関係性に着目

きちんとしたトレーニングプログラムを受ける機会さえあれば、実行機能に関連するスキルを伸ばすことができるとキャシーは言います。教育産業が実行機能スキルについて語ることは殆どありませんが、学習科学の研究者は、学びに注意を集中させることができない子どもが学ぶ力を伸ばすことはできないということを、多くの研究で示しているそうです。レベル3の知識を形成してゆくには学び方を学ぶスキルが不可欠だと言います。子どもにとってこのスキルを身につけるのはとてもチャレンジングなことですが、その芽は幼稚園段階から出始めていると言うのです。

10歳になると実行機能スキルが向上し、課題に応じての切り替えが柔軟になり、子どもは段々とすでに学んだ知識を新しい状況での問題解決に使えるようになると言います。レベル3へと移行した子どもは物事の見かけではなく、相互に共通する関係性に着目します。この時、言語の力が大いに助けになります。5歳の時に、「友達は小さい子ども」で「島には椰子の木がある」と答えた子が9歳になった時、同じ質間を投げかけると「一緒に遊ぶ子どもが友達」で「周りが全て水に囲まれているところが島」と答えたそうです。島には必ず椰子の木が生えているわけではなく、土地と水面との関係性が島かどうかを決めると理解したのだと言うのです。

5歳の時にアナロジー課題を与えられると、猫が追いかけることしか注目しなかった子が7歳になると、大人と同じように、猫は追いかける存在でありながら、犬に追いかけられる存在でもあるというように対象そのものでなく、対象の間の「関係性」に注目できるようになっているのです。こうして言葉の力も更に高まりレベル3に成長すると、学習したコンテンツを自分が直面する現実の世界と関連づけて応用できるようになります。日本でいうと中学2世である8年生の子が数学で得た知識を活かして、自分の寝室の壁を塗るのに必要なペンキの量を計算するとします。これは自分の身近にある切実な課題を解決したいという強い気持ちを抱いて、学んだコンテンツを使う理想的な学びであるとキャシーは言うのです。

事実、芸術活動に取り組むことで知識コンテンツや実行機能スキルの学びが促進される。にもかかわらず知識コンテンツの学びを優先する時に真っ先に削られるのが芸術系(音楽・美術・演劇)の授業です。実際は学んだことをより深く、高いレベル(レベル3 )で理解するには芸術がとても役立つとキャシーは言います。芸術のパフォーマンスは知ったことを新しい領域に広げてみる機会となるからだと言うのです。芸術活動に取り組むことで、先に紹介した「深い処理水準」でコンテンツが理解されます。6年生の子が自分でラップの曲を作りながら、リズムと韻が言語表現にどう関わっているか探究し始めました。これはパフォーマンスによって言語・読解・社会というコンテンツが見事に融合された学びだと言うのです。

演劇は子どもを深い学びへと誘います。子どもは演じるために、役柄と今演じている場面との関係、劇に登場する人々と子どもが日々生活する現実世界との関係を類推して考えなければなりません。他者になりきる必要性があるので共感する力が自ずと高まります。もしホームレスの人を演じることになったら、今までとは全く違う見方でホームレスの人の気持ちや置かれている状況を捉えるようになるでしょう。ニューヨークのある公立学校では、自閉症の子どもの学びに演劇を取り入れ、成果を出しているそうです。

関係性に着目” への7件のコメント

  1. 「10歳になると実行機能スキルが向上し、課題に応じての切り替えが柔軟になり…」とあるように、個人差はありますが、おおむねこのくらいの年齢になると発達してくる力であるということが分かります。このような視点は子どもを見る上でとても大切なことですね。その発達に達していない子に対して大人が必要以上に求めてしまうと子どもに対してかなりきついことになるように思います。それは支配的であり、強制的であるような「させる」教育になってしまうのではないでしょうか。子どもには時期があるということを知ることで、今はそのために何をすべきか理解できますし、先取りするような関わりにはならないように思います。「事実、芸術活動に取り組むことで知識コンテンツや実行機能スキルの学びが促進される」とありました。それなのに、これらの授業が真っ先に削られてしまう、軽視されているような雰囲気はいけませんね。やはり、実際に体を動かす教育、自分で考え、試し、修正していくようなプロセスがこれらの授業にはあるのかもしれませんね。

