量と質の公準

レベル3のコミュニケーションとは違う、レベル4のコミュニケーションの背後にある原理は何でしょうか?対話の仕方の違いなのでしょうか。イギリスの言語哲学者、ポール・グライスは良いコミュニケーションを特徴づける「公準(a set of maxims)」を明らかにしています。この公準に違反するとどんなにうまくいっても、気に障る関わりにしかならず、最悪の場合ただ誤解しか生まないと言います。私達はこの公準を意識しているわけではありませんが、そもそも会話している時にいつも言語の使用法について考えることはないのですが、お互いのコミュニケーションを支配している原理だとキャシーは言います。

量の公準とは、会話を行う時は情報をできるだけ提供すべきですが、必要以上に多過ぎてはいけないということです。質間にははっきり正確に答えるのがいいと言います。

質の公準とは真実を言うことです。レベル3のコミュニケーションでは噂が飛び交い、ビジネスや政治の場合、こういった噂が命とりになります。キャス・サンスティーンの著書「噂について」(未邦訳)では、倒産しそうだという噂が流れたために株が売られ、本当に倒産に追い込まれた会社の事例が挙げられているそうです。インターネット時代になり噂は爆発的に広まるようになりました。実際に、数年前のエイプリルフールの時、マンハッタンの私立学校では親のDNAサンプルの提出を義務づけるようになったという話が流れてきて、それを真に受けてしまったそうです。有名幼稚園に入学するには親がまるで大学の志願書に添付するようなエッセイを書いたり、法外な出願料を支払わなければならなかったりするという事態が本当に起きていたので、もっともらしく感じたようです。それはエイプリルフールのネタの一つだったのに噂がそこに紛れ込み、意図的な嘘だとは思わず信じてしまったのです。マンハッタンの有名幼稚園に我か子を入れるためになりふり構わない親達を追ったドキュメンタリー映画『Nursery University』で描かれた場面に、キャシーらも特別参加する羽目になったそうです。

しかしながら質の公準には限界があると言います。人々が聴く必要のある範囲内で真実を言うことは、最も大切なルールですが、多くの大人達は自分の意見をいつも言うべきだとは思っていないと言います。例えば、相手の気持ちを考えずに「あなたの髪型最悪だね」と言ってしまうような場合。このようなことをあからさまに発言すれば、自ら墓穴を掘ってしまうだけです。心の理論を持たない段階の子どもは本当のことを言うのを我慢できない。自分の発言を相手がどう感じるか認識できないからだと言います。お姉さん家族の家にガールフレンドを連れてきたA君。そこにいた五歳の子がガールフレンドに向かって「とっても大きい歯だね」と言い放ちました。それは本当のことでしたが、周りの大人達はこの話題には触れませんでした。

関連性の公準は今話しているトピックに関連する話をすることを要求しています。子どもは何から何まで話したくなるので、トピックに関連する話をするというのはチャレンジです。子どもは心に浮かんだことをとにかく話し、トピックがあるという風に考えないとキャシーは言います。

レベル4の論文

レベル4で聴くには、言われたメッセージを本気で聴こうとする姿勢が必要であるとキャシーは言います。ユージン・オニールの演劇「奇妙な幕間狂言』では、俳優がフィクションの世界と現実世界との壁を突き破り、観客に向かってセリフではなく自分が本当に思っていることを言ってしまいます。「愛してるわ、スタンリー」と言った次の瞬間、観客に向かって「ホーマーが私を捨てたから、仕方なくスタンリーにしたのよ」と言います。現実の生活において本当に聴くということは、心の理論を駆使し、行間を読んで、話し手について自分が知っていることを全て考慮することを意味すると言います。これがレベル4のコミュニケーションだというのです

レベル4で書かれていれば読み手が推測する必要はほとんどなくなります。論文の場合はこう書かれていることが強く望まれているのです。レベル4の論文は用語を定義して使用し、論点もきちんと説明しています。具体例を挙げ、詳細まで述べられています。理路整然と議論を進めていて、何が書かれているか解らなくなることはありません。大学の授業でこうした論文を提出すれば間違いなくAだとキャシーは言うのです。

