どもと家族向けの科学博物館で、探索という意味の「explorer」と講堂という意味の「auditoriumu」を組み合わせた造語である「エクスプロラトリアム」にあるティンカリングスタジオです。ここでは古い部品を組み立てて新しい物を作り出すことができます。様々な道具が揃っていて、ただの廃品を新しい発明のための素材として活用できます。非常に高度なレベルの創造的思考を発揮できる場です。

創造力を伸ばす秘訣その3は、「あわただしさから解放され、自由に遊び考える余裕を持つ」ことだとキャシーは言います。クリエイティブシンキングを育てるためにどうしても必要なことです。それは慌ただしい日常から離れ、一息つき、遊んだり考えたりする余裕を持つことです。どうしても親は子どもを急かしがちです。次はスポーツの試合、その次は学習系の習い事、更にその次は芸術系の習い事……というように切れ目がありません。こうした活動は子ども主導ではなく親によってコントロールされているのです。近所のサッカーチームに入ることで学ぶことは確かにありますが、何でも仕切りたがる花形選手がいて、チームの自由な発想を許さず、創造的に考える姿勢が育たないかもしれないというのです。

サッカーコーチとして将来のオリンピック選手を育成しているマシュー・ロビンソンは、アメリカ人選手は機機的に動き、フィールドであまり創造力を発揮しないと語っているそうです。教わった戦略をしっかり学びますが、試合の時に予期していなかった状況が起こると対処できず、無様に動き回っているというのです。サッカーの試合の最中に起こることを全て教えることはできませんし、直面する問題全てに対しあらかじめ対処法を教えることもできません。想定外の事態に直面しても慌てずに対応できるように深く理解し、創造的に考える力を養わないといけないのです。

昔は広場に集まった仲間たちと草サッカーを楽しみました。しかし今は大人主導のスポーッショーになっていて、子ども達が自分なりの独創的な方法でサッカーに親しみ、挑戦するチャンスを子どもから奪っているというのです。これでは新しいプレイの仕方を考え出す余裕などまるでありません。基礎トレーニングをするだけで終わりにならず、観客を沸かせるようなサッカー選手になるにはどうすればいいのか。そのためにはレベル3の創造性が求められてくるのです。

そこで、レベル3は、「独自の『声』を発見する」で、先人の技を学んで自分の「声」を見つけることだとキャシーは言うのです。創造力と努力は一体であると言います。創造性研究の専門家ロバート・ワイズバーグは創造力とは大きなアハ体験が突然起こるというより、漸進的に進むプロセスと捉えるべきだと言っているそうです。何もないところから何かが生まれることはなく、より高いレベルの創造力を身につけるにはスキル、技術、そしてある特定の分野についての知識を持たなければなりません。一晩でレベル3に成長することはないというのです。

レベル3のシェフになるにはどうしたらよいのかを例にしてキャシーは説明しています。

余裕を持つ” への6件のコメント

  1. 余裕、とても大切なことですね。私は情熱大陸、プロフェッショナルといった番組をよく視聴します。アスリートや料理人、アーティスト、その他様々な職業の方々が取り上げられています。

    普段目にする華やかな面以外の、苦境や試練を乗り越える様がフューチャーされることも少なくありません。自分自身がサッカーに打ち込んでいた時には、その姿に格好良いなー、自分もこの人たちみたいに人一倍努力して成功を掴みたいなと憧れていたものですが、最近は見方が変わってきています。

    それこそ、余裕が無さそうに見えるのです。楽しそうじゃない、苦しそう。もちろんその苦しみを乗り越えることで、成長したり、それらを経た表現が人々の感動を誘うのかもしれません。

    しかし、料理人が手や腰を痛めながら提供する料理を、素直に「うまい!」と味わえるでしょうか。

    東京オリンピックが延期になり、代表選手選考も長引いているようです。卓球の石川佳純選手が取り上げられていました。とても苦しそうにして涙していました。もう2度もオリンピックに出場して、メダルも獲得している選手です。そんな選手ですら「余裕」を無くしているようです。競技を楽しめておらず、結果もついてきません。

    反対に「良い意味で開き直って、競技そのものを楽しもうとしたら結果がついてきた」という話もアスリートの話でよく見聞きします。
    楽しもうとして取り組んだ時に、結果がついてくるのだろうと思います。様々な重圧や緊張すらも楽しめる、サッカーや卓球、何だって、競技は極論「遊び」です。
    オリンピック選手ともなれば、私たちの想像を絶するモノがあるのでしょうが…。それ自体が良くないと思う…。

