余裕を持つ

キャシーが最後に紹介するのがサンフランシスコの子どもと家族向けの科学博物館で、探索という意味の「explorer」と講堂という意味の「auditoriumu」を組み合わせた造語である「エクスプロラトリアム」にあるティンカリングスタジオです。ここでは古い部品を組み立てて新しい物を作り出すことができます。様々な道具が揃っていて、ただの廃品を新しい発明のための素材として活用できます。非常に高度なレベルの創造的思考を発揮できる場です。

創造力を伸ばす秘訣その3は、「あわただしさから解放され、自由に遊び考える余裕を持つ」ことだとキャシーは言います。クリエイティブシンキングを育てるためにどうしても必要なことです。それは慌ただしい日常から離れ、一息つき、遊んだり考えたりする余裕を持つことです。どうしても親は子どもを急かしがちです。次はスポーツの試合、その次は学習系の習い事、更にその次は芸術系の習い事……というように切れ目がありません。こうした活動は子ども主導ではなく親によってコントロールされているのです。近所のサッカーチームに入ることで学ぶことは確かにありますが、何でも仕切りたがる花形選手がいて、チームの自由な発想を許さず、創造的に考える姿勢が育たないかもしれないというのです。

サッカーコーチとして将来のオリンピック選手を育成しているマシュー・ロビンソンは、アメリカ人選手は機機的に動き、フィールドであまり創造力を発揮しないと語っているそうです。教わった戦略をしっかり学びますが、試合の時に予期していなかった状況が起こると対処できず、無様に動き回っているというのです。サッカーの試合の最中に起こることを全て教えることはできませんし、直面する問題全てに対しあらかじめ対処法を教えることもできません。想定外の事態に直面しても慌てずに対応できるように深く理解し、創造的に考える力を養わないといけないのです。

昔は広場に集まった仲間たちと草サッカーを楽しみました。しかし今は大人主導のスポーッショーになっていて、子ども達が自分なりの独創的な方法でサッカーに親しみ、挑戦するチャンスを子どもから奪っているというのです。これでは新しいプレイの仕方を考え出す余裕などまるでありません。基礎トレーニングをするだけで終わりにならず、観客を沸かせるようなサッカー選手になるにはどうすればいいのか。そのためにはレベル3の創造性が求められてくるのです。

そこで、レベル3は、「独自の『声』を発見する」で、先人の技を学んで自分の「声」を見つけることだとキャシーは言うのです。創造力と努力は一体であると言います。創造性研究の専門家ロバート・ワイズバーグは創造力とは大きなアハ体験が突然起こるというより、漸進的に進むプロセスと捉えるべきだと言っているそうです。何もないところから何かが生まれることはなく、より高いレベルの創造力を身につけるにはスキル、技術、そしてある特定の分野についての知識を持たなければなりません。一晩でレベル3に成長することはないというのです。

レベル3のシェフになるにはどうしたらよいのかを例にしてキャシーは説明しています。

学校の姿

キャシーは、いまだ変わらない学校の姿をこう表現しています。子どもは列になって座り、皆同じ顔で同じように頭を抱え教師の言うことに耳を傾けます。しんと静まった教室の最前部に教師が立ち、ありがたい知識を授けます。このような時代錯誤としか思えない授業を理想とした教育改革をアメリカは目指そうとしているとキャシーは言うのです。実は国際学力テストで高い順位を誇る中国のやり方を真似てこうなったのだと言います。しかし何とも皮肉なことに、中国は私達が19世紀の教育方法に回帰し、知識を覚える教育に舵を切ったのとは正反対に創造性を重視する教育を始めているというのです。中国からの客員教授のべティ・プルースはこう語っています。「あなた方アメリカら学んだやり方を中国では採用しようとしているのに、アメリカがそのやり方を変えたいというのは面白いことですね」。中国は学習者中心の教育に移行しようとしているというのです。そして丸暗記する学びを極力減らそうとしているのです。なぜなら記憶中心の学習がテストに合格することだけを考え、受け身で学ぶ意欲の低い学生を生み出すと考えているからだそうです。これこそ今、アメリカが直面している問題だというのです。中国には「ガオフェンディンエン(高分低能)」という言葉があるそうです。意味は「テストの点が高いだけで能力がない」というつことだそうです。アメリカも同じような言葉を新しく作った方がよいかもしれないとキャシーは言います。

