教育業者

2000年代初頭、アメリカの子ども達の学業成績が他の先進国に比べて低いという事実が、アメリカ国家に衝撃を与えました。「PISAのスコア」「学力差」という言菜が、日常、当たり前のように交わされるようになり、アメリカ国民は不安を感じ始めました。経済を活性化するために、不安や恐れはマイナスでしかないとキャシーは言うのです。

2005年に、トーマス・フリードマンの著書「フラット化する世界」(日本経済新聞出版社)が大きな反響を巻き起こし、世界が均一化し、相互に複雑に結びつく中でどう生き残ってゆくかがテーマとなりました。生涯同じ仕事に就くことが考えられない時代に突入し、終身雇用は現実的でない制度下で、アメリカが国家を維持してゆくために必要不可欠だと考えたのは科学と技術だったのです。2007年に「困難な時代における困難な選択」というレポートが出され、これからの労働環境に適合した人材を育てるためには、子ども達の頭の中に沢山の事実を詰め込む必要があるとう考えが、あちこちで叫ばれるようになったのです。

当初は、大学進学適性試験であるSAT対策の個別指導を行う塾だったカプラン社は、同世代の仲間より一歩リードして将来の大学進学の準備を行うために、学齢期の子ども全てに対してサービスを提供する予備校へと大きく発展しました。カプランと公文を中心に、幼児教育ビジネスは活況を呈しているとキャシーは言うのです。

テスト業者も大きな利益を上げているそうです。「カンザス州の州都はトピカである」というような断片知識を覚えることを「成功」だと狭い意味で捉えている人々が多い中で、NCLBやコモンコアの指導要領に準拠したテストが急増するのは当然の流れでした。国家の定めた基準に従って、読解と計算の学びを行うカリキュラムとテストが数十億ドル規模の産業へと成長したのです。ある評淪家が「テストの中には金が埋まっている」と冗談を言ったそうですが、まさにその通りの状況なのだとキャシーは言います。

さらに彼女は、もう一つ忘れてはならないものがあると言います。それは「教育玩具」と呼ばれるおもちゃの存在です。おもちゃメーカーは「エデュテイメント」という言葉にいち早く反応しました。今やフラッシュカードだけでなく、ゲームやモビール、そのほかにも「教育玩具」が多数製造され、こちらも数十億ドルを稼ぎだすピジネスに成長しています。2009年には「教育玩具」の売上だけで、それ以外の、これまで売られてきた普通のおもちゃ全体の販売額を超えてしまっているそうです。

おもちゃに加えて、数え切れないほどの教育アプリが登場し、車や電車での移動の時に、子どもが文字や計算のドリルをするツールとして使われています。こうして子ども達は、着々と将来受験する「穴埋めテスト」の準備を始めているのだというのです。

低学年の子どもが、スマホ、タブレット、コンピュータなどでインターネットを使っている時間は1日4時間だそうです。これは、主婦のパートの仕事時間に匹敵するそうです。8歳を過ぎると、1日8時間、画面の前に向かっているという調査結果があるそうです。また幼児向けに24時間ずっと教育番組を放送し続けているスプラウトという局もあるそうです。