ビジネスの世界で、コミュニケーションのあり方は、劇的に変化しているとキャシーは言います。グーグルはレストランの名前を知りたい時、初めて聞いた言葉の意味を知りたい時、情報を提供してくれるだけで2010年、新入社員が選ぶ最も魅力的な企業としてノミネートされたように、これからの働き方のモデルとなる企業でもあると言います。グーグルの社内コミュニケーションはとても先進的だそうです。グーグルが作り出した企業文化が、全く新しい方法でレベル4のコミュニケーションを生み出したと言うのです。例えば、社内ブログの導人によって、従業員は自分の意見を表明したり、臆せず質問したりすることで、組織運営に主体的に関われるようになりました。この結果、ビジネスがスムーズにいくだけでなく、これまでにない企業文化を進化させました。、グーグルCEO、エリック・シュミットは「経営層は知識労働者達が何を考えているか知り、反対に彼らは私達が何を考えているか解かるようになった」と言っているそうです。レベル4のコミュニケーションと自由闊達なコラボレーションなくして、グーグルが押し進めるクリエイテイプイノベーションは起こらなかったでしょう。今や他の企業も社内ブログを真似するようになり、「グーグル効果」と呼ばれているそうです。

洗練され無駐のないコミュニケーション能力のおかげで、ウォルマートは国際ビジネスのステージに躍り出ました。店の在庫を減らすために「ジャスト・イン・タイム・エコノミー」と呼ばれるシステムを使っているそうです。カリフォルニアの店で商品が必要になった時、アジアの製造プラントに連絡すれば、すぐに作られ、すぐに必要な分だけ補充されます。超効率化されたサプライチェーンが在庫を減らし、まだ必要でない商品を購人しなくてよくなります。ウォルマートや他の多くの会社は、正確で効率的なコミュニケーションが価格を低くし、需要を増やすカギだと考えているそうです。ウォルマートのコミュニケーションラインは効率的に機能し、2005年8月にニューオーリンズでハリケーンカタリナが大災害を引き起こした時、政府の対応がもたついている間に飲料水を提供したり、被災者を支援したりする役割を見事に果たしたのです。

レベル4のごっこ遊び

レベル2の書き手ははっきりしたテーマがなく、要素を繋げているだけです。一方、レベル3の書き手は2011年の全米学力調査では、高校三年生に求めるレベルに相当するそうです。論理的な繋がりがあり、理路整然と構造化された文章を書くことができるのです。文法やスペルといった形式面の知識があり、非の打ちどころかないというわけではありませんが、しっかりした文章が書ける力を持っているのです。

次の段階であるレベル4は、「ストーリーを繋げて語る」です。これは、「ごっこ遊び」が育てる高度なコミュニケーション力です。3人の幼稚園児がごっこ遊びをしています。王様と女王様ごっこです。王冠をつけ、ローブを身にまとい、つえを持っています。うやうやしく膝を曲げてお辞儀をし、順番に言葉を交わす。何と素晴らしい儀式でしょう。幼稚園児は完全に劇の世界に没入していました。

ごっこ遊びにはレベル4のコミュニケーションが反映されています。レベル3の対話を超えているのは、子どもが一緒にストーリーを作りあげているからです。ごっこ遊びの様子を隠れてこっそり観察すると……Aという子は母親が読んでくれた本に出てきた王様と女王様になって遊ぼうと言います。すると別の子Bが、アンデルセンの「エンドウ豆の上に寝たお姫さま」をやろうと言い出します。さらに別の子Cは、その物語を知りませんでしたが、女王様が悪者を追い出したことを祝うお祭りを思い出しました。やがて三人は全てのアイデアを混ぜ合わせ、Cが女王様になり、悪者から王国を救う劇をすることになったのです。Aは王様で、Bは王様と女王様の間に生まれた赤ちゃん。王様と赤ちゃんは女王様と共に悪者と戦います。3人は生き生きと遊び始めたのです。