次に創造力を伸ばす秘訣として、「安心して思いきり何かを作り出せる場で遊ぶ」ということを挙げています。安心して思いきり何かを作り出せる場が創造力を高めるというのです。子どもが何かやろうとした時に踏みつけてしまってはいけないと言います。遊び部屋を作る時も、学校を見学する時も、常に「この場所は創造力を刺激するか?」と問いかけるといいと言います。そこで、キャシーは、創造性を大いに伸ばす環境を作り出すことに成功している三つのケースは紹介しています。

まず紹介するのは、キャス・ホールマンか発明したRigamajig (http//www.rigamajig.com)です。様々な形と大きさの木製の部品を組み合わせて動く構築物を作れます。ウェブサイトのデモビデオを見ると、子ども達が与えられた道具を使って、安心した場所でゆったり時間をかけて自由に探索しながら個性的な作品を作り出しているのが解ります。その姿はエンジニアそのものです。

次に紹介しているのは、子どもの遊び場を作る運動を続けている団体「カブーム」と有名な建築家、デビッド・ロックウェルが手を携えて進めているイマジネーションプレイグラウンドというプロジェクトです。実は先程紹介したキャスもイマジネーションプレイグラウンドに関わっているそうです。子ども達は自分たちの遊び場を作り出すための部品と場所と時間を与えられると、見事に部品を組み合わせ、自分達の新しい世界を作り出しました。そしてそこで何をするかまで発明したのです。子ども達の活動の様子をピデオでちょっと見れば、日々の生活の中で創造力を大いに発揮する場を作れることがよく解るだろうとキャシーは言います。子ども達は手段を手に入れ、どうしたいかというビジョンを共に生み出していったのです。

探索して学ぶ

アリソン・ゴプニック達がずっと考え続けてきたように、子どもの方が大学生よりも新製品の取り扱いには優れているということが起こりつつあるようです。コンピュータの新しいプログラムについても、デジタル機器の新機能についても、明らかに子どもや若い世代の方が早く使いこなせるようになるのは、私達が既に実感していることです。レベル2の子どもは創造的な方法で新しい組み合わせを発見しようとします。例えばある4歳の女の子が自分のことを「キノコ姫」と呼んでいました。この子の母親はキノコを研究する菌学者だったのです。4歳の子はお姫さまという役を演じることを楽しみながら、そこにキノコ学者の母親の注意を引くという目的をうまく組み合わせて、創造的に解決したのです。

学校においても正解を教えたり段階的に丁寧に教えていったりするよりも、どんな解き方があるか探索して学ぶ方が子どもはより創造的になるというのです。組み立てて遊ぶおもちゃの場合も全く同じで、箱に書かれた手順通りに城や駅を作ってしまうとそれ以外の物を作ろうとする創造力が阻害されてしまいます。

これは学んだことを新たな事例に適応する、心理学用語では「転移」と呼ばれる間題解決にも繋がっていると言います。どのように「転移」を起こすかということは教育を考える上で永遠の課題だとキャシーは言います。子どもが同じ教室で同じ種類の問題を正解できたらそれでよいのかと言えば、誰もそんなことはないと言うでしょう。教育者が子どもに望むのは、学んだ知識を世の中で直面する課題に活用し、解決することです。キャシーは、分数を例にとって考えています。小学4年生で3/5+7/9のような分数の足し算を教わります。しかし全国テストの調査によると、多くの子どもが教室外では同じような分数計算を用いて現実の課題を解決できないことが明らかになっています。レストランの支払いを割り勘にするにも、居間に新しい椅子を置くためのスペースがあるか測定するのにも、分数は役に立つ知識です。なのに教室でやり方を教わっただけになってしまっているとキャシーは言うのです。

