繋がりを理解

知識コンテンツを主体的に獲得してゆくには、手や体を動かして何かやってみたり、作ってみたりするのがいいと言います。生徒は教師が一方的に授業するのを聞いていても、グループでプロジェクトに取り組む時のようにあれこれ考えたりしません。劇を上演したり、皆の考えを一枚の紙にまとめて表現したり、皆から寄付を募るための文章を書いたりする活動は全て、自ら率先して取り組む学びの良い例だと言うのです。しかしこういった活動は多くの学校が目指している方向と相容れないのが現状だとキャシーは言います。子ども達が問いを出し、自らその問いの解決に動くような学びをすれば、学校はわくわくする学びの場になるのに、学校にいる間、ただ椅子に座って黙々と作業している現状はとても残念でならないと言います。

子どもは火が大好きです。だからマッチやライターは隠さないといけません。しかしこのように子どもが根源的に持っている興味を出発点にして学びを深くしてゆくことができるとキャシーは言います。もし子どもが火について知りたいと思ったら、消防署を訪れて消防士にインタビューする機会を作ってあげましょう。前もってどんな質問をするか決め、現場に出向き、答えてくれた内容は忘れないようにメモしておきます。「難燃剤(frame retardant)」という難しい言葉を読めるようになり、身の周りのありとあらゆるところに使われているのを発見し、場合によっては健康を害する危険性のある薬剤であることを知ります。消火器がどうして火を消せるのか、そのメカニズムを知るのはまさに理科の学びそのものです。人類が火を発見した時のことを想像して書いたり、絵にしたりすることもできるでしょう。フィラデルフィアのフレンド・セントラル・スクールでは、こうしたやり方で「飛行」という概念を学ぶそうです。教師は毎年異なるテーマを選びますが、様々な教科のコンテンツへと自然に広がってゆくようにデザインされているので、学びは有機的に繋がり、生き生きと学ぶことができるのです。

今述べた「火」についての学びにはもう一つ大事なポイントが含まれているキャシーは言います。それは子どもが学びに「没入して関与する」ことの面白さを知るということだと言います。自分が本当に興味を持ったトピックについて子どもが学ぶ時、学びのモチベーションは頂点に達します。憧れの消防士にインタビューする時、先生と一緒に消火器の仕組みを学ぶ時、自ずと学びに「没入」してしまうでしょう。子どもが興味を持つからこそ「没入して関与する」学びになると言っても良いだろうとキャシーは言います。とはいえ子どもはいつでも何かについて興味を持っているわけではありません。むしろ初めは興味など持っていないことが多いようです。こんな時はどうしたらよいのでしょう。

ある都市部の学校で6年生を教えている先生はこんなやり方をしたそうです。果実について学ぶ授業を行いましたが、初めは何が果実かすら分からない子どもがいるような状態で「きゅうりって果物かな?」「果物って甘いもの?」「じゃあトマトは?」という質問にも興味を示しませんでした。そこでこの先生は移民の人達が買い物に行くマーケットを回って、子ども達が見たことがないような世界中の果物を集めてきました。子ども達の興味は一気に高まり、実際に食べてみたりしたのです。優れた教師はこうした工夫を織り交ぜて、子どもの興味を引き出そうとするのです。

繋がりを理解” への7件のコメント

  1. かつて「総合的学習の時間」が学校教育の学びの中心に据えられるか、と期待したことがありました。塾経営をしている頃、塾対象の私立学校入試説明会がありました。その学校の中で、この「総合的学習」の先取りとも思える教育実践をされている学校のことを知り、とても感動して、塾生たちに勧めたことがありました。塾生たちは興味を抱いたのですが、保護者達が賛意を表してくれませんでした。その学校の偏差値の低さを知ってから。「学校にいる間、ただ椅子に座って黙々と作業している現状」、これは日本の学校の多くの実態と共通かもしれません。それこそ、小学校課程を修了するまでに習得しておくことが望ましい単元内容について学校が生徒たちに示したら、学年別に関わらず、つまり履修年限を区切らず、あるいは区切っても「おおむね」という冠を付けて、余裕をもたせるなどできるような気がするのですが。先生だけでなく履修を終えた生徒たちが先生の補助として履修中の生徒たちに教える、ということがあってもいいような気がします。できない理由を探すのではなく、是非、できるやり方を見つけ出してほしいと思うのです。