皆で協力する遊びはコミュニケーションが成功する時の要素を全て含んでいます。王様と女王様というテーマに従ってプロットを作りつつ、交代して演じ、45分間もあるキャラクターになり続けるには、とても高度なコミュニケーション能力が求められるのです。この「ごっこ遊び」を学習科学のレンズでより深く分析してみると……。

・子どもが一緒にストーリーラインを作りあげてゆくのは、まさに創造的なイノベーションである。

・王様と女王様が本当に従っているルールに習熟する。これはどんなごっこ遊びにも共通していて、子ども達はこうして大人のやリ方を練習する。

・知識も作られる。王族(royal)、悪事(evil)といった難しい言葉を聞いたことがなかった子が、誰かが使うのを耳にし、文脈から意味を掴み、すぐに使えるボキャブラリーになってしまう。

・あるキャラクターになりきることが、自分の能力に対する自信を養う。

・長時間あるキャラクターになりきることが集中力を養う。

「ごっこ遊び」は、コラボレーションしながら作りあげられていきますが、コミュニケーションすることなく発生することはないとキャシーは言います。バンダービルト大学のデビッド・ディッキンソンは、「ごっこ遊び」をより多くした子どもの方が一年後の言語力が高いことを発見しました。

子ども同士の会話

学校では意味のある会話がなされて、レベル3のコミュニケーションを伸ばしてくれると思うかもしれませんが、残念ながらそうとはかりは言えないとキャシーは言います。皆で話し合うよりも、知識を頭の中に詰め込むことに躍起になっているケースも目立つからだというのです。カリフォルニア大学サンタクルーズ校のゴードン・ウェルズは、学校の授業において子どもが話す機会は殆どないと報告しているそうです。この調査は1998年からずっと続けられてて、学習科学がお互いに会話しながら学んだ方が効果的だという研究結果を示したにもかかわらず、未だに状況は変わらないとキャシーは言います。この状況は、日本でも同じですね。

デラウェア大学のフランク・マレーは、子ども同士の会話が学びにおいてとても重要なことを実験によって示したそうです。この研究はジャン・ピアジェが「保存」と呼んだ概念に基づいて行われました。「保存」とは見かけが変わっても量は変わらないということである。この区別がつかなくて、子どもの頃、おやつの時間に争った経験を誰もがしたことがあるはすです。5歳の双子の子どもがいた母親は二人にM&Mを5個ずつあげました。二人は母親が一つずつ数えながら同じ数だけ渡したのを見ていたにもかかわらず、一方の子の方が多いと主張し始めたのです。どうしてこんなことが起こったかというと、ごちゃっとまとめて5個置かれた方は、一列に並べて5個置いてある方よりも少ないと子どもが思ったからです。マレーはこの二人のようにお互い間違った認識をしている子どもをペアにして実験を行いました。先程と同様の課題を与え、二人で話し合って一つの解としてまとめさせたのです。この後、個別にオリジナルの保存課題をテストしたところ、二人共正解できたそうです。議論してお互いの見方について確かめ、納得したことで両者の理解が深まったのです。今、話し合っている相手の言っていることを本気で聴こうとすれば、相手から学ぶことができるのです。レベル3で聴くということが学びの手段になるのであるとキャシーは言います。

教師や親は、他者の立場になるように子どもを促すことで、子どもがレベル3に達するのを助けることができると言います。「もし誰かからそんなことをされたら君はどう感じるかな?」という風に子どもが考えるように促すのです。ただ攻撃行動をやめさせようとするより、教師や親は他者の立場になって考えさせるというテクニックを用いて、子どもがレベル3で物事を考えられるように支援することが大事です。子どもはこうした問いに答える体験を積み重ねて、段々と他の人の気持ちや考えを感じとれるようになってゆくだろうと言うのです。子どもだけではありません。相手の気持ちを考えず、不用意に発言してしまわないように、例えば、「ちょっと太ったんじゃない」というようなことを発言してしまわないように、大人もレベル3のコミュニケーションをとる感性を磨かないといけないでしょう。

