問い続ける

ビジネスの分野でも、見かけ上はうまくいっているので、会社がやろうとしていることについて深く探ろうとしないという傾向が見られたら、レベル2に留まっていると考えるべきだとキャシーは言います。どんなことでも常に問い続ける姿勢を持とうとしないCEOがトップにいる会社はやがて経営不振に陥るだろうと言います。キャシーは、キーボード付き携帯電話、ブラックベリーを製造していたリサーチ・イン・モーション社を例に挙げています。iPhoneやグーグルのアンドロイドが市場に現れて、携帯端末市場に風穴を開けた時、ブラックベリーは好調な業績を維持していました。二人の共同CEOはタブレット端末やスマートフォン業界には無知で、やがて会社の業績が急激に下がった時、責任をとろうとはせず、これまでのやり方に固執したのです。このため過去の成功に惑わされていたことを認めるまでにとても時間がかかり、ブラックベリーが業績を持ち直すには苦難の道を歩まなければならなかったのです。

わざわざ現像し、プリントする必要のないインスタントカメラとしてポラロイドカメラは一世を風靡しました。やがてデシタルカメラが主流となり、ポラロイド社もすぐにデジカメの製造に乗り出しました。しかし自分達のこれまでの方法にこだわり、デジタル技術全体の波が自分達の技術をあまり意味のないものにさせるとは考えませんでした。他社のデジカメは撮影されたデータをすぐに修正し、パソコンにアップロードできるように工夫しましたが、ポラロイド社は行いませんでした。ポラロイド社の業績はどんどん悪化し、2001年、会社は倒産してしまったのです。レベル2のコンテンツに甘んじた当然の結末だったのです。自分達の成功に疑問を感じず、うまく進んでいると思い込み、自分達が「どんな」活動を「なぜ」しているのかについて問い続けないこと。それは深く知るのをやめるのと同じなのだとキャシーは言うのです。

科学の分野でも「見かけ」に騙されることは起きます。中国のある農家が鳥に似た生物がかたどられている、一見すると化石に見えるような物を作りました。これを見た著名な古生物学者は恐竜と鳥類を繋ぐ進化上のミッシングリンクが見つかったと発表し、ナショナルジオグラフィック協会も世紀の発見と認めたのです。しかしそれはもちろん偽物ででっち上げだったのです。

次のレベル3は、「繋げて考える」です。それは、実際にないものをイメージできる力です。このレベル3の知識コンテンツを持つとレベル2とは大きく異なる変化が起きるとキャシーは言います。この大きな変化をイギリスの著名な発達心理学者、アネット・カーミロフ=スミスは非常に巧みな実験で明らかにしたそうです。彼女は5歳児と10歳児に「お家の絵」を描かせました。二人が楽しそうに絵を描き始めてしばらくしたら、二人にちょっと奇妙なお願いをします。「この世に存在しない家の絵を描いて!」と。この要求に対してどのくらい子どもは柔軟に対応し、臨機応変に学べるか見ようとしたのです。これまで知っていたのと全く異なる新しい方法で家を捉えることができるのか……これまでにない全く新たな特徴を付け加えた家を描くのか……

問い続ける” への7件のコメント

  1. フィルムを現像して紙の写真を手に入れていました。ある時、ポラロイドカメラなるモノの存在を知りました。自分では購入しませんでしたが、誰かが所有するポラロイドカメラから出てくる写真には驚きました。その頃のことを思い出します。とはいえ、あれは果たして何年前のことか・・・。「ポラロイド社の業績はどんどん悪化し、2001年、会社は倒産してしまったのです。」20年ほど前にポラロイドカメラのポラロイド社は倒産していた、今回初めて知りました。しかし、このポラロイドの考え方は現在なお生きています。7月開催の夕涼み。スタート地点に置かれた飛行機機体の窓から顔を出してパシャリ。参加した親子の写真をスマホで撮影して、そのデータを無線で送り、職員室にあるプリンターからさほど間を開けずにプリントされる。参加した記しとしておそらくご家庭の良い記念になったと思います。考え方が誤っていなければ、形を変えて登場してくる事例のような気がします。

  2. 時代に合わせて教育も変わっていかなければならないということはいつも藤森先生も言われている言葉です。これから先の世界がどうなっていくのかしっかりと把握し、そのためには子どもたちのどのような力を伸ばしていかなければいけないのか、その力を伸ばすためにはどういった環境、考え方が重要になるのか教育に携わる者は常に変化に敏感になり、そのことを意識していかなければなりませんね。これから先、多くの課題が人類には与えられることになりそうですね。その課題を解決していくためにはこれまでにない発想が必要であるということも言われます。そしてそれぞれが当事者意識をもち、それらの課題に向き合っていかなければなりません。そのために、教育、保育として何ができるのか。まさに見守る保育、藤森メソッドにはその答えがあると思っています。だからこそ、先を見通せる世界の人々が今さに興味を示しているのではないでしょうか。