  2. 子どもたちが自ら、迷いながら、失敗しながら、また試しながら、考えて、行動するということが学びになっていきますね。しかし、これらを学校は嫌うとありました。もしかすると乳幼児施設もまたそのような雰囲気が存在するところもあるのではないでしょうか。子どもが自分で考えて、何かをするというのはとても多くの時間がかかりますし、大人からしたらもどかしいと思うこともあるかもしれません。しかし、そこで手を出してしまうと子どもの学びには繋がりませんね。大人がやってしまう方が楽で、早く物事が進んでいく部分があります。だからこそついつい余裕をなくすとそのような関わり方になってしまうこともあるのかもしれません。改めて、誰のためにやっているのか、子どもにとっての学びはどこにということを考えていかなければと思いました。「むしろ初めは興味など持っていないことが多いようです。こんな時はどうしたらよいのでしょう」「優れた教師はこうした工夫を織り交ぜて、子どもの興味を引き出そうとするのです」とありました。こういうきっかけを大人が作り出すのが保育であり、教育であるのかもしれません。何もない環境で何かしなさい、興味を持ちなさいというのは乱暴ですね。それを用意していくのが、我々の役目ですね。

  3. ワクワクする内容でした。いくつか前のコメントで残した、私が学生時代にサッカーに没入しており、それを切り口に教科の学習ができたら…というのは、まさにこのことを言いたかったなと、すっきりしました。
    オランダのイエナプランについての書籍を読んだ際にも、こうした取り組みが紹介されていたように思います。

    ・単純作業にもはや意味は無いこと
    ・根源的にある興味を出発点として学びを深めること
    ・没入する経験を保障すること
    ・教師は興味を引き出す役を担うこと
    これらが重要であり、見守る保育の考え方と合致すると感じます。

    教師が子どもたちの興味を引き出す手立てを考えることは、創造的なものであり、アート思考を要することですね。保育自体、人の育ちそのものがアートなのでしょう。これまでのやり方に囚われず、固執せずに、子どもたちの姿から考え、園と地域の資源を活用して、興味のきっかけを創造していきたいです。
    その為にも、保育士が園内や保育業界だけに留まらず、社会で経験値を積む必要性を感じます。

  4. マーケットを回って世界中の果物を集めてきた教師の手法は学ぶ点がたくさんありますね。子どもたちの興味関心に気づくのはできても、子どもたちに関心を向けさせるのは容易ではありません。そこが、専門性のひとつになるのでしょうね。「椅子に座って黙々と作業している現状」から、「子ども達が問いを出し、自らその問いの解決に動くような学び」をすることが、教育者の責務になるとわかっていても、現場の教育者の教育方法はなかなか変わりません。そのための研修体制や学び合いの場、政府による専用の評価基準など、大きく変化させるための基盤を作る必要があるのだと思います。そう思っていながらも、我々は目の前の子どもの良い発達の保障のため、尽力することに変わりはありませんね。

  5. 現在の教育の在り方では〝子どもが学びに「没入して関与する」ことの面白さを知るということ〟が希薄になってしまっていることを感じました。椅子に長時間座り、先生の話しを聞いているだけでは、この学びのおもしろさは感じられないのでしょう。
    自分は坂本龍馬が名前の由来になっています。それを父から聞き、どんな人物なのか、坂本龍馬が題材の本やマンガを読みあさりました。そうして幕末のことをよく知ってからの歴史の授業がおもしろいものになった記憶があります。テストの点数も上がりました。「没入して関与する」ことで学ぶ姿勢に変化が生まれたのでしょう。そうした学びこそ、学びの楽しさを知ることになるんだと理解しました。

  6. 子どもと火、その相性については実体験が思い出され、とても納得してしまいます。火遊びはそもそも出来る場所がなく、だから田舎へ遊びに行った時など、焚き火や花火など、とても刺激的でした。原始的で、日頃触れられないものに触れられる機会というのは、中々難しいのかもわかりませんが、例えばドイツではそういう遊びが保障されているような場所が設けられていることを、いつかのドイツ報告で見たことを思い出します。大工業のようなことも取り組めたように記憶しています。そう思うと、ドイツはやはり進んでいることを改めて感じる思いです。

  7. 私が教育実習をしていたとき、良い授業を作ろうと一番考えたのは生徒のことでした。決して、教科書の内容をいかに面白く伝えようとか、いかに笑うポイントを作ろうかと考えたわけではありませんでした。結果としていい授業になったかはわかりませんでしたが、手応えはあったように感じています。見知らぬ果物を持ってきた先生はきっとそのやり方が自らが担当する子供達にもっとも刺さるとわかっていてやったのでしょうね。

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