書く場合についてはどうでしょうか。学習科学の研究者はレベル3の記述はただ事項をリストとして並べただけよりはましだとします。読書感想文でしたら、事実の羅列だけではなく登場人物の隠れた動機を明らかにすることが書かれています。大学の授業における評価なら、理路整然と書かれていますし、書かれた項目同士の繋がりも調べられているので、BかB+だろうといいます。このレベルの学生は、きちんと議論できるし、論文の内容を簡潔にまとめて語ることもできます。

マインドセット

何度も「心の理論」についてはこのブログで取り上げていますが、キャシーはこんな例を出しています。4歳の子が台所でM&Mの箱を見つけました。興奮して開けてみると、中に入っていたのはクリップでした。母親は微笑み、4歳の子に「6歳のお兄さんはその箱を見た時、何が入っていると思う?」と尋ねました。すると「クリップ!」と答えたので母親はびっくりしました。6歳のお兄さんの目はレントゲンではないので、M&Mの箱を見ただけで中にクリップが入っているかどうか解るはずはありません。ですから、お兄さんも箱の見かけに影響されて、自分と同じようにM&Mが入っていると勘違するはずだ…とは4歳の子は思わなかったのです。つまり、4歳の子は6歳のお兄さんが自分とは違う考え方をしているということに気づいていないのです。自分が箱に「クリップが入っている!」と思っているのですから、別の人もそう思っていると捉えているのです。自分がある考えを持っていて、別の人が別の考えを持っているということを理解し、調和させることは難しいのです。子どもか「クリップ」ではなく「M&M」が入っていると答えられるようになった時、相手や聴き手の見方を取り入れるために必要な「心の理論」を身につけたと言えるのです。

レベル3でコミュニケーションするには、聴き手を配慮するマインドセットが必要だとキャッシーは言います。レベル3のコミュニケーターになると、他の人を交えての子どもの遊び方が変わります。しっかりやりとりして情報を交換し、より進んだ語彙を用い、表現の仕方も洗練されてきます。子どもが消防士ごっこを始めたとします。一人の子がもう一人の子に「僕が署長で君か助手ね」と言うとします。すると相手の子は不満に感じ「解ったよ、でも僕も署長になる」と返しました。お互いを受け入れながら自分の主張をする!というのは大いなる進歩です。二人はお互いの希望を組み合わせたアイデアを考えようとします。その結果二人が署長として活躍できる遊び方を工夫したのです。

全ての子どもがいつでも他の人を考えるマインドセットを持てるわけではないと言います。特にインターネットコミュニティの中では対面したコミュニケーションでは起きない事態が生じることがあります。『ナショナルジオグラフィック』のオンラインゲーム「アニマルジャム」である子が遊んでいました。その子は豹のアバターになり「これから10分間、自由にアイスクリームが食べられますよ。豹の隠れ家までお出でください」と書き込みました。暫くすると他のプレイヤーのアバターから「やった!アイスクリームだ!」というメッセージが返ってきました。しかしその後、別のプレイヤーから「お前の顔を食べていいか?」というメッセージが入りました。一体どういう意味なんだろうと考えていると、そのプレイヤーは狼のアバターとなり「お前はブサイクだ」と書き込みました。瞬く間にひどい書き込みをされて、どうしようもなくなってしまったのです。このことを母親に相談したことがきっかけで、ネットコミュニティには匿名性を隠れ蓑にして他者を誹謗中傷するプレイヤーがいることを親子で話し合うことになったそうです。そして、再びこのような事態が起こった時、どうプロックし、サイト責任者にどう報告するかを一緒に学んだのです。