2006年10月10日の雑誌「タイム」でクラウディア・ワリスは強い危機感を抱いてこう書いているそうです。

「今のやり方に反発する教育者の間で交わされている暗い冗談がある。ワシントン・アービングの小説の主人公、アメリカ版「浦島太郎」のリップ・バン・ウィンクルが100年の眠りを経て21世紀に甦った。あまリにも変わってしまった世の中を見て彼は当惑した。男の人も女の人もせかせかと飛び歩き、耳に小さな装置をつけて話している。若者は家のソファーに座り、スクリーンを動きまわる小さなキャラクーを動かしている。老人は死と身体の障害を寄せつけず、胸にメトロノームをつけ、股関節は金属とプラスチックでできている。空港、病院、ショッピングモール、どこに行ってもリップは途方にくれた。しかし彼が最後に学校の教室に足を踏み入れた時、老人はここがどこなのかすぐに理解した。「学校だ」。彼は続けた。「まるで1906年に戻ってきたようだ。何もかも変わらない。いまだに黒板と言いながら緑なのか」。

この逸話を読んで、笑ってしまいますね。日本では、この記事から15年もたっているのに、現在でもまさに同じ状況です。

目標と手段

次のレベル2は、「手段と目標を考える」で、創造力を伸ばす秘訣その一として、「自分で目標を決め、探索し、発見する」です。レベル1にいる3歳児はブロックをひたすらいじくりまわして、どう組み合わせればよいか学びました。自動車産業の開発チームはプレインストーミングして、アイデアを吐き出してどうしたら現在のデザインが抱える問題点を克服できるか考えようとしました。

しかしクリエイティブイノベーションがレベル2に進むと、ただ闇雲に取り組むのではなく、目標を考え、その達成のための手段を考えるようになります。ブロックをいじって試すのではなく、家を作るという目標に向かって全ての創造意欲を傾けることができるのです。3歳半の子はちょっと前まで何を発見しようというのでもなくただ絵の具をぶちまけていましたが、今は目標を決めて製作物をデザインするために試行錯誤するようになってきました。今日はボートを作っていて、そこに色を塗ります。しかし明日は怪獣を作ることが目標になるかもしれません。するとボートは怪獣に作り変えられてしまうかもしれないのです。別の子はフィンガーペイントで風景やお母さんの顔を描いていますが、なぜ描いているのか語ることができます。レベル2に到達した子どもは自分の意図した物を作り出すために、一定の時間集中して取り組もうとするのです。レベル2の特徴は同じ方法(素材)を多様な目的のために用いたり、異なった方法(プロック、絵の具、粘土)を同じ目的(布い怪獣を作る)に用いたりすることができるところにあると言います。

興味深いことにある物の働きについて自分で創造的に発見する体験があった子どもの方が、どのように使えばよいか言われただけの子どもに比べて、物の仕組みを理解しうまく使いこなせることが解っています。エリザベス・ボナビッツ達は次のような実験を行ったそうです。幼児にチューブ、管、鏡、板かついている魅力的なおもちゃを見せました。管を引っ張るとキーッと音が鳴り、覗き込むと自分の姿が鏡に映って見えました。このおもちゃを子どもに与える時、異なる見せ方をしました。一方のグループで実験者は「このおもちゃを見て!どんな風に動くか見せるね」と言って、紫色のチューブから黄色いチューブを引っ張り出してキーッという音を鳴らし、おもちゃの使い方の例を子どもに見せました。つまりおもちゃで何ができるかを直接教えたのです。もう一方のグループは実験者が「わあ、おもちや見つけちゃった」と言って、テーブルの下からおもちゃを取り上げました。そしてたまたま紫色のチューブから黄色いチューブを引っ張り出したようなふりをして、キーッと音がした時「えっ?何?何が起こったの?」と驚いて見せました。この後夫々のグループの子どもにおもちゃを渡して自由に遊ばせました。どちらのグループの子どもがより多くの遊び方を発見したかと言うと……遊び方を教示したグループは見せてくれた通りの遊びを何度も何度も繰り返し、他の遊び方を殆ど見つけられませんでした。しかしたまたま発見したかのように見せたグループの子どもは、色々試してみて、より多くの遊び方を見つけたそうです。