  3. 保育士1年目、公立の保育園で、Bluetoothのコンポから、スマホで音を流して子どもたちと歌ったり踊ったりした時、主任の先生からスマホを使うことを強く咎められたことを思い出しました。

    個人情報の関係上、撮影機能を使ったり、個人的な目的でスマホを使用したりすることに対しての注意であれば理解できます。しかし、ただただスマホを用いることは間違いであり、保育園で音を流すのであればCDを用いるべきである、ということでした。

    ICT化を進めている今の園では、当たり前に子どもたちの前でiPadを操作します。連絡帳やその日の様子を伝えるのも、アプリケーションです。
    教育的目的を持った上で、調べものをしたり、動画を子どもと共有したり、特に幼児であればもっと活用していくべきであるとさえ感じています。

    1年目の公立園では、紙の連絡帳を用いて、ホワイトボードにその日の出来事を書いて掲示していました。
    保護者から、ICT化を勧められることもあったようです。
    保育内容も同様に、大人主導で旧態依然としたものでありました。

    公立保育園は倒産しないことが問題であるとすら感じます。保育受容が高い間は、保育の質で、利用者によって園が精査されるということは起きないのでしょうか…。

    そうした意味でも、保育について一般の方にもっと知って欲しいです。藤森先生が積極的に海外へ展開されているのも、最終的には日本でもっと広める目的を持ってらっしゃると話していたことを記憶しています。そうした取り組みの重要性を強く感じ、本当にすごいなと思います。

  4. この数日の暗記特化型教育や試験への批判を少し異なる視点で考えてみました。
    この退屈で仕方ない教育のあり方の中でも、上位の大学へ行くにはそこを突破していかなければなりません。
    上位の学校へパスした人たちは、その退屈なものに対して如何にして取り組んできたのか。
    その時には、学び方までいかなくとも、自分に合った勉強方法を考える機会はあるでしょう。退屈な中に、自分なりの面白さを見出して、少しでも楽しく勉強しようと試みたでしょうし、その際には、自分の身の回りのことや興味関心と結びつけて思考することがあるのではないでしょうか。

    むしろ、そうした工夫なしに、退屈極まりない暗記特化型教育や試験へ立ち向かうことなどできないと想像します。

    それは、ある意味創造的であるようにも思います。そうして身につけた知識は、やはり暗記しているからこそ、何かの出来事、物事を考える時に、それらと結び付けて考えられるのではないでしょうか。

    暗記しなくとも様々な記憶媒体となるデバイスがあるとはいえ、思考は頭の中でこそされるものであるようにも感じます。

    そうした時に、確かに今の教育や学校の在り方、教師と子どもの評価制度には大きな課題がありますが、やはり上位の学校へ進学する人たちの「勉強する(学ぶ)過程」は否定できない面もあると考えてみました。

  5. 先日、5歳児同士がピーステーブルで話し合っていました。その際、「だから、ごめんねじゃなくて、なんでそうしたのか聞いてるの!」という発言が聞こえてきました。子どもたちの話し合いが少しづつレベルアップしていることに気がつきました。一方で、先日ある保護者に「もっと子どもっぽい、ごめんね、いいよ、で終わるような解決方法はないのか?」という問い合わせがありました。それは、ある頬を殴られた子どもが、相手の子どもに対して「もうしないって紙に書いて!」と言って書いてもらったからでした。大人社会にある「反省文」「始末書」のようであると加害児保護者は感じたのでしょう。保護者の理解がないと、子どもにとって良い環境は作りにくいことを実感したと同時に、なぜ、子ども同士での問題解決が必要なのかなど、「どんな」活動を「なぜ」しているのかについて、問い続ける姿勢は忘れてはいけませんね。

  6. レベル2のままでいると、会社なら倒産に追い込まれてしまうんですね。学校では公立なので、倒産はありませんね。その絶対に倒産しないというのが学校教育の問題の根幹にあるのではないかと思いました。実際になくなってしまうようなことが学校であれば、良くなるような方向にシフトしていくのかもしれません。人間のある意味特徴というか、追い込まれないと気づくことができないものなのかもしれません。そうなれば自分たちを「問い続ける」というような作業をしてどんどん変わっていき、新たないいものが誕生していくということになるかもしれないな、と思いました。

  7. 問い続ける、向上し続ける、と言い換えることもできそうで、その先へと進む為には新しいものを生み出したり、従来あるものを更新したり、といった作業こそが求められるのでしょう。
    その仕事が好きでなければ、そのような躍動感のある更新、仕事に継ぐ仕事、ということはやはり難しいのではないかと思えてきます。好きだからそのことをずっと考え続けられるのであり、好きだから寝る間をおしめるのではないかと思えてきます。好きなことを仕事にする、仕事を好きになる、どちらも先へ進む為に必要なことと改めて感じます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です