サーブ&リターン

次に、レベル3です。そのレベルは、対話によってやりとりするで、「サーブとリターン」のような言葉のやりとりをするのです。「何かを話そうと思う時はいつでも、自分の言いたいことを大体聴き手は理解してくれるだろうと信じて話している」。これはデボラ・タネンの著書『どうして男は、そんな言い方 なんで女は、あんな話し方』(講談社)の一節です。この本の中には、男女が会話を進めてゆくうちにどんどんねじれていく例が沢山取り上げられているそうです。しかしこれは男女間に限ったことではないとキャシーは言います。同性同士の会話でも同じようなことは起きていると言うのです。

レベル3において漸く真のコミュニケーションが始まります。それはテニスの「サーブとリターン」と呼べるような会話のやりとりだと言います。Aがボールを打つとBはボールが打ち込まれたところへ走り、打ち返そうとします。その時AはBがどこに打ち返しそうか予想して、そこへ走り込んで待ち構えます。プレイヤーは相手の行動に合わせて反応するのです。レベル3のコミュニケーションも全く同じだと言います。誰かとシェアしたい内容が生まれたら、相手は自分が伝えたいと思っていることを聴いてくれると信じて語ります。すると相手は新しい情報を付け加えて返してくれます。これが反応し合ってやりとりするということです。

言語発達の研究者達は会話における「サーブとリターン」がとても重要だと考えているそうです。キャシーらのチームの研究では、2歳の子と母親が話をする時に、「サーブとリターン」のような会話のやりとりをより多くしていると、1年後の子どもの言語能力の向上に繋がることが解ったそうです。「デュエットする対話」がコミュニケーションを学ぶ時には重要です。人は一人でコミュニケーション力を高めることはできないのです。

キャシーらはYou Yubeで、オムツが外れたばかりの子どもが素晴らしいレベル3のコミュニケーションをしている映像を見つけたそうです。子どもが初めて自分一人だけで電話をした時の記録です。子ども夫々の家にビデオが設置され、私達は両方の子どもの様子を見ることができます。話題の中心は公園で待ち合わせて遊ぶこと。会話は一方がもう一人を公園で遊ぼうと誘うところから始まりました。二人は話題から逸れることなく、待ち合わせるのは大きい方の公園か小さい方の公園か確かめ、歩いていくか車に乗っていくかまで話し合いました。ただ一か所、お互いが自分の家の窓から外を指さし、あっちの公園だ!と言い合った時、二人の対話はレベル3のコミュニケーションから外れてしまったのです。夫々違う場所にいて、窓の外を指差しても相手には伝わらないと二人とも気づかなかったのです。この失敗は本当によい対話に何が必要かを私達に教えてくれています。自分の見えている景色を相手が見えているとは限らないということです。それに気づいていなければならないのです。

良いコミュニケーションは聴き手の見方を取り入れます。レベル3の会話をするには心理学者が「心の理論」と呼んでいる能力を身につけていなければならないとキャシーは言うのです。

医療過誤

ビジネスでもNPOでも驚くほど多くの時間をレベル2のコミュニケーションに費やしています。あたかも「横並びプレイ」のようなコミュニケーションレベルのミーティングは、会議室を小さい子どもが遊ぶ砂場に変えます。一人ひとりが関わり合うことなく押し黙っているだけです。キャシーらがあるNPOの理事会に参加した時のエピソードを紹介しています。キャシーらは次の理事長を選ぶ話し合いを行っていたそうですが、しばらくすると、実権を握っている人が誰を次期理事長とするか既に決めていることが判ったそうです。話し合いは形だけで彼女らが参加する意味はなかったのです。このような会議は日本では非常に多い気がしますが、アメリカでも同じですね。

キャシーは、レベル2で聴いたり話したりするのは、レベル1に比べれば遙かに大きな進歩ですが、このレベルのコミュニケーションでは真の理解には程遠いと彼女は言います。このレベルのコミュニケーションから起こった医療過誤の事例をキャシーは挙げています。