このようにおもちゃの使い方を子どもに教えるのは効果的である半面、探索し発見する行動を抑えてしまいます。どうしてこうなってしまうかは知識を持つ大人について考えてみれば明らかでしょう。もしおもちゃの使い方を知っていたら、大人はわざわざ他の機能を探すという面倒なことはしません。実験的で創造的な体験を子どもに与えることが「手段と目標を考える」レベル2のクリエイティブイノベーションを高めることに繋がるのです。

努力を奨励

企業の世界ではかつて創造性やイノベーションに関わる仕事は社内の極秘組織が担当しました。別々の部署から集まった人達の小集団で新しいアイデアを出すというやり方が多かったのです。しかし今となっては、このようなやり方はレベル1のクリエイティブイノベーションと言わざるを得ないとキャシーは言うのです。心理学者のハワード・ガードナーは「もし創造性が組織のDNAとして浸透していないなら、新たに入社してくる次の世代に伝えてゆくことかできないだろう」と言っています。社内の独立した小集団が創造的な仕事を担うという分割統治による戦略は最早機能しないのです。スリーエムはこの点において優れた企業の一例とキャシーは言います。良いアイデアを出したものは誰であっても表彰され、何をすればよいかはっきり解らないことに創造力を発揮して立ち向かうことの大事さが企業文化として定着していると言います。

創造力を安心して発揮できる環境は努力を奨励する場だとキャシーは言います。最終的な成果物だけでなく、途中のプロセスで生み出された下書きや試作品についても目を向けます。何かを作り出すために必死になって取り組む姿を大いに称賛するのだというのです。グーグルやIDEO、アップルといった企業はそうしているそうです。従業員は色々なアイデアを試行錯誤しながら試していいのです。それが許されて初めて、イノベーションを受け入れる環境を従業員自らが作り出してゆくだろうというのです。

幼い子がクレヨンで描いた絵は滅茶苦茶ないたずら描きにしか見えません。4歳の子の描いた家族の絵には指も手も描かれていないことがよくあります。しかしよく観察していると、沢山の意図が込められた象徴表現であることが解ります。このことを見抜けずちゃんと形を書かせようとすると、創造性を殺してしまうことになるのです。教室でよく見られるように、きれいに切り取られ、描かれた紙製の林檎を既に描かれた木の上に貼りつけて、見栄えの美しい絵を作らせても真の創造性は全く育ちません。

コンピュータゲームが創造力の育成にとって弊害になるのは、誰かが作った創造物をただ消費するだけになってしまうからだとキャシーは言います。クリエイティブイノベーションは何気ないありふれたところから生まれるのです。子どもが暇で何もすることがなく、自分でその時間を埋めないといけなくなった時、創造力が動き出します。そんな時、引き出しの中にあるいはテーブルの上に、新品のマーカーをたまたま見つけてしまうと夢中になって創作の世界に入り込んでゆくでしょう。インターネットも使いようによっては自発的な探索の道具となり得ます。ある事実をきっかけに予想もしない別の事実へと飛躍して調べられるからです。ガレージバンドというコンピュータアプリを使えば、誰でも作曲家となりミュージシャンになれるのです。ミッチ・レズニックの開発した「スクラッチ」は、コンピュータプログラミングをしながら物語を作れるところが素晴らしいのです。今では世界150か国以上、700万の人々に使われているそうです。年に一回、世界同時に開催されるスクラッチデーで作品を共有するチャンスもあるそうです。

