介入の度合い

子どもをよく見ている親は、生活の中のあらゆる場面で子どもが自分の感情をもっと上手に表現できるようにさりげなく導き、支援します。レベル1の段階では、親が殆ど子どもをリードします。このため子どもは親がどんな役割を演じているのか認識さえしていません。しかし、この入門段階があって初めて子どもが徐々に高いレベルに進んでいけるのだとキャシーらは言います。最初は子どもが他者とどうコラボレーションし、社会的コントロールするかを親がセットしてあげます。そこから少しずつ介入の度合いを弱めていって、子ども自身が自分で判断できるように仕向けていくのです。

アンディ・メルツォフの研究室でとても興味深いことが発見されました。生後14か月の赤ちゃんがこれまで会ったことのない男がすることを間近で見ていました。その男は口の狭い花瓶にビーズの紐を入れようとしていましたが何度も失敗していました。結局男はあきらめ、ビーズを赤ちゃんの方へ押しやりました。すると赤ちゃんはそのビーズの紐を拾い花瓶の中にストンと入れてしまったそうです。赤ちゃんは男が何をしようとしていたのかその意図を理解し、男ができなかったことを実行したのです。この手の「心を読む能力」が将来、他者とコラボレーションし、他者の感情を理解する基盤となるのです。

赤ちゃんは周囲の人々の意図や気持ちを読みとる力があるのですが、他者とコラボレーションして目標を達成することはまだできません。どうしても「あれが欲しい」に目標が限定されてしまい、長期間にわたる目標は立てられません。赤ちゃんは誰かと一緒に旅行の計画は立てられませんし、遊び仲間として誰を選ぶかみんなで決めることもできません。赤ちゃんは私達大人が当たり前に持っているコミュニケーション装置をまだ持っていないのだとキャシーらは言います。

ただ非常に悲しいのは、どの国においても殆どの学校の教室ではレベル1のまま、その先に進んでいかないことだと言います。もちろん全てではないけれど。子ども達は自分の席にじっと座らされ、話すこともなく、他者と作業することもなく、何のコラボレーションも起きません。

実は大人社会も同じで、多くの人々がレベル1のまま働き、暮らしているのだとキャシーらは言います。「サイロシンドローム」と呼ばれる状態です。同じ会社であるにもかかわらず、各部門が夫々に自分達のカルチャーを発展させ、お互いに交流しません。これはまさにレベル1の状態だというのです。サイロシンドロームの自然のなりゆきとして、とにかく自分の陣地を固く守って外とコラボレートしようとしません。私が、教員をしていた時、それを痛いほど感じました。特に教師は、自分のクラスはある意味で自分のお城なのです。自分は、城主です。もちろん、全てではありませんが、そのような傾向は強かったです。今は、保育の世界でも同じようなことを感じることがあります。みんなで保育を良くしようというよりも、自分は他の保育には口を出さない代わりに、自分も他の人にとやかく言われたくない、と思う園長もいるような気がします。もしサイロシンドロームになってしまったら、イノベーションは期待できなくなるし、結局、誰も大きなビジョンを描けなくなるとキャシーらは言うのです。

コラボレーションする力を伸ばす

ビジネスにおいても、科学研究の道でも、どんな仕事に就くにせよ、成功するために身につける必要のある「ソフトスキル」としてこれから新たに求められるのは、コラボレーションする力」だとキャシーは考えています。アップル社やIBMといった企業でさえプログラミング等のスキルを持っている人は沢山いても、社会スキルを持つ人が少ないために苦慮しているといいます。

社会的なコントロール能力はコラボレーションの基礎となります。ある研究グループは、7歳の時の自己コントロール能力の差が40年後、失業しているかどうかと関連性があることを発見したそうです。自分の衝動や感情表現をコントロールできないと葛藤状態を引き起こし、コラボレーションすることができなくなります。こうした最新の知見は、有名な「マシュマロテスト」によって明らかにされたとキャシーは言います。4歳の時に行ったマシュマロテストにおいて、マシュマロを食べるのを我慢できた子は、大学進学適性試験であるSATのスコアにおいて200点以上も高かったのです。では、どのように子どもはコラボレーションすることを学ぶのでしょうか。そこで、キャシーらは、学習科学が明らかにした四つの段階に従って、コラボレーションする力を伸ばしてゆく道筋を次のように示しています。

