熟達者

ひとつのボールの重さは、大きさの同じもう一方のボールの重さの2倍です。この二つのボールをビルの二階から同時に落下させたら、軽いボールが地面に届くまでにかかる時間はどう違うかという問いに対して、ニュートンの運動の第二法則に従えば両方のボールは同時に地面に届きます。これが物理学の基本概念です。しかし殆どの学生が、その中には授業でAをとった者も含まれていたのですが、間違ったのでした。同じテストを世界中の一万人を超える学生に行った結果は驚くべきものだったそうです。受け身で講義主体の伝統的な物理学の授業では、学生が物理世界について抱いている誤った理解を変えることはできなかったのです。へステンズはこう言っています。「学生は自ら知識を作りあげていかなければならない。受け身で教わって知識を取り込むことはできないのだ」と。マズールは、講義主体で学生が聞くだけの授業をやめ、小グループに分けて学生達が協力して課題に取り組む学び方に変えたのです。すると学生達の学びの質は急激に上昇したのである。キャシーらは更に深い学びに到達するにはどうしたらよいかも知っていると言います。そこで彼女らは、レベル3の先にある学びについて学習科学が明らかにしたことについて説明していきます。

次のレベル4は、「熟達者になる」です。熟達者とは、既存の知識を活かして新しい方法を思いつく者のことを言います。レべル3になれば自分が知っていることを新しい繋がりで見直したり、新たな方向性に広げたりできるので、子どもにとって大きな進歩です。知っていることを柔軟に使いこなせるようになるのです。では、この段階を超えてレベル4に進化するということはどういうことなのでしょうか。それは「その道のプロになる」という風に言えるのではないかとキャシーは言います。食堂の経営者、チームのコーチ、タクシーの運転手等分野は様々ですが、熟達者になると知っていることを自由自在に改善・修正して、柔軟に考えられるようになると言うのです。

マルコム・グラッドウエルは数々の本を出し、そのうちの4冊が『ニューヨークタイムズ」のベストセラー・リストに入っているという有名作家です。その中の1冊『天才!」(講談社)の中で1万時間ルールを提唱した心理学者、アンダース・エリクソンのことを書いています。どんな分野であれ、熟達者になるには1万時間の修業が必要だというのが1万時間ルールです。グラッドウェルも、自分がここまでの業績を上げられるようになるまでやはり1万時間ルールに従ってきたと言っているそうです。最初はずぶの素人で、ようやく熟達者の仲間入りをするまでに10年間、1万時間かかったのです。誰であろうとすぐに熟達者になれるわけではありません。たとえ生まれつきの才能を持っていたとしてもです。「才能に準備が伴って初めて達成することができる」とグラッドウェルは述べているそうです。どれだけ精一杯準備したかが何かを成し遂げようとする時のカギだと言うのです。分野によって練習に必要な時間は変わってくるでしょうが、手術室に入り初めて盲腸を切除したらすぐに外科医になれるわけでも、ビートルズの『ホワイトアルバム』が10代の時に書かれたわけでもありません。大変でも諦めず、粘り強く取り組み、熱心に練習し、グリットを持ち、失敗しても努力し続け、そこに才能が加わって、熟達者になるのです。しかし重要なのはただ一生懸命努力すればよいわけではないということだと言います。

 

熟達者” への7件のコメント

  1. しかし重要なのはただ一生懸命努力すればよいわけではないということだと言います。

    この先がどう続くのか、大変興味深いです。私は、18歳高校3年生までサッカー漬けの日々を過ごしてきました。
    その時のチームメイト誰よりもグランドに立ったと、自信を持って言えるほど、時間をかけたと自負しています。
    しかし、Aチームのスターディングメンバー11人に入ることは3年間で1度もありませんでした。
    それから約10年が経ち、今振り返ると、やはり取り組み方が重要であったと感じています。その時の私は、努力=時間をかけること、という頭になっていました。
    どのような課題、問題に対して、どんな方法で取り組むのか、考えることが足りていなかった、また、どのように考えるべきかという、考え方を思考することも足りていなかったと感じます。