大人の慣例

遊びと創造性の専門家サンドラ・ラスは「遊びこそ創造力の源泉で(中略)子どもは何もないところから何かを作る」と書いているそうです。子どもが遊ぶ時は何のルールにも縛られず、創造的な閃きに突き動かされています。レベル1の創造力の働きによって「経験・行動・事象の解釈が面白くて意義深いものになる」のです。それはまさに3歳の子がブロック遊びを楽しんでいる時に起きていることだとキャシーは言います。

レベル1の状態の子どもは知っていることが多くないので、これまでの慣例に制約されずに行動します。世の中がどのように動いているのかまだ学んでいる段階です。子どもが靴を履いて通学するのは当たり前のことと大人は思うかもしれません。しかし暑い時には子どもは靴を履かずに学校に行こうとすることがあります。大人にとって当然の規範であっても子どもにとっては当たり前でないことが沢山あるのです。ここで気をつけないといけないのは、子どもは世の中や大人の慣例に触れる前に色々なアイデアを試して自由に遊ぶことが重要だということだとキャシーは言います。これこそレッジョ・エミリアの教育から私達が学ばないといけない点だというのです。まずは自分なりに作り出し、試すことができる経験を積み重ねる余裕を私達は子どもに与えないといけないと言います。創造的で芸術的なマインドセットを育てるのはその後だというのです。

イギリス、シェフィールド大学のエレナ・ホイカとジェシカ・ブッチャーは子どもの創造性を発達させるか阻害するかは、両親の関わり方次第であるという研究を発表しているそうです。16か月から20か月までの子どもに対して、親がおもちゃの家鴨を帽子に見立てたり、ブロックを走る馬のように動かしたりするのを見せました。すると子どもは親がわざとふりをしたり、冗談を言ったりすることと、本当のことを言っていることとを区別することができたそうです。こういう遊びによって色々な可能性を想像していいのだということを自然に学び、より創造的に考える経験ができるのです。

「大人は子どもの遊びに火をつける存在にも創造的に表現する方法を邪魔する存在にもなり得る」。大家族の子どもの方が創造性を試そうとする傾向が強いというデータがあるそうですが、子どもの数が多く親の目が届きにくいために、遊びの中で自由に色々やってみるチャンスが多いからかもしれないと言います。「より創造的な子どもを育てるには子どもの独立を助け、色々やらせる方がよい」のです。

しかしレベル1から始めるのは子どもだけではありません。新しい物や考えを作る時は大人もとりあえず何かやってみるしかありません。新しいアイデアを思いついた時、流れに任せて自由に発展させずすぐに評価に走ってしまったり、形にしようとしたりすると創造のプロセスか閉じてしまうという研究結果があるそうです。例えば製品開発の場合、見かけは度外視してとにかく迅速にプロトタイプを作ることがよく行われるそうです。自動車産業ではあまりにも早くプロトタイプを作ると、人々の注意がプロトタイプの改良に向き、新製品を開発する上で対処すべき重要課題を置き去りにしてしまうと考えられているそうです。これは子どもの学びの場合も同様で、性急に現実化するのではなく、むしろ空想するプロセスを含んだアプローチにおいて一番よく学ぶことができることを、最近の研究は私達に教えてくれるとキャシーは言うのです。

創造的思考を身につける

これからの世の中を素晴らしいものにしてゆくためにはピジネス環境も、学校も、クリエイティブイノベーションとクリティカルシンキングに大きな価値を置く組織にならないといけないとキャシーは言います。アップル社がアップルⅡやiPodという画期的な製品を生み出すことができたのは、会社としてのミッショがあったからだと言います。そのミッションを祝して大成功を収めた広告キャンペーンが1997年の「Think Different」のCMだそうです。アインシュタイン、ジョン・レノン、テッド・ターナーのような世界を変えた人達の顔写真が次々に映し出されます。たった一分ほどのCMですが、この映像を見るとアップルが何となく彼らと同じように最優秀の存在のように思えてくるとキャシーは言います。このCMを基にしたポスターも作られ、そこには創造的に新しいことを成し遂げた人達の顔写真と共に彼らが直面した状況を的確に表現したフレーズが書かれていたそうです。