  2. 就学後に実行機能の高まりを迎えることを念頭に置いて、では、就学前で子どもたちが体験経験すべきはどういうことか、と考えます。ヒントになるのは「関係性」。知識を関連付けて発展させるためには、ある程度の時間経過が必要であることはわかりました。しかも、関連付けを促す就学前児童の最たる行為は「ごっこ遊び」。ブロックゾーンでごっこ遊びが展開されます。ロフトの下のスペースでもごっこ遊び。製作ゾーンやその他の遊びのスペースでもごっこと称した関連付ける活動が繰り広げられます。私たち就学前の児童を預かる施設としては、関連付けられる保育環境の設定が求められるのだろうと思ったところです。実行機能の向上はとりもなおさず関係性の構築にある、とすれば、なおさら、子ども同士の関わりを大切にする保育の重要性は言うを待ちません。STEMにAを加えてSTEAMとしたくなる方々の思いを今回のブログで知ることができました。Art は 音楽にしろ、美術にしろ、STEMのあらゆる要素を導入しないと成り立たないことは事実だと思っています。しかしそれは、小学校中高学年以降のこと。就学前では敢えて盛り込まずともArtは重視されています。それよりも何よりも、文字数科学ゾーンの充実が求められるのでしょう。

  3. 研究者が「学びに注意を集中させることができない子どもが学ぶ力を伸ばすことはできない」ことを示しているように、私たちの基本となる姿勢は、今後の学ぶための意欲や集中力を養い、熱中している環境があるかどうかによって、子どもたちの学びを効果的なものにしなくてはいけないことを感じました。それらは、あくまでも子どもが主体となって、他者と自ら関わるといった関係性の着目でもあるのですね。そして、演劇遊びでは「他者になりきる必要性があるので共感する力が自ずと高まります」ともあり、子どもが自ずとすることには必ず意味があることも理解できます。

  4. アート思考、最近よく耳にします。私も読み始めた書籍には、アートは雲を見る行為であると述べられていました。たった一つの正解を見つける(数学のように絶対変わらない答えをだす)のではなく、変化し続ける物事の中に、自分としての答えを見つけられるかどうかであると。
    今後、教科的な知識を得るための教育(授業)は動画コンテンツによって取って代わられることか予想されています。質の高い授業を行える先生の動画があれば、それでことが足りるというのです。そうした質の高い先生が数人から十数人いれば、自分に合った先生を選んで受講することもできるでしょう。
    今の学校教育では、生徒が教師を選ぶことはできません。先生との相性が、その教科への興味関心に大きく繋がることは、各自の経験からも想像できることです。

    教育がそのように変わっていった時に、教師にしかできない役割を考えることになるでしょう。
    テクノロジーの発展と仕事も同様です。AIに仕事を奪わられるのではなく、AIが苦痛を伴っていた労働を担ってくれるようになる。その時、人にしかできないことを考えられる。
    アーティスト(絵描き)はカメラが登場した時に、一時絶望したというのです。なぜなら、それまでのアーティストの役目は、どれだけ本物同様に描けるかということであったからです。しかし、今もアーティストたちは社会で揺るぎない役を持ち、むしろその存在感や思考の重要性を高めています。
    アート思考とは、本質を見極めて自分にしかできないことを見つけることと言えるでしょうか。自分は自分であるだけでオリジナルであり、自分にしかできないことをやることは創造的であるのですね。

    ピカソは「子どもはみんな芸術家だ。問題なのは大人になっても芸術家でいられるかどうかだ。」という言葉を残しているそうです。

    上記のように小学校以降の教科教育がインターネットによって様々に淘汰されていく中で、養護と教育を一体となって行う保育はさらに重要性を増していくことが予想されます。
    実行機能というのも、人間関係の中に生じるものであるからです。乳幼児期に十分に人とかかわり、人間関係力を築き、実行機能を育むことで、それ以降にどんな教育方法からでも学ぶことができるのでしょう。

  5. 子どもたちの姿も、刻一刻と変化する、まるで雲のようであると感じます。子どもたちのアート思考を阻害しないよう、私たちもアート思考を持って、子どもたちを見守っていきたいと考えました。

  6. 〝学びに注意を集中させることができない子どもが学ぶ力を伸ばすことはできない〟とありました。このような研究結果が出ているということなんですね。この集中力や意欲というのは勉強以外のことにもすごく重要なはずです。スポーツにしても、将棋や演劇といった分野に関しても同じであろうと思います。それらを高めるために練習前なんかにしていることがあるくらいのものだと思います。この力を養うためにもをゾーン」という考え方があるのだですね。子どもが何かに熱中できる環境というのはその時のまなびだけでなく、その先の学びの土台となり、ずっと支えていくものになる重要なものなんだということが理解できます。

  7. 実行機能を向上させるトレーニングプログラム、芸術はそれに磨きをかけさせるようです。作品の向上に向けて紆余曲折しながら進んでいく様子は確かにそのもののように思えます。
    しかしながら、子どもたちにおいては、勿論芸術も然り、子ども社会の中で同様の学びがあるのではないかと思えてきます。大人もまた社会の中で同様の学びを得ていくように、子どもたちもまたその学び口は変わらないものなのかもわかりません。余計にFujimori Methodを重要に思ってしまいます。

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