学校外の学び

子どもは学校だけでコンテンツを学ぶわけではありません。このことをよく覚えておくべきだとキャシーは言います。子どもは学校外で多くの物事を学ぶのです。あなたと薬局やスーパーマーケットに買い物に行った時の会話を通じて。あなたと電車やバスに乗っている時。こうした全ての瞬間に子どもは学んでいるのです。いつでもどこでも、子どもは世界について理解を深めることかできるのです。キャシーは、そんなチャンスを活かして問いかけてみようと提案しています。そうすれば子どもは多くのことを学びとるでしょう。学校外でも学びを面白がる子どもは学校でも学びを楽しんでいるのです。子どもが過ごす時間の中で学校が占める割合は20%に過ぎません。大半を占める学校外の学び環境を豊かにするために、私達は、子ども達にとってのよき学びのモデルとなり、また子ども達と一緒になって学びに取り組んでゆこうと言うのです。

知識コンテンツは子どもだけでなく大人にとっても必要です。つまりこれを読んでいる皆さんにとっても深く関わることなのです。たからこそ、キャシーの考え方を学んでいるのです。知識コンテンツを学ぶ時カギになるのはモチベーションだとキャシーは言います。学びのモチベーションを持たない人は誰もいません。ただそれをうまく発揮していないだけだと言うのです。あなたの持つコンテンツはどのレベルにあるのでしょう?実は「皆がレベル4 !」だと言えるかもしれないと言うのです。なぜなら誰もが熟達している何かを持ち合わせているからだとキャシーは言うのです。ただそれを自分の関心のある限られた分野に留めてしまっているのです。キャシーは、「あなたは知識コンテンツの習得の範囲を自ら狭めていないだろうか。」と問います。新しい場所に行ってみたり、新しいことを学んだりしているでしょうか。私達は誰も全ての分野において熟達することはできません。しかしこれからの時代において、全ての人々に求められるのは常に情報を更新し続けることなのです。本来、学校教育はこのような学びの姿勢を子ども達に身につけさせたいと考えていたはずです。

ずっと見たいと思っていた絵画展には、是非子ども達も一緒に連れていきましょう。何を描いた絵なんだろう。何が見えるかな。どんなことが起きているシーンを描いたんだろう。というような問いを子どもに投げてみます。すると、これまで思いもしなかったような斬新な発見を子どもから聞くことかできるだろうと言うのです。新しい物事を学ぼうとするあなたの姿勢が子どもにも伝わって、あなたのように学びに開かれた人に成長してゆくのだと言うのです。

あなたが得意なことを誰かに教えてあげたことがあるでしょうか。自分が熟達していることを更に磨きたいなら、他の人に説明するのがいいと言います。これは自分の子どもに対してすぐにやれることだろうとキャシーは言います。もしパンを焼くのが得意なら一緒にパン作りに取り組むといいでしょう。子どもにも仕事を与えてあなたの持つスキルを伝授します。外国語に堪能なら、子どもが知っていることをその外国語に直して、あたかも秘密の言葉であるかのように教えてあげましょう。

学校外の学び” への7件のコメント

  1. 「学びのモチベーションを持たない人は誰もいません。ただそれをうまく発揮していないだけだと言うのです。」とありました、保育園で子どもたちと接しているとそれを感じずにはいられません。如何にしてそのモチベーションを削ぐことなく、興味関心を広げていくのか、私たちの役目はそこにあるのだと考えました。
    もちろん時に、提案し誘いかけ、励ますこともありますが、既に子どもたちはモチベーションを持っているのですから、それが果たされる環境をデザインすることに、まずは注力し、こだわり抜くことが重要でありますね。

    「「あなたは知識コンテンツの習得の範囲を自ら狭めていないだろうか。」と問います。」ここから、プロサッカー選手の本田圭佑さん、お笑い芸人キングコングの西野さんを思い浮かべました。前者は、プロサッカー選手としてアジア、ヨーロッパ、南米、北中米と様々な地域でプレーし、その傍ら監督業をしたり、様々な事業へ投資したり、プロデュースしたりしており、後者はお笑い芸人でありながら、絵本作家となり、歌、映画を作り、様々なエンターテインメント活動をされています。
    彼らは、1つ熟達者になる術を身につければそれは違う知識コンテンツにも応用できることを体現しています。

    特に情報が民主化され、働き方が多様化した現代では、興味関心を持って学び続ければ、その分だけ掛け算式に社会の中で活躍の場と方法が広がっていくのでしょう。結びつけ創造する力を身につけた、レベル4に達しているから成せることですね。

    そういう意味で、小さな社会と言える保育園で働く保育士は、自分自身が学んだどんなことでも、業種業界を変えずにその場で生かすことができる特殊性があると考えました。
    生き物、音楽、アート、食、デザイン、文学、花、栽培、服飾、スポーツ、科学、哲学、歴史、政治など、社会にある全てが子どもたちの学びになるからです。
    しかしそれを実践するためには、自分の好きなことを表現して良いという、風土が必要です。
    それが保育者にとってモチベーションとなり、深い学びにつながり、保育の質が向上していくことになれば理想的ですね。
    そしてそれは、保育者が社会との接点を持つという意味でも重要であると思います。「教師は(学校の中のことしか知らない)世間知らずだ」という言葉を、教員をやっている友人は実際に言われたことがあるそうです。置き換えれば私たち保育士も同じように思われているかもしれません。極論どんな仕事をする人でも、自分が身を置く業界のこと以外は知らないことばかりなのでしょうが…。