「クレージーと言われる人達がいる。反逆者、厄介者と呼ばれる人達。四角い穴に丸い杭を打ち込むように事をまるで違う目で見る人達。彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。彼らのことばに心を打たれる人がいる。反対する人も称賛する人もけなす人もいる。しかし彼らを無視することは誰にもできない。なぜなら彼らは世界を変えたからだ。彼らは人類を前進させた。」

子どもたちが創造的思考を身につけてゆくために、私たちは何ができるのでしょうか。このことについて心理学研究の科学的知見に基づいて、キャシーは考察していきます。

まずレベル1として、「とりあえず試す」があります。色々試して遊んでみることが大事であるというのです。

キャシー・ハーシュ=パセックとロバータ・ミシュニック・ゴリンコフが書いた「科学が教える 子育て成功への道」の本の裏表紙には、一枚の絵が描かれています。その絵についてキャシーは、「なんと美しい色づかいと線だろう。これは並外れた画家の作品のようだ」と評しています。彼は1954年に生まれ、2歳の時、鉛筆と紙を渡されました。4歳までに400枚の絵を描きました。確かに名づけられるようなイメージではありませんが・カラフルな色彩で中々興味深いです。このアーティストは一体誰なのでしょうか。彼の名はコンゴです。チンパンジーなのです。コンゴはレベル1のクリエイティブイノベーションを特徴づける「実験」を行っていると言えるとキャシーは言います。与えられた素材をいじくりまわし、とにかく色々やってみるのです。しかしコンゴは闇雲に試行錯誤するだけなのでモナリザのような作品が生まれることはありません。

レベル1の探素者は全体像を思い描くことなく手にしている要素で「遊ぶ」。3歳の子に初めてブロックセットを与えた時と一緒だと言います。まず手にしたブロックをいじくりまわし、どう組み合わせるか熱中します。最早「ゾーン」に入ってしまったかのようで、周りで起こっていることなど全く気にかけません。どのブロック同士はうまく組み合わせられるのか……どこまで高くブロックの塔を積み上げることができるのか……このような実験を通してブロックで何ができるか発見するのです。

創造力を教える

キャシーは、イタリアには創造力は特別なものではないという発想が根付いているようだ思っています。ボローニヤとミラノの間にレッジョ・エミリアという小さな町があります。この町は世界から注目される幼児教育カリキュラムによって知られるようになりました。このカリキュラムはローリス・マラグッツィと教師達が実践を通じて作り出したものです。例えば「子どもは(大人も)木と会話する」。これを聞いて奇妙に感じる大人は多いかもしれませんが、子どもは何の問題もなくこの課題に取り組みます。私達大人の固定化された発想とは違って、子どもは想像力を大いに広げて、描き、歌い、木に語りかけるのです。このように創造的な想像を通してそれぞれの子どもの感性を活かして表現する学びを、レッジョのチームは「100の言葉」と呼んでいます。

ロピンソンが指摘した創造性への誤った思い込みの最後の一つは、創造力のある人は孤独で、奇異な外見や服装で、おかしな言動をするというイメージです。しかしこれも99%誤りだというのです。創造力を発揮するには教育が必要ですし、スキルや創造力、自制心を身につけなければなりません。創造力のある人は皆アインシュタインのような髪型でマドンナのような大胆な服装をしているわけではないのです。創造力を発揮する人も私達も全く見かけに変わりはありません。ただマーク・ランコが『創造力』(未邦訳)の中で書いているように「誰もが創造力を発揮できるポテンシャルを持っているか、全員がそのポテンシャルを活かしているわけではない」のです。

