サイロシンドローム

自分の関わる部署のことだけ考え、他の部署に行くと宇宙人の支配する土地に侵入したかのように感じる組織と、全てのレベルでチームメンバーが共に意思決定してゆく組織とどちらがよいかと言えば明らかだとキャシーは言うのです。サイロシンドロームに毒された組織は視野が狭くなり、無駄も多く、最適な意思決定ができません。何より個人がバラバラにプレイしていて、コラボレーションができません。そんな組織をチームで行動する人達の集まるコミュニティに変えていくにはどうしたらよいのでしょうか。さっきの子育てでの理念がここにも役に立つと言います。子どもの発達の段階に合わせて適切に支援の手を差し伸べる親のように、企業の組織変革を促進するコーチが必要であると言います。

最適な意思決定ということについて考える時、ルイジアナを襲い大きな被害をもたらしたハリケーンカトリーナのことを思い出すと言います。雑誌『タイム』によると、知事がホワイトハウスに電話をかけた時、当時のジョージ・ブッシュ大統領にも、高官にも全く繋がりませんでした。効果的なネットワークはなく、皆、自分のサイロ(部署)の中でのみ行動していて、米連邦緊急事態管理局長官は全て順調だと思っていたのです。組織にサイロシンドロームが蔓延していたために、多数の人々の命が奪われ、家族をずたずたにされたと言っても過言ではなかったそうです。コミュニティは大きくなっているのに、コラボレーションできていなかったために、本来、回避することができたか、少なくとも軽減はできたはずである自然災害を大惨事にしてしまったのです。政府機関のコラボレーションの欠如が、ニューオーリンズを前代未聞の惨状へと追いやったのです。

では、次はレベル2に行きます。それは、「横並びで勝手に進める」です。それは、言い換えると、「私は私、あなたはあなた」ということで、関わり合わない関係です。レベル1では、三角形の板がうまくはまるようにしたのも、感情をコントロールできるようにしたのもお父さんの幼児への働きかけでした。このレベルの子どもは大人に完全に依存しています。しかし、レベル2では、コラボレーションの芽生えが見られます。幼児が自分一人でいろいろなことができるようになり、他者の気持ちや必要性もわかるようになってきます。「一緒に」は「一人で」よりも強力で、何かを成し遂げるには、他者を利用することができると気付き始めるのです。まだ洗練されていないもののあきらかにコラボレーションへの道筋を進みつつあるのがわかります。

3歳の子が二人砂場で遊んでいました。そこにはシャベルとバケツとお城をかたどる型がありました。しばらく静かに、お互いを気にすることなく別々に遊んでいましたが、一人の子は自分の城型がないのに気づき、もう一人の子に「ねえ、僕のお城持ってる?」と聞きました。聞かれた子が、砂の中から肩を引っ張り出すと砂のお城ができて、笑いながら「ここだよ!」と誇らしげに言いました。その後、時折一瞬だけ一緒になって砂を叩いたり、広げたりしましたが、コラボレーションは起きませんでした。何かを計画することもなく、たまたま一緒に何かをすることがあっただけでした。このような状態を「横並びプレイ」と呼ぶとキャシーは言います。日本では、これは「平行遊び」というのでしょうが、少し違うのは、日本の「平行遊び」というと、「関わり合わない遊び」のことを言います。しかし、キャシーらの言う「横並びプレイ」は少し違うようです。

サイロシンドローム” への8件のコメント

  1. 今年の関東の梅雨が本日開けました。「梅雨明け」と聞いた瞬間、「あけましておめでとうございます!」と拍手喝采。新型コロナウイルス感染症の恐怖と不安を、梅雨という本来は自然の恵みが一転して負の心的要素に変わり、曇天と雨そして高湿度という気象が心に重くのしかかっていましたから。青い空に白い雲。お泊り保育明けの本朝、年長児の一人が部屋から空を見上げて「あの雲、からすの形をしている」と言うと、他の園児たちがどれどれと呼応します。梅雨が明けたんだ、とその時思いました。そして気象庁からの梅雨明け宣言。8月初日の今日はまさに「あけましておめでとうございます」でした。さて、今回のブログ。前回始めて出会った「サイロシンドローム」。物覚えが悪い私は今日日中、何シンドロームだっけ、と自分自身に問いては次の瞬間、別な事への対応を想起し、今日のブログのタイトルを見て、そうそう「サイロシンドローム」!と、おそらくは記憶を取り戻した記憶喪失者のような感覚を覚えました。今回のブログのポイントはコラボレーションにおけるレベル2「横並びで勝手に進める」ということですが、その前に、私としては、「サイロ」というカタカナ語に拘ります。私にとってこの語は小学生の頃、北海道の牧場の中にぽつねんと建つ飼料や牧草等の貯蔵施設を意味していたのです。ネットの辞書を引いても「貯蔵庫」「倉庫」「地下施設」などと出てきます。今回のブログによると「サイロ(部署)」とあります。サイロ=部署。この語感を得られたのが今回の収穫の一つです。