キャシーは、レベル2のコミュニケーションから起こった医療過誤の事例を挙げています。2003年、結腸切除の手術の際に異なる血液型の血液を輸血したため、患者を死亡させてしまったという事件が起きたのです。アメリカにおいて、医療過誤は主な死囚の第5位であり、不慮の事故、糖尿病、アルツハイマー型認知症よりも上位にランクされているそうです。更に医療過誤が起こる原因の66%が先程のケースのようにミスコミュニケーションなのだそうです。高度な教育を受け、しっかり話す能力があり、熟達した人々が単純なミスコミュニケーションによって、誤って処方したり、部位を間違って手術したりしてしまうのです。飛行機が着陸に失敗し、工場で大惨事が起き、医療現場でミスが起こるのは、私達がレベル2のコミュニケーションに甘んじているからだとキャシーは考えています。

レベル2のコミュニケーションに陥っている状態をピーター・ドラッカーはこう表現しているそうです。「聞きたいことばかり聞こうとしていて、聞きたくないことには全く耳を傾けないので聴いていないのと同じだ」。他のビジネスリーダーも同じように「本当に」聴くことがとても重要だと指摘しています。雑誌『フォーチュン』の編集委員の一人であるピーター・ナルティーは、聴くことはリーダーにとっても最も価値あるスキルであり、偉大なリーダーと凡庸なリーダーとを分ける資質であると書いているそうです。ビシネス、学術界、NPOを問わず、権威ある地位に立つ人々はより効果的に伝えるために他者の視点を受け入れ、レベル2の段階を超えたコミュニケーションを目指さなければならないと言います。一方通行の見せびらかしとお喋りに過ぎない「ショー・アンド・テル」は、個人的な話題で盛り上がる場合に留めておくべきだろうと言います。

「もし雨が降らなかったら、明日は晴れだ」というような類のどうしようもない会話を家族がしていたら、はっきり言うべきであるとキャシーは言います。「起きてよ、私の言うことをちゃんと聴いて!」と。電子機器を捨てて、レベル2のコミュニケーションから脱するべきだと言うのです。

次のレベル

キャシーは、レベル2のコミュニケーションから起こった医療過誤の事例を挙げています。2003年、結腸切除の手術の際に異なる血液型の血液を輸血したため、患者を死亡させてしまったという事件が起きたのです。アメリカにおいて、医療過誤は主な死囚の第5位であり、不慮の事故、糖尿病、アルツハイマー型認知症よりも上位にランクされているそうです。更に医療過誤が起こる原因の66%が先程のケースのようにミスコミュニケーションなのだそうです。高度な教育を受け、しっかり話す能力があり、熟達した人々が単純なミスコミュニケーションによって、誤って処方したり、部位を間違って手術したりしてしまうのです。飛行機が着陸に失敗し、工場で大惨事が起き、医療現場でミスが起こるのは、私達がレベル2のコミュニケーションに甘んじているからだとキャシーは考えています。

レベル2のコミュニケーションに陥っている状態をピーター・ドラッカーはこう表現しているそうです。「聞きたいことばかり聞こうとしていて、聞きたくないことには全く耳を傾けないので聴いていないのと同じだ」。他のビジネスリーダーも同じように「本当に」聴くことがとても重要だと指摘しています。雑誌『フォーチュン』の編集委員の一人であるピーター・ナルティーは、聴くことはリーダーにとっても最も価値あるスキルであり、偉大なリーダーと凡庸なリーダーとを分ける資質であると書いているそうです。ビシネス、学術界、NPOを問わず、権威ある地位に立つ人々はより効果的に伝えるために他者の視点を受け入れ、レベル2の段階を超えたコミュニケーションを目指さなければならないと言います。一方通行の見せびらかしとお喋りに過ぎない「ショー・アンド・テル」は、個人的な話題で盛り上がる場合に留めておくべきだろうと言います。