では、創造力は教えられるのでしょうか?線をはみ出して書いてもいいとどうしたら思えるのでしょうか?どうしたら我が子は発明家、起業家、そして未来を描く大胆な思考のできる人になるのでしょうか?どうしたら心理学者が言う「機能的固着」を捨て、例えば釘を打つ以外のカナヅチの使い道を思いつくことができるようになるのでしょうか?カナヅチはドアストッパーにも文鎮にも使うことができます。創造的になるには枠の外へ出て考えないといけないのだとキャシーは言うのです。

九つの点が縦に三つずつ横に三つずつ四角形に並んでいるとします。どれか一点から出発して、一筆書きの要領で4本の直線を引いて、九つの点すべてを通るようにします。きっとこれまでどこかでやったことがあるので答えを知っている人も多いと思いますが、正解に辿り着くには、文字通り「枠の外に出る」必要があるのです。しかし多くの人は四角形の中に収まるように線を引こうとするので解けないのです。

線から外れ、枠からはみ出るために重要なことは何なのでしょうか?シドニー大学のアラン・スナイダーは世界中のスポーツ選手、政治家を調べ、どの分野においても「チャンピオンとなる人は現状のまま物事を提えないことを見出したそうです。彼らは他面的な方法で物事を見ようとしているのです。地球温暖化、貧困、抗生物質の枯渇といった様々な問題を考える時に分野を横断して考える必要があります。そのためには今、どんなことが起きているのか、目に見えて明らかなことだけにとらわれず、どんな可能性があるのかイメージを膨らませる必要があるというのです。チャンピオンはこうした心の働きによって成果を出しているのです。本物と変わらない義手・義足を作るには…耳の聞こえない赤ちゃんの張力を取り戻すには…普通の人が当たり前に月に行けるようになるには…こうした課題に対して取り組んだ人は皆チャンピオンのマインドセットを抱いていたというのです。

創造性研究

科学雑誌の記事だけでなく一般的な新聞・雑誌でも、創造力が脚光を浴びています。先に掲げたソフィア・ローレンの言葉は、創造的に考えることが生きがいと若さを保つ道であると教えてくれています。では創造力とは何なのでしょうか。ちょっと調べただけで創造力の背後にある心の動きを捉えようとした数多くの言葉に出合います。「拡散的思考」「創造的認知」「洞察」「オリジナリティー」。これらの言葉は何となく意味が重なっている部分もあります。

J・P・ギルフォードは「創造力」を新しい間題に対して多くの異なった反応を生み出す能力と定義しているそうです。これは先に述べた新しい紙コップの使い方を思いつくことと重なります。ギルフォードはこの能力を「拡散的思考」と名づけ「与えられた情報から多様かつ多量の情報を生み出す力」と説明しています。紙コップ間題を例にして言えば、どれだけ多く紙コップの使い方を挙げられるかということであり、その使い方がどれだけ多様か、例えば、「容器」とか「小道具」などということであり、更にどれだけオリジナルな使い方をしているか、例えば、イアリングにするなどということだというのです。近代の創造性研究はこのような課題に基づいて行われたので、創造性の高い人物は沢山反応し、沢山の種類を思いつき、普通とは異なる賢い発想を沢山できる人とされました。この「反応」は、「流暢さfluency」、「思いつき」は、「多様さvariety」、「賢い発想」は、「独創性original」とあらわされます。

創造性研究の第一人者であるサー・ケン・ロピンソンは『枠をはみ出せ 創造性を育てる学び』(未邦訳)の中で創造性に関する三つの誤解について書いているそうです。第一の誤解は、創造力は「特別な人々」だけが持ち、全ての人々に備わっているものではないという考えだと言います。この思い込みに囚われて、創造力は普通の人の手の届かないところにあると多くの人は思ってしまうというのです。リチャード・フロリダはアメリカの労働人口の30%が、複雑で高度な課題を解決することを業務とする「クリエイティブクラス」という新たな人材にシフトしていることを明らかにしています。