教育業者” への6件のコメント

  1. 今回のブログも多くの示唆に富んでいます。「2000年代初頭」それまで経営していた横浜の学習塾をたたみ、岩手の実家に戻ります。役場に勤めるか保育所で働くかの二者択一。私は迷わず後者を選びました。なぜなら、横浜の学習塾は小さいながらも小学生から高校生、浪人生までを対象としていたから。つまり、それ以前の子どもたちの姿を私は知りませんでした。私の興味関心癖が頭を擡げた結果でした。役場の職員は公務員。不漁でも不況でも安定した収入が保障されている、と諭されました。それでも保育所の事務職を選択しました。就職してわかったことは、認可保育所の職員は準公務員ということ。同年齢の役場職員よりは年収は劣るかもしれませんが、安定度合いはほぼ一緒。ストレス度合いは役場職員に比べて極めて低い。おかげで、その頃結婚して5年も6年も経つのに子宝に恵まれない私たち夫婦に神様からの授かり者。今や選挙権を有するようになった一人息子。所変われど、保育所勤めを始めて20周年。汲めども尽きぬ体験経験を現在勤めているこども園から頂きながら、生活の安定も保障して頂いております。さて、本題(実に長い前置き)。「テストの中には金が埋まっている」、あっ、これホント。テストは日本語で試験とも訳されますが、検査とも訳されます。健診と称してやたら私たちは検査を受けさせられます。今は、新型コロナウイルス感染症罹患の有無を調べるPCR検査流行。これも無料ではありません。検査の中には「金が埋まっている」。今回のコロナ禍での、この検査。お金の臭いがプンプンです。「経済を活性化するために、不安や恐れはマイナスでしかない」、いやいや、この不安と恐れで実は儲かって笑いが止まらない人たちがいるのです。と同時に、不安や恐れを脇に置いといて「経済を活性化するため」に多くの犠牲者を出している国もあります。私は、テストが嫌いです。テストは必ずと言っていいほどお金と結びついています。昨年度息子の大学受験料のためだけにどれだけのお金を費やしたことか。もっとも、それぞれの大学法人の経済活性化には寄与できたと思うと少しは救われます。

  2. 教育革新には、教育業者の存在が不可欠ですね。先手先手を考え、時代を読み解こうと意識を向ける姿勢は、とても勉強になります。数ヶ月前、学研さんから「プログラミング」の案内をされました。こうした方が良い、こうしなければいけないなどの行き過ぎた強迫観念に対する見方は難しいものがある印象ですが、そこで大切になってくるのが、自ら調べて考察することであると学びました。プログラミングをやろうが、外で虫取りをしようが、目の前の現象を不思議がったりさらに探求しようとしたり、他のものの知識を結び付けて新しいことを発見・創造ことさえしていれば、同じようにも思います。教育業者が新製品を産み出し、消費者が購入する。その繰り返しが、教育変革の一部を支えているのだと理解しました。

  3. 教育業者という言葉にどきっとしました。そうか、現況の教育だからこその雇用があり、経済があって、現況の教育はそういうものにも支えられているからこそ変化が遠いのかと思えてきます。僕らが実践を続けながら発信していくことと、この業界とのある意味での発信のし合いは、求める誰かに届いていて、そう思うと、やはり発信をし続けること、信じているものを伝えることの大切さを改めて思います。

  4. 教育を支えているのはなにも「先生」と呼ばれている人だけではありませんね。園や小学校を訪れる人は全て、子どもの成長を支えている存在だということを今回のタイトルでまず、再確認しました。考えてみれば、先を見通して今売れそうなものをつくる、という作業の難しさは計り知れないし、つくったものをプレゼンや宣伝して発信し、世の中に売り込むというのも難しいものですね。自分たちもそういった方々と発信し合い、受け取りあって相互に発展していくことが理想のカタチなんだろうということを思いました。

  5. 私は、自分さえよければ、の考え方を持っていると思っていたアメリカですが、実際のところは自分”達”さえよければ、という考え方なんですね。だから自分達の子供達に関わる教育という分野においては他国と比べても猛烈に力をいれるのでしょう。そういった意味では日本はへんに平等だの公平だのを謳うから今の格差の激しい社会になってしまったのかもしれません。もちろんアメリカの体制にもデメリットはあるし日本の体制にも引き続き繋いでいきたい部分もありますからいいとこ取り、というわけではありませんが各々のメリットを拾っていきたいとも思います。

  6. 不安というのはある意味ではビジネスになるのかもしれませんね。人々が抱えるなんとも言えない不安、そんな不安を解消したいと思うのが心理ですね。そこにビジネスがつけこむことで、これをやれば安心ですよ。こうすれば大丈夫です。というメッセージとともに、商品が宣伝されれば、自らの不安を解消してくれるものがあるということで、消費者はやはり飛びついてしまうかもしれませんね。だからこそ、必要以上に不安を煽るということもありそうで、なんだかですが。世の中の不安が大きくなれば、なるほど、怪しいものが溢れてしまうなんてこともあります。まさに現場がそうですね。しっかりとした自分の目で、何がよくて、何がよくないのかということを判断していきたいなと思います。

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