    良いパフォーマンスを出すためには、良い休息も必要だったかもわかりません。

    ただあれだけ夢中になれた時間はかけがえのないものだったなと思います。
    人並み以上にはなれたとすれば、熟達者にはなれたのでしょうか。

    かつての自分へのアンサーになるか、明日の続きが楽しみです。

  2. 「どんな分野であれ、熟達者になるには1万時間の修業が必要だというのが1万時間ルールです」このことだけをみると、やはりどんなことも続けることが大切だと思ってしまいますが、「才能に準備が伴って初めて達成することができる」とあることで、そうではないということがよく分かりました。嫌なことでも続けることがいいのではなく、才能があることを見つける、好きなことを見つける、夢中になれることを見つけることが大切であり、1万時間の修業を行っても苦ではないものを見つけることの大切さを感じました。「大変でも諦めず、粘り強く取り組み、熱心に練習し、グリットを持ち、失敗しても努力し続け、そこに才能が加わって、熟達者になるのです」とありました。自分の得意なもの、少し才能のあるものを見つけることが大切でもあり、見守る保育の中で主体的に行動している子たちはそういったものが見つけやすいということもあるように思いました。

  3. 小グループでの協力した学びに変えたのち、学生たちの学びの質は急激に上昇したという言葉がありました。少しよくなるというレベルではなく、急激にというのがすごいですね。急激に出るというのは、一般的に詰め込みによる短期記憶へのアプローチを想像させますが、問題は「質」ということであり、どんな学びの質であるかが重要です。それが、自ら問いを立て、その解を複数で協力することによって、新しい価値を生み出したりジレンマに対抗する術を自ら探そうとする学びであるのでしょう。そして、「熟達者」というレベル4の学びスタイルが解禁されました。「どれだけ精一杯準備したかが何かを成し遂げようとする時のカギだと言うのです」という言葉を聞いて、イチロー氏が思い出しました。最高のパフォーマンスを発揮できるステージを自ら整えることもプロの仕事であると知りました。才能と努力という、一見相反する言葉のように思いますが、両者を関連させること、そして、それだけでもいけない何かがあるというのは気になるところです。

  4. 保育業界に携わってほぼ20年間になります。私は保育士ではありません。保育士の皆さんをスーパーバイズする立場での20年間であったと思います。これほど長くこの業界にお世話になるなど、携わり始めた頃、実にこれっぽっちも思っていませんでした。実際、保育所に勤め始めて3年目くらいで私は別の業界に転職しようと思っていたほどです。それがそうはいかず、現在に至ったのは、藤森平司先生のおかげです。「1万時間ルール」。417日くらい。確かにさまざまな修行を経験してきたような気がします。特に過去13年間は私の人生においても濃い年月ではありました。現在は、日一日ずつ、自分の能力やスキルが向上しているのではないか、と自信過剰気味。実るほど頭が下がる稲穂かな。この精神が大切ですね。しかし、それ以上に、この歳にして思うことは、生まれて以来の興味関心好奇心そして探求心です。こちらのキャリアはようやく60年。もっともっと知りたい今日この頃です。

  5. 楽しい、楽しいの連続で気付いたらそれだけの時間が経っていた、こんなことは最高です。寝ても覚めても考えているそれは、もしかしたら24時間体制でそれを進めているのかもわからず、改めて楽しいことを突き詰められる環境が早くから整えられることの大切を感じる思いがします。
    それには自分の楽しいことや好きなことが何なのかを早くから知ることは有意義と感じます。選択と決定の中で生活を送る子どもたちは、沢山の選択肢があることで更に自分のことを知っていけるのでしょう。卒園式で子どもたちが夢を言いますが、選択と決定を繰り返してきた子どもたちです、その夢へ向けての最短距離を歩いているのかもわからないと改めて思えてきます。

  6. 初対面の人と話しているときに、自分との共通点があると、話しが一気に盛り上がることがあります。というより、個人的な見解ですが、初対面の人と話すときは自分と共通しているもの、共有できるものを探しながら会話しているのではないかと、コメントを書きながら感じました。初めての人との会話は苦手ですが、共通のものについて話すことは「楽しい」と思えるものの一つであるように思います。〝新しく学ぶ事柄は既に知っている事柄と結びつけて考えること〟とあり、単純な会話の中でもそのようなことが「心地いい」と感じることで相手との距離が縮まることがあります。そのような会話の中でも「学び」があり、それが心地いいと思えるというのは、そのような学びが人間の本質でもあるのではないかと感じました。

  7. 一万時間とはまた途方もない時間ですね。エリクソンからいえば、たった一年間児童施設で働いただけのわたしはまだまだひよっこで、熟達者とはほど遠いわけです。ただ、私は重さの違うボールを同じ高さから落としても、形が同じであれば落ちる速度は変わらない、ということは物理の授業を取っていなかったのに知っていました。これはすなわち学ぶものの意識や、学びかたによっては一万時間とかからずとも熟達者になれるヒントにもなるということなのでしょうか。

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