順応する力

21世紀に働く人々にとっての合言葉は「順応する力」であリ、グーグル流に言えば「臨機応変に学ぶ力」ということではないかとキャシーらは考えています。学び方を知らず、学び続けることができない人々はコンピュータに置き換えられ、低い所得しか得られず、社会の下層へと追いやられてしまうのです。高速道路の料金所で働く人が消えたように多くの職業が自動化・AI化によって消失します。従ってこれからの学校では、子どもに事実を教え込むことより、どう学び、どう情報を選択・統合し、イノベーティブに結論を引き出すかを教える必要があると言うのです。「なぜ、学んだものをすぐに忘れるのだろう?」(大学教育出版)の著者で、心理言語学者のフランク・スミスは、「全ての教室に仕掛けられた時限爆弾とは教わったことしか学べないということだ」と警告しています。毎日古くなり、時代遅れになっていくコンテンツしか教えない教育をこれ以続けていたら、子ども達は高校を卒業する時、時代遅れの人間になってしまうと危惧しているのです。

知識コンテンツは当然のことながら重要です。間題を解決するには知識はもちろん必要です。九九を覚えていれば、9×6=54と即座に答えられます。日常生活で頻繁に求められるちょっとした計算に非常に役立ちます。読解も同じで、言葉の知識があって文章の意味をすぐに読み取れるのはとても便利です。バスや電車に乗っている時に気になる問題を頭で解こうとしながら、窓外の看板や車内の広告の言葉を読みとってしまいます。こうして難なく文字を読みとり、テキストの意味をすぐつかめる読み手に子ども達を育てたいです。こう考えるとコンテンツはとても重要です。

しかし私達は事実を教えるレベルに留まっていてはいけないとキャシーらは言うのです。必要に応じて臨機応変に学ぶことができ、既に知っていることを組み合わせて新たな知識を生み出し、創造的に考える方法を教える能力が求められているのです。これからの学習環境は明確に定義できる問題に取り組んで、既に明らかにされている知識を身につけて終わりではなく、その知識を利用して答えがまだ解らない問題に取り組む場となるのです。たった一つの正解しかない問題を出し、子どもが正解を書けるかをテストする時代は過ぎたと言うのです。目指すべきは浅い学びではなく深く考える学びなのです。

カナダの心理学者クレイクとロックハートは1972年に「処理水準」というモデルを用いて学びの深さについて考えました。「単語の書かれているリストを見て声に出して覚えるのは、処理の水準が浅い表面的な学びである。私達は入試のために単語を丸暗記しようとしたが、このようにして覚えた知識は時間が経てば、すっかり抜け落ちてしまう。単語の意味をつかみ、実際に文を書く時に使えるようになって初めて深い水準まで処理された学びになる。解答欄を埋める知識記憶型テストと論述型のテストの違いはまさにこの点にある。別々に学んだ事実を関連させて説明しているかどうか、つまり深い水準まで処理して学んでいるかどうかは論述でなければ解らないのである。」

順応する力” への8件のコメント

  1. かつて塾を経営している時、中学校1年生の男の子で、九九ができない、いや正確に言えば、完全ではなない子に出会いました。その子になぜ九九ができないか、訊いてみました。すると、小学校2年生の頃、九九を覚えることを強要され、どうしても覚えらない彼は先生から罵倒されただけではなく、親からも叱られていたそうです。私は、そうなんだぁ、と応答することが精一杯でした。その子は小3より算数の時間は「お客さん」、その時間が何のためにあるのかわからず、先生たちもそのことを理解してか、注意されることなく、所在なげに、小学校算数、わからなかった、と話してくれました。九九が覚えられなかったら、電卓の使い方を教えてあげればいいのに、と私は思いました、その時。しかし、中学の授業では電卓の使用は禁止されていました。定期試験の時は無論。そこで、私は彼と一緒に、中学1年の数学の単元に取り組みながら、九九を覚えられるようにしました。彼は3年間私の塾で学んでくれました。そして、3年間、数学の成績は5段階評価で3、でした。今、彼は30代後半か40代になっているでしょう。幸せに生きていればいいが、と今回のブログを読みながら思い出し、かつ思ったところです。「時代遅れになっていくコンテンツしか教えない教育をこれ以続けていたら、子ども達は高校を卒業する時、時代遅れの人間になってしまう」だけではありません。自己肯定感も自尊感情も持てずに大人になっていくのです。18歳になると選挙権を手にします。国の重要な未来を決める私たちの1票。そんな1票に、何の価値も見出せない、そうした若者たちを今までの学校教育及び受験システムは創り上げて来たのです。