まず、レベル1は、「自分自身が全て仕切る」です。赤ちゃんが泣き叫び、眠ろうとしません。こうなるとどうしてよいか解らず赤ちゃんの両親はあたふたしてしまいます。赤ちゃんはいつもこうではありません。とても機嫌よさそうに体を揺らし、猴を鳴らしながら両親と「会話」をしている時もあります。赤ちゃんは社会的ですが、自己調整の仕方をまだ知りません。赤ちゃんが自己調整できるように支援することは親の役割だとキャシーは言います。コラボレーションする力は日々の生活を通じて磨かれます。何かがうまくいかなくてイライラしてしまう時にそれを抑えることから自己調整は始まります。赤ちゃんが自己調整できるようになるのを促すために、親はなだめたり、「あれ、鳥さんが飛んでるよ」と言って気を逸らしたりします。このような経験を積み重ねて赤ちゃんは次第に自己調整できるようになってゆくのです。もし自己調整できるようにならないと、他人の言うことに耳を傾けず、自分勝手な言い分を言い放つだけの人間になってしまい、他者とコラボレーションできなくなります。

大人に求められるのは、子どもが人と関わり、一方的に物事を進めるのではなく、他の人と交代しながら学びを進めるチャンスを作ることだと言います。手に持っている三角形の板をうまくおもちゃにはめ込むことができずに困っている2歳の我が子を見たお父さんが、うまくはまるようにおもちゃの向きをひっくり返してあげまあす。あるいは夕食の場におもちゃを持っていくと言い張る子どもに、好きな歌を歌ってなだめたりします。こうして日常生活で当たり前に起こる人との関わりの中で、子どもが自己調整していくチャンスを親が作り、支援していきます。すると子どもは次第に成熟した行動がとれるようになっていきます。子どもがフラストレーションを乗り越え、他の選択もあること気づくチャンスを日々のちょっとした瞬間の中に作ることが自己調整の力を育て、コラボレーションする力を生み出すのです。

言語を持つ

類人猿はコラボレーションし、他の個体と共に働くことができません。それは単に社会的なヒントを利用できないということに留まりません。人類学者のキム・ヒルは、人類が特別で宇宙ロケットを作り出すまでに至ったのは、大きな脳を持っているからではなく、一万にも及ぶ個人が協力して知を生み出すことができたからだと言っているそうです。

トマセロの著書タイトル「ヒトはなぜ協力するのか」(勁草書房)が示すように、共に働き、学ぶという特微を人が持っていることが多くの利をもたらしたと言うのです。コラボレーションすることこそ動物界において私達を際たせている行動基準なのです。

ヒトがなぜ言語を持つかを改めて考えてみます。ヒトが喋ることができるのは他の動物と比べて頭の位置が異なるからだそうですが、このために食べ物が猴につかえて窒息しやすくなってしまいました。しかし窒息しやすくなったリスクと引き換えに言語を手にしたのです。今日、どこに狩りに行こうか。何頭のマンモスがいたか、二日分の食料を蓄えるべきか。これらのことを言語なしで「議論する」ことはできません。村をつくるにも、夕食を作るにも、食料品を注文するにも、火を消すにも、私達はコラボレーションする必要に迫られ、その結果人は言語力を大いに進化させたと言えるとキャシーらは考えています。人類は元々コラボレーションせざるを得ない存在なのです。トマセロは著書の中でこの議論を更に押し進め、コラボレーションこそ全ての文化の基盤だとに主張しているのです。「他者を理解する、他者とコラボレーションすると言う新しい様式が社会的な関りの全てを変えた。……その結果、ユニークな文化的進化が始まった」と言うのです。