私達の経済の仕組みは伝統的な産業から、個人として、また集団として創造性を発揮しなければ成り立たない形へと移り変わったというのです。幸運なことに「私達は皆様々な知識領域で創造性を発揮できる。創造性は一部の人だけが持つ特異な能力ではない」ということです。全ての人々に与えられた能力なのです。

「芸術には創造性が必要」という発想を、ロビンソンは創造力に対する二つ目の誤解と言っているそうです。創造性は「特別な人々」に託されたものだという思い込みに加えて、芸術のような「特別の活動」にのみ必要だという思い込みがあるというのです。もちろん芸術に創造力は不可欠ですが、実はどんな場面でも創造力は必要とされ、私達の行う全ての物事に影響を与えているというのです。

イタリアには創造力は特別なものではないという発想が根づいているようにキャシーは思うと言っています。それは、どこからそう感じているのでしょうか?

創造性の危機

キャシーは、こんな問いを投げかけています。「紙コップの異なった使い方をできるだけ思いついてみてください」と。あなたは、どのくらい思いつくことができるでしょうか。何かを飲むため、植物を挿すため、ペークリップ入れ……。他には?

2010年、雑誌「ニューズウィーク」は創造性の危機という病が世界中に広まっているという特集記事を掲載したそうです。21世紀に必要なスキルとして創造性こそ大事と声高に叫ばれています。「ハーバード・エデュケーショナル・レビュー」から「ビジネス・ニュース・ディリー」まで各種メディアにおいて、アメリカの教育者、実業家、起業家達が創造的な発見なくして繁栄はないという考えを表明しています。もし私達の職場がクリエイティブイノベーションを解き放つような環境にならないなら、海外に産業は移転し、自動化が大幅に進展する中で、子ども達が将来就く仕事はなくなるだろうとキャシーは言います。まさに「我創造する、故に我あり」だというのです。

企業のトップや革新的な企業が創造的な思考力を発揮する人材を求めているのにもかかわらず、子ども達に対して何の備えもなされていないのが現状だと言います。アメリカのある研究者がこれまで行われてきたトーランス式創造性思考テストの得点を分析したところ、1990年までは得点が増加していましたが、それ以降20年にわたって、年々得点が下がっていることが分かったそうです。このテストで行うのは元々ある図形に線や形を書き込んで、これまで見たことのない絵をなるべく多く描くことです。1990年以降、以前に比べて得点が下がり続けているということは、テスト時にオリジナルで面白いデザインの絵を数多く出せなくなっていることを意味します。紙コップの新しい使い方についても同様です。多様な使い方を思いつくという数の面でも、他の人とは異なるユニークな使い方を思いつくという質の面でも以前に比べて低下しているそうです。別に紙コップの使い方なんてどうでもいいことではないかと思うかもしれませんが、ちょっとしたことを思いつくかどうかは、急な環境変化への適応力に繋がっているのです。

もし子どもが新しいおもちゃを買ってとせがんできたとします。その時アルミホイルとトイレットパーパーの芯で何か作ることかできるでしょうか。もし氷結した路面でタイヤが空回りし、あなたの車が立ち往生したとします。その時後輪にダンボールを噛ませて脱出できるでしょうか。こうしたちょっとした間題に私達は日々直面し、創造的な解決を求められていますが、それは地球規模の気候変動や貧困を解決するために必要になる創造力と何ら変わりはないのだとキャシーは言います。

創造力は知能とは異なるのでしょうか。創造力は賢さなのではないか。確かに賢さと創造力は相通じるものがありますが、知能と同じものとは言えないと言います。とても知能が高いのに道路が閉鎖されていたらパニックになったり、残り物で新しい料理を作ったりできない人をよく目にします。私達は批判的に考えられる人になる必要がありますが、それは従来言われてきたような知能とは異なります。ただ批判的に考えられるだけでは、新しい解決法を生み出せません。あれこれ試行錯誤しながら作り続ける達人(master tinkerers)を目指さないといけないとキャシーは言うのです。