知る必要のあること

「ティーチ・フォー・オール」は、世界中の子ども達が知る必要のあることは何かという、教育の成果について真剣に検討し続けているそうです。但し、世界中どこでも画一化した教育内容を届けるわけではありません。公衆衛生学の専門家である、ジェファーソン大学のロブ・シモンズの言った「グローカル」の精神が今世界で求められていると言います。スキル自体は「グローバル」で同じですが、それを教える方法は、文化の違いを反映し「ローカル」に多様なやり方を採用するというのです。

また、ニューヨーク科学アカデミーは、グローバルSTEM連合を組織し、「世界で挑んでいかなければならない大問題の解決と、個人にも国家にも有益なSTEMスキルの育成」を目指すことを決めたそうです。ニューヨーク州立大学のナンシー・ジンファー総長は、ウェブサイトの中で「科学テクノロジーに精通した高いスキルを持った人が世界的に求められる中で、その需要に応えるために、最先端の技術とイノベーション思考を教室で活用する場を作る」と語っているそうです。

小さいが力強い都市国家であるシンガポールは、21世紀に必要な教育を極めて真剣に受けとめ、動き出した国であるとキャシーは言います。彼女らのところに、マインドチャンプという名の会社を創業したブライアン・キャスウエルという人物から、突然メールが来たそうです。彼はキャシーらの著書「子どもの『遊び』は魔法の授業』を読み、是非話をしたいと言ってきたそうです。最初、キャシーらは懐疑的だったそうです。なぜなら、マインドチャンプという会社名が、彼女らが闘っている、歪んだ教育産業の広告文句そのものに思えたからだそうです。通りでガムを噛むだけで違法とされる、厳格な国の人達が、プレイフルな彼女らと何を話したいのか見当がつかなかったのです。

しかし、そのような判断は間違っていたと言います。シンガポールの教育省は、変化の波を感じとり、イノベーションが、来る数十年における経済的成功のカギだと理解していたのです。中国とインドという二つの経済大国に取り囲まれたシンガポールが繁栄し続けるには、シンガポールの将来を担う子ども達を全力で育てるしか道はないと考えたからです。彼らには国際学力テストでトップになるだけではなく、世界にブレークスルーをもたらす人材とならなくてはならないのです。これまでシンガポールの子ども達はイノベーションとは無縁でした。しかし、シンガポールはトップダウンの決断がすぐに実行できる上意下達の政治体制であり、これが幸いして、早速、ただ賢いだけでなく、創造的な人材を教育することを保証する新しい教育システムを採用したのです。

シンガポール教育省は、これからの学校において育てたい人物像をこう規定しているそうです。

「健全な自己認識と倫理基準を持ち、未来に向けて挑戦するために必要なスキルと知識を身につけている。家族、コミュニティ、国家に対する責任を果たし、自分の身の周りの世界の美しさに感謝し、健康な心身を持ち、人生への情熱に満ちている。」

この内容に対し、キャシーらは称賛しています。アメリカの政策決定者が音楽、芸術、休み時間を学校から取り上げ、読解ドリルに多くの時間を費やすことを選んだのに対し、シンガポールは考える力のある次世代を教育するために、アメリカが「除外」した学びこそ本質であると宣言しているのです。

知る必要のあること” への5件のコメント

  1. 他国の批判をしても詮無きこととは十分承知しておりながら、今回のキャシー氏の批判を目にするにつけ、やはり超大国米国は斜陽の一途を辿っていると思わざるを得ません。そして、その属国である私たちの国も「属国」であるが故に、共に沈みゆく道をただひたすら歩んでいるかのようです。多くの疑惑を抱える政治家を総理大臣に戴き、学歴詐称?と揶揄される政治家を首長と仰ぐ私たち。この国を良くするもそうでなくするも、私たち自身の選挙権が本来モノを言わなければならないのに、疑惑と詐称の政治家が今なお長として君臨している。投票率5、6割の国。残りの4、5割はその選挙権を放棄。投票所にも足を運ばない。この現実に疑惑と詐称の政治家の皆さんは歓喜しているかのようです。さて、前置きは以上。おかげさまで、今回のブログに取り上げられているシンガポールに親近感を抱くことができるようになりました。藤森先生に感謝申し上げます。そして、この状況のきっかけを築いて頂いた、今は亡き土井上丞二先生に心より感謝申し上げたい。昨年彼が「シンガポール教育省」(エクダ)を表敬訪問し、担当者に「今、シンガポールの就学前教育で顕著な教育方法は何か」と問いた、その答えが「MONTE、REGGIO、and MIMAMORU」ということでした。土井上先生、ありがとうございました。臥竜塾ブログのコメントにて心より感謝申し上げると共に、ご冥福をお祈り申し上げるしか今の私にはできません。

  2. 『スキル自体は「グローバル」で同じですが、それを教える方法は、文化の違いを反映し「ローカル」に多様なやり方を採用する』というロブ・シモンズ氏の言葉が印象的でした。確かに、主体的に考え行動し、他者とコミュニケーションを取りながらより良い社会環境が作れる能力というのは、1つの方法でのみ付く力ではないはずです。ましてや、各国の特性は異なり「学び方」も多様なです。そこの国ならではの方法によってグローバルに必要な能力にアプローチしていくというのは、なんだかとてもしっくりきました。それにしても、シンガポール教育省の変革はすごいですね。自国への危機感がその推進力となっただけでなく、「トップダウンの決断がすぐに実行できる上意下達の政治体制」という利点も加わって、今や世界一の学力保持国となっている状況から、多くのことを学ばねばなりませんね。

  3. 気付いている人は気付いていて、気付いている国は始めている、日本はこのままではどんどん遅れをとっていくのかもわかりませんが、それも日本という国にとっては大切なことなのかもわからないと思うのは、グローバル化の中で、いよいよどこに住むかも個人の判断が叶う世の中であると思えるからです。日本に住むと決めるということは、それもこれも含めて日本にいる、ということであり、この国への不満でなく、この国をよくしていくのだという、高い気概でもってこの問題のことを考えていきたいと改めて思います。

  4. 個人が「学ぶ」ということは決して画一性があるものではないということに気づく今回の内容であることを感じます。共生と貢献という大きな目標がありますが、個々の学びはそれぞれ、だからこそ個人をしっかりと見つめていくことが自分たちがしていくことではないかということを思いました。日本に生きる自分たちはもうダメだ、と悲観するのではなく、もうダメな日本にいることを選んでいるんだという気持ちになることが今後求められる考え方なのではないかと思います。政府に任せる、メディアに求める、もう若くないと考えるのでなく、ただ眺めるのでもなく、自分たちが主体的でいることを将来を担う者たちは見つめているんだということを忘れてはいけないんだと思いました。

  5. 「最初、キャシーらは懐疑的だったそうです」とありました。最近、読んだ「逆ソクラテス」という小説のテーマが「敵は先入観」ということでした。とても痛快な内容の話だったのですが、私自身、どちらかと言えば先入観が強いタイプなので、小説を読みながら気をつけなければいけないなと思いました。少し話は逸れましたが、そんなことを思い出しました。「シンガポールが繁栄し続けるには、シンガポールの将来を担う子ども達を全力で育てるしか道はないと考えたからです」これはとても素晴らしいことですね。目先の成果ではなく、本当の発展のためには何が必要であるかということを明確に捉えていますね。とても優れた人が多いのでしょうし、舵取りをする人もそういう人が多いのでしょうね。我が国を見てみると、国のことなど考えずに、目先のしかも自分の利益のことしか考えていない人が舵をとっているようにしか思えません。。。ある意味では危機感はないのかもしれませんね。

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