    しかしここで問題なのは、これから社会に出ていく子どもたちの教育に携わっている者が社会のことを知らないということでしょう。ビジネスや政治のことを知らなければ、これからどんな人材が求められるから、こんな保育が必要だというような議論も、ある意味机上の空論とも言えます。

    そう考えると、他の仕事よりも世間のことを知る努力を必要とする仕事であるのです。だこらこそ、私たち保育士はモチベーションを持ち続けて、園外の社会を学び続ける必要があります。そしてそれを子どもたちと共有しようとすることは、ものすごく大きな意味を持ちます。

    私の園には、今年度から花屋で修業を始めた5年目の男性職員がいます。彼は修業を始めたことで、改めて保育園で働くことの喜びを感じられたと話していました。
    彼の影響で、これまで無縁だった花に興味を持ち、一輪挿しを始めました。

    自分が、白い花に惹かれることを知りました。

  2. 「学びのモチベーションを持たない人は誰もいません。ただそれをうまく発揮していないだけだと言うのです」とありました。感動するということがとても重要であるということを感じます。人を動機付けるのは感動体験ではないでしょうか。何かに感動する心を持つことで、身の回りのものに敏感になり、そして、大きな感動が、人の行動へと動機つけていくのかもしれません。夢を持つということも同じことかもしれませんね。何かを志す人が、幼い頃に見た、経験した、感動したことが忘れられず、今があるということはよく聞きます。そこには強烈な動機付けがあるのかもしれません。そして、「なぜなら誰もが熟達している何かを持ち合わせているからだとキャシーは言うのです」とあるように、感動の動機付けプラス、自分の得意を見つけていくというのも重要な動機つけなのかもしれません。まさに、これは主体的な保育、ゾーン環境という藤森メソッドの中にあると思っています。また、その動機つけのための私たちの関わり方も重要になってきます。いや〜本当に保育というのは奥が深いです。

  3. 私の息子は小2の頃、不登校になりかけました。朝になると、学校に行きたくない、と言わずに、おなかが痛い、だの、頭が痛い、だの言っていました。私たち親は、学校に行かなくてもいいから、病院に行こう、と言って連れて行きました。医者の見立てはどこも異常なし。どうやら、学校で同級生とトラブルになっていたようです。その時、私は息子に、一日24時間の話をしました。1年間で学校に行っているより、学校外で楽しめる時間のほうがはるかに多い、ということも話しました。「子どもが過ごす時間の中で学校が占める割合は20%に過ぎません。」このフレーズを読んで、以上のことを思い出しました。私も息子も学校で結構な量の知識を得たでしょう。その意味で、学んだ、と言えるでしょう。しかし、身になる学び、つまり、学校というところから出て、働くようになってからも衰えない学びを学校外から得たとも思っています。「あなたが得意なことを誰かに教えてあげたことがあるでしょうか。」これは私の得意分野です。聴かれもしないのに、自分が知っていることを一生懸命披露したいと思い、やっております。おかげで、私は年々歳々自分が賢くなってきているような幻想に憑りつかれております。

  4. 以前、実行機能や非認知能力の時の話だったと思うのですが、家庭での「お手伝い」には相当の効果があると学んだ記憶があります。「もしパンを焼くのが得意なら一緒にパン作りに取り組むといいでしょう。子どもにも仕事を与えてあなたの持つスキルを伝授します」というように、家事を子どもと共に楽しむことは、親の得意分野を伝授することにもつながる気がします。親は、家事を相当時間行っているということを踏まえれば、熟達者にあたる気もします。又、「子どもが過ごす時間の中で学校が占める割合は20%に過ぎません」と、いかに他の80%との繋がりが重要であるのかがうかがえます。学校教育の問題点だけでなく、地域社会や家庭での連携の取れた学びスタイルの必要性を感じました。

  5. 学校や教育がいつかの時代から止まってしまっているとしても、子どもたちが時代に取り残されずに、むしろその先端を歩くことができるのは、「子どもが過ごす時間の中で学校が占める割合は20%に過ぎません。」だからかもわからないと思えてきます。だからこそ余計に宿題や、試験対策などによる家に帰ってからもやらなくてはならないこと、などについては問題視していかなくてはならないのかもわかりません。一日の中でやらなくてはならないことがあるとそれだけで気が重くなることだってあるでしょう。やらなくてはならないことは勿論やらなくてはならないのですが、そのせいでやりたいことを削らなくてはならないのだとすると、それが果たして子どもたちの為になっている、と断言できるかどうかはとても難しいことだと思えてきます。

  6. 〝学びのモチベーションを持たない人は誰もいません。ただそれをうまく発揮していないだけ〟とありました。その理由は誰もがレベル4のものを持っているから。得意なことを活かすということはこういうところでつながってくるのか、と感動します。それならば、誰しもが子どもにとってモデルとなりえるのでしょう。どんどん上達していくことの楽しさを知っている人は多くいるはずです。その感動を伝えればいいというのは、教育に対して「しなければならない」と構えている人たちにとっては肩の荷が降りるのではないかと思います。その代わりといいますか、20%しかいない学校に任せっきりにすることなく、子どもはどこでも学んでいるということを忘れてはいけないということを感じます。

  7. なんだか新しいことをはじめてみようとすると、それは少しハードルの高いことのように聞こえますが、意外とそうでもないのかもしれませんね。例えば野球が好きで小技が得意な選手は、素振りの練習を多く行い長打が打てるようにしてみたり、ドリブルが得意なサッカー選手はディフェンスを重点的に練習してみたりと、同じ分野でも自分が取り組んでいないことであればそれは新しいことで、それもまた挑戦と言えるのですから。

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