レベル4の熟達者

キャシーは、ゴルフを例に挙げて、初心者と熟達者と後が愛を説明しています。ゲームは進み、今度度はバンカーがフェアウェイを横切っていたとします。川とバンカーの違いはあるものの二つのホールは構造的には類似した状況です。プロは表面的な類似だけでなく、前方に障害物が立ちはだかる中でショットするという問題の「深層構造(deep structure)」まで考えています。このように熟達者は深い知識を持っているので、まだ低いレベルにある初心者の友達に合わせて、自分の思考プロセスを理解できる形で伝えることができると言うのです。子どもに教える人がレベル4の熟達者であってほしいと考える理由はここにあると言います。熟達者は単に専門知識を持っているからではなく、相手に合わせて多様な方法で説明したり、例を示したりできるからだと言うのです。カリキュラムガイドで書かれた通りにしか動けない素人とは大違いなのです。

数学のできない中学二年生の子がいました。この子に対して熟達した教師はその原因がどこにあるか的確に突き止めてサポートします。この子の場合、分母の大きい分数の方が大きいと考えていることが判かり、それは4年生の時に分数をきちんと学んでいなかったからでした。すぐに対処しこの問題を克服したら、めきめきと数学ができるようになったそうです。

九九のいくつかは覚えているものの掛け算に意味を見出すことができず、掛け算を拒否する子がいました。こういう場合も熟達した教師は、頭ごなしに「覚えろ」とか「やらないと困るぞ」とは言わず、子どもに気づかせる工夫をすることができます。この子に数える仕事を与え、掛け算をしないと困る状況を体験させたのです。もちろん本当に必要とされる仕事を自然な流れの中で課したのです。一枚のシートにつき6個のステッカー。シートは八枚。一体全部でステッカーは何枚あるのか……一枚一枚一枚数えていたら大変です。そう思った瞬間、彼の頭の中に「あっそうか。だから掛け算がいるんだ!」という考えが閃いたのです。以後彼は喜んで掛け算を学び始めたのです。

子ども、大学生、そして私達自身をレベル3、レベル4の段階へと高めてゆくのを助ける方法は沢山あります。日常の些細なことにも「意味」を見出し、表面的に考えないトレーニングをすることもできると言います。買い物一つとっても「かわいいケースに入っているから買う!」というような衝動的判断をしないで、自分のニーズに最も相応しいものはどれか、複数の条件を考慮して選ぶということから始めてみればいいとキャシーは提案しています。

新しい知識コンテンツを生涯学び続けるのが「「超」一流の熟達者」であると言います。ビジネスの世界においても、レベル3・レベル4の知識が重要です。スターバックスのバリスタはコンピュータによって制御されたレジを使いこなし、お客様とスターバックスならではの特別のやりとりをしなければなりません。セールスに携わる人はどの分野であれ、沢山の商品の名前と特徴を覚え、間違いなく商品を提供し親身に対応することを学ぶ必要があると言います。イベントプランナーは全体像と細かい部分との両方を頭に入れて、数々の決定をしなければならないのです。そうでないと、顧客にとって一生のイベントである結婚式や成人式が台無しになってしまいます。たとえば発達心理学のように、科学者は目指す分野、たとえば発達心理学について、大学院でメンターに導かれて、共に研究することを何年も積み重ねます。そしてレベル4に到達し一人前になると、自分なりの独自の視点を持って研究を続けていきます。職種によって求められる知識コンテンツは異なりますが、レベル4に達するまで長い年月をかけて修業するプロセスが必要であることは変わりないのです。

レベル4の熟達者” への7件のコメント

  1. 以前、ブログのコメントにて、学習塾をやっていた時、掛け算が十分にできない中学校1年生のことを紹介しました。今回のブログでは類似したケースが紹介されています。「彼は喜んで掛け算を学び始めた」私の塾の中学生さんも数学が楽しくなったとある時感想を言ってくれました。その結果、数学の成績は5段階評価で3。小学算数の時間、「お客さん」だった彼は、主体的なラーナーになったのだとわかります。「表面的に考えないトレーニングをすること」まさにDEEP LEARNING!AIだけがDEEP LEARNINGではありません。私たちも常に失敗から学び、私たち自身のヴァリューを高めていく必要があると思いました。なるだけ、思い込みや刷り込みをなくして、なるだけ、客観的な視点、姿勢を得られるようにしたいものですね。

  2. 園内研修で五領域を見直すことに取り組んでいます。私は人間関係の担当になりました。そこで、見守る保育の中で提唱され、私たちの園でも、理想的な集団の在り方として掲げている「共異体」について職員間で話し合いました。
    共異体については、「一人一人を認め合い、同じ目的に向かって協働する集団」というおおよその共通理解は図れていたました。
    しかし、掲げてはいるものの、私たちは共異体になれているのだろうか?共異体になるために実践していることはなんだろう?
    より共異体になる為に何が必要なんだろう?そんなことを子どものエピソードを交えながら話し合いました。

