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キャシーは、政治家であり、学者、実業家であるべンジャミン・フランクリンのこんな言葉を紹介しています。「私に話すなら私は忘れる。私に教えるなら私は覚える。私に関わらせるなら私は学ぶ」

2005年初頭、フロリダ州知事であったジェフ・ブッシュはまだ幼稚園に入る前の4歳児全てを無償で教育することを認める法律に署名しました。この動きは早期教育に対する国家の方針が変わりつつあった時に、その流れを決定づけることになりました。数か月後、キャシーらはフロリダで開かれた早期教育に関するカンファレンスに招待され、講演しました。そこに集まった日焼けした教師や政策立案者達は、読書する時の大脳の働きに関する最新の知見や語彙を増やす画期的な方法について熱心に耳を傾け、ここで学んだことを新しく作られる教室ですぐに使おうと目論んでいたそうです。

講演後の質問タイムに3年生を受け持っている若い先生が「『FCATの宣誓』を聞いたことがありますか?」と聞いてきたそうです。彼女は立ち上がり、右手を胸の上に当てて、毎日彼女のクラスの3年生が暗誦している言葉を唱え始めたのです。FCATとはフロリダ理解力評価テストといわれるFlorida Comprehensive Assessment Testの頭文字で、毎春3年生になった子ども達が受ける学力テストのことでした。

私はベストを尽くします。私は集中します。私はよく寝て、朝ごはんをしっかり食べます。私は諦めません。私は時問をかけてじっくり勉強します。

この言葉を聞いて、キャシーらは強いショックを受けたそうです。この場は学びを愛する心を育てることを目標に、プレイフルで刺激的な方法を学び合うためのものと思っていたからです。しかし実際の教育現場では、3年生は毎日州の学力テストのことを考えて宣誓を暗誦しているのです。最早この誓いは「アメリカ合衆国への忠誠の誓い」と言われているPIedge of Allegianceに取って代わるものになりつつあったのです。これからの世の中を生き抜いてゆく子ども達にとって必要な資質・能力をテストの点数で判断などできないのに……。

キャシーらは、テストが全ていけないと言っているわけではないと言います。もしテストによって真の学習体験を測定できるなら、意義があるでしょう。しかしテストで次のような学びをどのように評価することができるでしょうか。あるクラスで、スペインの冒険家、ポンセ・デ・レオンが永遠に若さを取り戻せる泉を探したというのは作り話かどうかを探究する学習を行いました。この時、事実というコンテンツの習得のみ重視した教育を行ったとしたら、6Csの他の要素は全て抜け落ちてしまいます。個別のテストを受けることが目標ならば、仲間とコラボレーションする必要はありません。覚えた知識で解答欄を埋めるのが目標ならは、コミュニケーションは関係ありません。私達には子どもをこれからの世の中を生き抜いてゆく人として育てる責任があります。そのためには、学校「内」は当然のことながら、学校「外」でも健康で思慮深く、人を思いやる心を持つ幸せな子どもを育てるための環境を作っていかなければならないのです。それが他者と協力し、創造的で自分の能力を存分に発揮する責任感溢れる市民を育てる道であると言うのです。そのためには頭の中に知識コンテンツを詰め込むだけではダメです。学校で多くを学び、人生に成功するには学ぶために注意や感情を制御することができる実行機能スキルが欠かせないのだとキャシーは言うのです。