  2. 「知識コンテンツは当然のことながら重要です。間題を解決するには知識はもちろん必要です」これは本当にそうですね。様々なことを知っているからこそ、知識と知識を関連つけることで発見をしたり、共通項を見出したりということができます。そのためにはやはり知っているということは大切だと思います。しかし、「私達は事実を教えるレベルに留まっていてはいけないとキャシーらは言うのです」とあるように、それだけやっていればいいという認識ではいけませんね。その知識を使ってどう考えるかという力を伸ばすような教育を意識しなければいけませんね。そのためには、大人が子どもに接する時に、さらに自分たちで考えられるような関わりをしたり、意欲を持って様々なことに取り組める力を育てるために、子どものやりたいを尊重する関わりをし、大人自らも考えることを楽しんだり、一緒に考えたりという姿を示していかなければいけないなと感じました。

  3. 小中高とサッカーに没頭してきた私は、大人になってから自分の知識不足を痛感しました。自分の興味を持ったことを深く知ろうとした時に、それについての書籍とデータを読み解き自分なりに思考し表現するには言語力、数学力が必要で、かならず歴史的な背景も関係してきます。大人になって保育を志して、保育についてもっと知りたいと思った時に気づきました。
    今の知識コンテンツは、それぞれの持つ興味関心と絡めたり、興味関心を出発点や切り口としていないことが問題なのでしょう。サッカーに没頭していた時、サッカーを言語化する、数学的にデータで読み解く、運動生理学と絡めて生物科学的に知る、社会の歴史とサッカーの発展を併せて考える、そんな知識コンテンツだったら学びを深められそうだったなと思いました。

    今、保育を切り口とした学びは自分が想像していた域を大きく超えて、様々なことに繋がっています。保育を考えることは園内のことだけでなく、社会を考えることなんだと、園から社会を見て、社会から園を見て、それらを行き来しながら深い学びをしていきたいです。
    いつもよい学びをありがとうございます。

  4. 「順応する力」「臨機応変に学ぶ力」は、どのような環境下で身につくのかという議論ほど、価値のあることはないということのように、私たちは、過去にすがらず時代の変容を真摯に受け止めて、子どもたちの将来を保障する試みが必要であることが強く伝わってきます。「たった一つの正解しかない問題を出し、子どもが正解を書けるかをテストする時代は過ぎた」ともあるように、答えがひとつしかないものはAIに置き換わり、人間独自の新しい価値を集団で生み出す事による、時代のさらなる成熟を求められている事を感じました。

  5. AIやコンピューターというのは人間の代わりに答えが一つしかない問題の解を膨大な量蓄えていて、人間が次のステップへと移ることを促進させてくれた、そんなふうに感じる今回の内容でした。面倒なものはAIにしてもらい、人間にしかできないものをしていくような分業というか、チームで社会を回していくようなイメージでしょうか。それができるなら、将来はすごい社会になっていくでのではないかと期待してしまいます。そうなるよう、理想で終わらせないよう、自分たちはどうしなければならないか、一人一人が理解していくことが求められてますね。

  6. 「順応する力」「臨機応変に学ぶ力」、それについて苦労しているとすれば、それは教育のせいだとするのは気楽になれる考え方です。そういう教育を受けてこなかったから、社会に出てそのような学びがあるということなのかもわかりません。社会を甘いとか辛いとか、味のような問題ではないとしながら、それでもどちらかと言われれば甘いのが社会のようで、何度もやり直しがきく点を指すのでしょう。何度もやり直しながら、上記の力をつけていく、それが子ども時代にある程度身についたなら、社会は本当に豊かなものと感じられることでしょう。

  7. 高速道路に人が消え八割がたが機械化されたことは以前の料金所のシステムしか知らなかった人には驚きの事実なのでしょうが、ここで気になったのは、不足の事態に備え、全て機械化にはならないならばどのような人材が配置されていくのか、ということです。ただ知識があり勉強ができるという、言うなればお受験だけを頑張ってきた人たちではないことは、火を見るよりも明らかなのではないでしょうか。こういったところでもコミュニケーション能力や6Csの能力が必要になってきそうですね。

  8. 「どう学び、どう情報を選択・統合し、イノベーティブに結論を引き出すかを教える必要がある」 とありました。将来、今の職業の半分以上がなくなり、その半分が今はない仕事になるということを聞きましたが、テストのように一つの答えを出せる人よりも、どんな状況においても学び方を知っている人の方が強く、また、楽しみながら学んでいる人がよりこれからを生き抜く力があるのだと思います。
    これは私の課題でもあるのですが、変化が激しく情報が溢れ現在に於いては、情報の選択をしなくてはいけないのでしょうが、選択の仕方が分からない場合があります。多様性と言いつつ答えがない時代に於いても、やはりひとつの答えを出していかなくてはいけないですし、全てが正しいようにも思えますが、深く考え続けるしかないのでしょうね。

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