「もし雨が降らなかったら、明日は晴れだ」というような類のどうしようもない会話を家族がしていたら、はっきり言うべきであるとキャシーは言います。「起きてよ、私の言うことをちゃんと聴いて!」と。電子機器を捨てて、レベル2のコミュニケーションから脱するべきだと言うのです。

次に、レベル3です。そのレベルは、対話によってやりとりするで、「サープとリターン」のような言葉のやりとりをするのです。「何かを話そうと思う時はいつでも、自分の言いたいことを大体聴き手は理解してくれるだろうと信じて話している」。これはデボラ・タネンの著書『どうして男は、そんな言い方 なんで女は、あんな話し方』(講談社)の一節です。この本の中には、男女が会話を進めてゆくうちにどんどんねじれていく例が沢山取り上げられているそうです。しかしこれは男女間に限ったことではないとキャシーは言います。同性同士の会話でも同じようなことは起きていると言うのです。

レベル3において漸く真のコミュニケーションが始まります。それはテニスの「サープとリターン」と呼べるような会話のやりとりだと言います。Aがボールを打つとBはボールが打ち込まれたところへ走り、打ち返そうとします。その時AはBがどこに打ち返しそうか予想して、そこへ走り込んで待ち構えます。プレイヤーは相手の行動に合わせて反応するのです。レベル3のコミュニケーションも全く同じだと言います。誰かとシェアしたい内容が生まれたら、相手は自分が伝えたいと思っていることを聴いてくれると信じて語ります。すると相手は新しい情報を付け加えて返してくれます。これが反応し合ってやりとりするということです。

反転授業

日本では、この反転授業を、具体的にはどのように行っているのでしょうか。

新聞では、反転授業という学習方法が、今回のコロナ禍で注目を浴びていて、その授業例が紹介されています。

「コロナ禍による緊急事態宣言の解除後の6月、茨城県笠間市は市立小中学校など16校で導入した。動画教材は、県教委が作成したものと各校が作成したものを学校間で共有し、その中から選ぶ。『この数字は何て読むかな』。7月14日、小学校4年生の授業で担任が黒板に13桁の数字を書いた。『億』『兆』といった大きな数がテーマだ。授業は子どもたちが動画教材を使った予習でどの程度理解しているか、確認することから始まった。その後、3人1組になり、配られた数字のカードを使って『ゼロを6個含む16桁の数を作り、読み上げる』といった課題に挑戦した。」

このような授業への子どもの感想は、「みんなで意見を言いながら考える時間は勉強というよりゲームみたい」と楽しそうに言ったそうです。また、教師からの感想は、「理解が不十分な児童には補足のプリントを渡すなど試行錯誤している」と答えています。さらにこの学校では、体育や家庭科などにも反転授業を取り入れたそうです。例えば、体育は、子どもたちが家庭で様々な運動の説明動画を見ることで授業では実技に多くの時間を使えるといったメリットが紹介されています。しかし、キャシーらが紹介した方法とは、なんとなく違うのはどこでしょうか?

この反転授業は、佐賀県武雄市が2014年から15年度に市立小中学校に導入したことなどから日本で知られるようになったそうです。武雄市は、小学校では3年生以上の算数、4年生以上の理科などで取り入れ、授業ではALを積極的に行っているそうです。小学6年生を対象にした15年の調査では、「自分の考えや意見を発表することが得意になった」と回答した児童は、反転授業の実施率が低い3校では53%だったのに対し、実施率が高い3校は65%に上ったそうです。今回のコロナ禍では、小中高校などの休校が最長3カ月に及び、学習の遅れへの対応が課題となりました。その対策として、笠間市のほか、反転授業の導入を検討する自治体が出てきたそうです。大阪府泉大津市などは、市立小中全11校で書いて学習用に民間のオンライン教材を使い、来年度にも導入する予定だそうです。