  2. 「横並びプレイ」。平行遊びとの区別もあり、新たな言葉を知ることができました。確かに、平行遊びと聞くと“他者に関心がない”が先行してしまっています。それは、お互いが交わることをない平行をイメージしているからだと思います。そんな平行線ではなく、横並びになって各々遊んでいるものの、瞬間瞬間で両者が交わることもある横並びプレイという見方は斬新ですね。平行遊びではなく、あみだくじのように、交わる瞬間もあるというのが、今後のコラボレーションを加速される要素でもあるように感じました。

  3. かなり久しぶりのコメントになってしましました。少しずつですが続けていけるようコメントさせていただきます。

    『「一緒に」は「一人で」よりも強力』この言葉にたくさん助けていただいたのを覚えています。「仲間」だったり「チーム」という意味を感じますね。

  4. 先日、市役所を訪ねる機会がありました。久しぶりでしたが、いつかに訪れた時と同じ感覚になりました。自動ドアをくぐるととても親切な係の方が今日訪れた用件を尋ねて下さいます。自分の番号の載った紙を受け取り、用件を対応できる窓口は何番ですのでその番号の前の席でお待ち下さいと言われてもいっこうに呼び出されません。近くにいた職員の方に尋ねると、それはここではない、何番です、ということでそこに向かいました。3つある用件のうちの一つはそこで済むのですが、あと2つはまた別の窓口へいかないといけません。そうしてあっという間に1時間が経つのですが、帰る頃に別の窓口で怒鳴り散らしている人がいて、このシステムは、受ける側に自制心を求めてくる凄い構造だと改めて思いました。サイロシンドロームを体感したと思いたくないのですが、役所などはそう感じさせる要素が多いのでしょうか。

  5. 「サイロシンドローム」という言葉、初めて拝見しました。これに侵されている組織が辿る結末は散々なものとなるんですね。国レベルではなくても、一企業単位でも「共通認識」「共有」がなされていなければ、相手から信用されることはないのではないかと思います。自分一人だけでの行動はどんなことでも気を付けていかないといけないということを感じます。「一緒には一人より強力」というのは経験からも感じるところが大いにあります。伝えていく、思い出す作業が自分自身にも必要であることを感じました。

  6. 昨年2歳児クラスを担任していたこともあり、平行遊びをしている姿を見ることはしばしばあったのですが、その後、今日は誰と遊んだの?と聞くと、ほぼ確実に横にいた友達の名前を挙げました。一緒に何かを作り上げたわけでも特段会話があったわけでもなく、言ってしまえばおもちゃの取り合いをして喧嘩をしていてもです。その頃から『一緒に遊ぶ』というものの発達を追っていきたいと思っていたので、このタイミングでこの話題をブログで読むことが出来るのは運が良かったと言わざるを得ません。

  7. 発展している企業の特徴として、自分の部署だけではなく、他部署と連携したり、多くコミュニケーションを取っているという企業ニュースを見ましたが、社会がそのような部署を越えて活躍できる人材を求めていることに対して、まだまだ教育業界では、知識詰め込み型が多いのは残念なことです。
    副業を認めている企業が多いのも、この影響があるためと聞き、これからはまさにイノベーションが求めれるているのだなと実感しました。

  8. コラボレーションの欠如、サイロシンドロームを災害時における対応にまで広げてみることができるのですね。とても興味深いです。これは日本でも往々にして起こり得ることですね。コラボレーションができていない役所の対応は日本人ならばよく理解していることですし、役所だけではなく、学校、保育園という施設においても起こり得ることですね。横並ぶプレイという言葉がありました。確かに、日本の並行遊びは子ども同士が関わり合って遊んでいるわけではないということを習うので、多くの人が並行遊びと聞く、子どもたちが関わって遊んでいない姿を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、子どもたちは乳児の頃から積極的に他者と関わろうとしていますね。

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