    2歳児クラスでは、子どもたちが自由に大きな動きで描けるように、机に模造紙を貼り広げてクレヨンを常設しています。この話し合いをするまでは、描く表現や手腕の発達のことしか意図を持っていませんでした。それを、共異体という視点を持って「意味づけ」すると、模造紙には誰がここまでという境界線がなく、その中でお互いの描く表現を認め合いながら描いているのだと考えられました。
    また共異体というと、認め合うことや、協働することがはじめに思い浮かぶけれど、認め合う前には表現し合うことがあって、自由に素直に表現し合えるには、信頼関係を築くことが必要であったり、様々な表現方法を知ることがあったりすることにも気づきました。

    これまで、共異体について意味づけできていなかったことにも、計画する際や、意図を考える際に意味づけすることができそうです。意味づけできることで、見守る眼差しや、かかわり方がより良いものになると思います。

    「カリキュラムガイドで書かれた通りにしか動けない素人とは大違いなのです。」

    「レベル4に達するまで長い年月をかけて修業するプロセスが必要であることは変わりないのです。」

    とあるように、指針に書かれていることや様々な研究によって示されていることを、目の前の子どもたちの姿に合わせて意味づけをすること、園の仲間と共に修行するプロセスを楽しみ、自分たち独自の視点を持つことに取り組んでいきたいです。

  3. 「熟達者は単に専門知識を持っているからではなく、相手に合わせて多様な方法で説明したり、例を示したりできるからだと言うのです。カリキュラムガイドで書かれた通りにしか動けない素人とは大違いなのです」とありました。見学の方を案内する時に、このことを意識するようにはしていますが、どのように相手に伝わっているかなかなか難しいです。相手によって保育の経験や専門用語の理解度も違いますし、見守る保育の実践の深さ、年数が違えばやはり説明の仕方を変えないと的確に相手に伝わらないということを実感します。そのあたりをなんとか感じるように努力し、話すことは大変ではありますが、とてもおもしろいなと思ってやっています。このあたりは実際に向き合うことで、その人が理解しているかそうでないのかというのが肌で直に、そしてすぐに感じることができるのかもしれません。「自分のニーズに最も相応しいものはどれか、複数の条件を考慮して選ぶということから始めてみればいいとキャシーは提案しています」このあたりは、子どもへの関わり方を少し変えてみることで、幅が広がりそうですね。子どもから提案があった時に、少し質問を投げかけてみるだけでも違うように思います。意識したいポイントです。「イベントプランナーは全体像と細かい部分との両方を頭に入れて、数々の決定をしなければならないのです」これは私の欠点ですね〜。細かい部分が非常に弱いです。

  4. 「スターバックスのバリスタはコンピュータによって制御されたレジを使いこなし、お客様とスターバックスならではの特別のやりとりをしなければなりません」とありました。よくドライブスルーのあるスターバックスを利用しますが、利用の度に驚くのが、スタッフの器用さと細やかさと無駄のない動きです。まず、ドライブスルーのある店舗では、スタッフは耳にトランシーバーを装着しているので、室内で注文されたドリンクを作りながら、外からの注文を受けています。当然のように、両手ではドリンク製作をしています。また、同時にカップには気の利いた言葉などを送り、レジスターへの打ち込み、お釣りの返却、時にはお客と雑談したりもします。訓練だけではなく、顧客満足のための方法を意識した接客を心掛けている印象を持ちます。スターバックスの人材育成がとても気になりました。

  5. 新しい知識コンテンツを学び続ける、就きたくない仕事に従事している人にとっては耳の痛い内容ともとれ、やはり探究心の湧き起こる仕事に就くことは掛け替えのないことと改めて思います。戦国時代は、武将にとって休息とは、睡眠とは何だったのだろう思える程に、天下取りに夢中であればある程に休まずに働きます。野心や野望がそうさせるのか、そういう気質で生まれたのか、環境がそうさせるのか、何にしても血湧き肉躍る毎日の中にいたことは考えられます。そういう気概から学ぶことは少なくない様に思えてきます。

  6. 〝日常の些細なことにも「意味」を見出し、表面的に考えないトレーニングをすることもできる〟というのが、レベルを上げるための方法の一つであることが書かれてありました。保育の現場にいる自分は、このことは大人よりも子どもの方が得意なことのように感じられます。何気ない日常に探究心や好奇心を存分に発揮して、学びの種のようなものを発見すること、子どもをみていると子どもは「熟達者」であろうと思います。ということは、大人がすることは子どもの学びを阻害しない、止めてしまわないことであるんだと思います。それをするだけで、子どもは発達を遂げていき、将来の社会に必要なものを身につけていくんだと思いました。

  7. 今回の内容を読み、果たして保育の熟達者とはどのような人のことをいうのか、と考えてしまいました。いやいや期の子供をうまく切り替えられる保育者でしょうか、お集まりで注意を引くのが上手な保育者でしょうか、職場での人間関係を上手にこなしていき、同僚だけでなく保護者からも信頼の熱い保育者でしょうか。間違いなく今挙げたものには全て当てはまっているべきなのでしょうが、チームでやっているならば、それぞれ一つずつ当てはまっている人がいれば、それは熟達した個にはなれなくとも、熟達したチームにはなれそうですね。

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