しかし、課題として、教員らが動画教材を作成する場合、負担が大きい。インターネット環境が整っていない家庭もあり、動画教材をDVDに収録して私といった配慮が必要ですし、個の授業は家庭での予習が前提で、予習をしていない子どもは授業についていくのが難しいこともあるそうです。宮城県内の小学校で反転授業に携わった東北大学院教授の稲垣氏は、「休校中に子どもの学力格差は広がっていて、個別指導の時間を確保できる反転授業は有効な対応策となる。動画教材ですべて教えるのではなく、授業で考える楽しみを引き出すなど適切な組み合わせを見極めて欲しい」と話しているそうです。

2000年代にアメリカで始まったこのような試みが、今回のコロナ禍において、タブレット端末やデジタル教材、インターネット環境など、情報通信技術(ICT)による授業、教育改革に対して、わが国における教育にどのような変革をもたらすのでしょうか。

反転学習

レベル2のコミュニケーションで一方通行の指示によって受動的に学んでも、テストをパスすることはできます。しかし示した例から外れる事例に出くわした時、子どもは対処できないでしょう。多くの学校では、「台本を覚えるような学び」が行われていて、子どもが質問し、どこまでも追究してゆくことを先生は避けていることが多いとキャシーは言います。しかし、家庭では親が子ども達に問いを投げかけ、議論に巻き込むことができると言います。「一緒に議論しよう」と呼ぶゲームを子どもとするというのもその一例です。どの映画を見たいか、その理由はなぜか、自分の答えの方がいいとどうやって根拠づけるかというようなことを親と子どもが入り混じって話すのです。何ともありふれたやり方のように思うかもしれませんが、相手に敬意を払いつつ、創造的に考えようとする姿勢を子どもが持とうとするのを助ける、実にいい方法なのだとキャシーは言います。

反転学習という言葉があります。これは高校や大学の授業において、教室でじっと座って講義を聴く学びよりも、学習者が主体となって学んだ方がより効果的であるという発見に基づいて生まれた学習法です。反転学習を行っているクラスでは、学生は家庭で動画などを視聴して講義を受け、学校に来たら、今までなら宿題として取り組んでいた課題を一絲に解きます。先に述べた「知恵の泉」モデルのように学生を受動的にしてしまうのではなく、話し合いながら課題に取り組みます。学生にも同等に学びの責任を担わせ、座って聞くという受け身のやり方から、学生が学びに参加せざるを得ない創造的でダイナミックなプロセスに変えるのです。反転学習は、高校や大学だけでなく初等教育においても有効です。例えば、小学二年生の社会の授業で地図を学ぶ場合・事前に家庭で親子一緒に動画を見て、北、南、というような学びに必要なボキャブラリーを知ります。翌日は学校でチームに分かれて、学校の周囲の地図を作る課題に取り組みます。どんな地図を作るか話し合う時、子ども達は早速新しく知ったボキャブラリーを使い、活動は盛り上がるのです。

キャシーとロバータがこの本「子育て成功への道」を日本で発行したのが2017年ですが、たまたま、今回のコロナ禍で、日本でもこの反転学習が新聞で取り上げられていました。2020年7月24日の読売新聞です。この記事のリードには、こう書か書かれてあります。

「学校で教わり、家庭で復習するという従来の学習スタイルを逆転させた『反転学習』を小中学校に導入する動きが出てきた。家庭で予習を済ませ、学校の授業では主に復習や応用問題に取り組む方式だ。コロナ禍による長期休校で生じた学習の遅れを挽回する上で、効果的な手法として注目を集めている。」

日本の取り組みでちょっと心配なのが、「学習の遅れ挽回」のために、反転授業を取り入れるというところですが、少し記事の内容を見てみようと思います。

「反転学習は、児童生徒が自宅でパソコンなどを使い、動画教材を見て予習する。学校の授業では、予習でわからなかった部分を教員に訪ねたり、討論や発表などのアクティブ・ラーニング(AL)を行ったりする時間を確保しやすいと言う。」という実践は、たしかに、「教室でじっと座って講義を聴く学びよりも、学習者が主体となって学んだ方がより効果的であるという発見に基づいて生まれた学習法です。」ということには沿っていると思います。