    世界で活躍するサッカー選手の、根源になるスキルはストリートでこそ身に付いたのでしょう。バルセロナのメッシ選手を育てられる指導者なんて存在しません。

    何事も遊ぶように取り組める人が、探究、追求し続けられ、現役を長く続けられるのだろうと思います。
    子どもたちには、楽しい人生を長く歩んで欲しいものです。

  2. 「慌ただしい日常から離れ、一息つき、遊んだり考えたりする余裕を持つことです」というのはとてもいい言葉ですね。やはり、余裕がないといけませんね。この感覚はなんだか分かるような気がします。暇すぎてもあれですが、忙しすぎでもただ毎日のことに追われるだけになってしまうのかもしれませんね。休みや余白があることは大切ですね。「何でも仕切りたがる花形選手がいて、チームの自由な発想を許さず、創造的に考える姿勢が育たないかもしれないというのです」これは、おもしろいです。そのような見方があるのだなと思うのと同時に、本当にそうだなと思います。指導者もそうですが、多くが指導者の価値観を押し付けられているような気がしてなりません。高校時代の知り合いが指導者の価値観に囚われていく様子を見ていて、強く嫌悪感をもったのを思い出しました。「何もないところから何かが生まれることはなく、より高いレベルの創造力を身につけるにはスキル、技術、そしてある特定の分野についての知識を持たなければなりません」とありました。かつて、三谷幸喜氏も「制約の中に答えがある」と言っていました。様々な設定があることで、物語が生まれると。制約ではありませんが、保育者もまた子どもに対して、こうしたきっかけを作っていく存在だと思います。やはり、子どもも何もないところから何かを生み出すことはできません。大人もそうですね。環境や設定というきっかけを大人が作り、そこから自発的に遊ぶ子どもたちへつなげていきたいですね。

  3. 私は父母に感謝することがあります。それは、あれしろ、これしろ、と言われてことがないことです。子ども時代を振り返ってみても、そう言われた記憶がないばかりか、基本、何をするにしても私自身が調べ、決めていました。従って、わが子にも、私の親と同様の振る舞いをしています。わが子が小中で塾通いを求めてきたらいつでも応じる用意だけはしていました。が、ありませんでした。高校受験も大学受験も、私たち親のあずかり知らぬところで決まっており、私たち親はいっしょうけんめい受験料を振りこみました。お習字の先生の妻は願書の清書を頼まれました。スポーツのみならず、何でもそうだと思いますが、自分で探求しなければ、クリエイティビティを発揮できることはないでしょう。「求めよ、されば与えられん」ということです。孔子は論語で次のように言います「之を如何せん、之を如何せんと曰わざる者は、吾之を如何ともする末きのみ」と。自分でどうする?どうする?と自問しないと、答えは、出てきませんね。自問して始めて、答えのヒントを与えられるものでしょう。

  4. 教育現場において、もっとも重要でありながら、それを深くは考えてこなかったことが「あわただしさから解放され、自由に遊び考える余裕を持つ」ことであると感じます。よく、日本人は働きすぎと言われますが、国民性の問題でしょうか。常に手足を動かしている人を評価し、何も考えていないように見えるボーっとしている人に疑問を抱くような思考が多い印象です。しかし、実際には余裕を持って深い思考時間を確保している人の方が物事をクリエイティブに進めていっていることがあります。それが、「自由に遊び考える余裕を持つ」意図なのでしょうね。

  5. 〝慌ただしい日常から離れ、一息つき、遊んだり考えたりする余裕を持つこと〟というのがレベル3の必須条件だということが書かれてありました。少し分かる気がします。自分にとってはこのコメントを書いている時というのは、そんな風に余裕がある時なのではないかと思いながら読ませていただきました。仕事の日の子どもたちが寝た後の時間、慌ただしかったそれまでとは違う時間の流れ方をしている時間にコメントを書くことが多くあります。休日にはあまり書きません。というより、書けないような気がしています。適度に離れ、余裕を持てる時というのは深く考えることができるんだということを実感としてもっていた、ということに気がついた今回の内容でした。

  6. 土日はゆっくり家族で過ごせる時間ですが、日に日に子どもたちの行動範囲が広くなっていて、それと同時に無用な心配をしていなかったかと振り返る休日明けの電車内です。口うるさい親になっていたら申し訳なく、子どもたちが伸び伸びと過ごせるには、やはりずっと見ているとどうしても何か声をかけたくなることがあるので、そこは距離感を大切にする必要があるだろうと思います。見守るという距離感を自身の子育てにおいて実践する必要を改めて感じました。

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