せっかく発明された車輪や火を改めて一から発明しようとは誰も思わないでしょう。夫々の世代で同じ課題に新たに向かい合うのではなく、コラボレーションを通じて発展した知識や文化実践を次の世代に受け渡してゆく方がいいのではないかとキャシーらは言うのです。トマセロはこのように環境が徐々に変化してゆくことを、のこぎりの歯状の歯を持った歯車で、逆転止めの爪と組み合わせて、一方だけに回転するように作られているラチェットにちなんで、「ラチェット効果」と呼んでいるそうです。

コラボレーションする能力は、教室での学びや地球規模の商業活動において重要視されていませんが、間違いなくコラボレーションは人間経験の根本です。私達が日々行う全てのことが社会的な影響を受けており、子どもですら生まれながらにして極めて社会的に生きることで大いなる恩恵を受けているのです。

ヒトの赤ちゃんは意地悪な人に対してさえ、その気持ちを揺り動かしてオムツを替えさせてしまう魅力を持っています。しかしコラボレーションという意味ではまだまだ学ぶことは多いと言います。子を持つ親や保育者なら、遊び場で楽しく一緒に遊んでいた子ども達が、一転して大喧嘩するのを目の当たりにしたことがあるでしょう。かつて成績表に「他者と仲良く作業し遊ぶことができる」という評価があったのを覚えているかもしれません。個人的な人間関係と共に職場で同僚とどのような関係性を結ぶかが、私達の人生における成功と何らかの繋がりがありそうだと考えて、このようは評価項目があったに違いないと言うのです。

社会的存在

今やタブレットやスマホなどの優れたコンピュータ技術が、親子のコミュニケーションを劇的に変えています。近くのファストフード店に行ってみると、子どもと食事をしている親の殆どがスマホかタブレットを気にしていて、親子が会話をしていない光景を目にするでしょう。

一方でデジタル技術は一人ひとりに合うような学び方、いわば学習のカスタマイズという恩恵それぞれをもたらしました。例えば中学生や高校生は、夫々自分の強みと弱みが考慮され、個別にプログラムされたオンラインレッスンによって数学を学ぶことができます。ではこれらのデジタル機器の台頭によって他の人と共に学ぶ必要性がなくなったのでしょうか。もちろんそんなことはないとキャシーらは言います。オンラインによる学びの意義は大いにあるとしてもそれは学びの入口に過ぎないと言うのです。ただ知識を吸収するたけでなく批判的に身につけてゆくには他の人と議論することが必要です。学んだことは真実か、どの状况に適応でき、どんな限界があるのかを考え、学び続けるために他の人とリアルに関わって学ぶ社会教育メディアを作らなければならないと言うのです。私達は人々を必要とする人々なのだと言うのです。タブレットでは学べない、他の人とリアルにかかわる学びが人類にとっては大切なのです。

ドイツのマックスプランク研究所の心理学者マイケル・トマセロは、我々に最も進化的に近い祖先であるチンパンジーの研究を通じて、私達がいかに他者に依存しているかということを示しています。人間とチンパンジーは遺伝子の99%が共通しているのに、チンパンジーは学校に行ったり、年長者の徒弟となって学んだりはしません。このことから考えても人間は明らかに極めて社会的な存在なのです。

チンパンジーは非常に賢いです。例えば我々が住む地球上でモノがどのような法則で運動するかなどということに関してはよく解っています。しかし社会的スキルはどうかというと、人間の社会で職業に就けるようなレベルとは程遠いことが解っています。例えば他者と協力して食べ物を見つける時、チンパンジーはどのように振る舞うのでしょう。チンパンジーの振る舞いは人間の幼児と違うのでしょうか?

これを調べるために次のような実験を行ったそうです。逆さに伏せてある黄色いバケツを二つ並べて置いておきます。そのうちの一方にはお菓子が隠されています。実験者が被験者のヒトの二歳児あるいは大人のチンパンジーの目の前に座り、まず彼らを見て、その後食べ物の入っているバケツを指差して見つめます。幼児とチンパンジーは、お菓子がどちらかを当てるのに、実験者の送るあからさまなヒント、つまり視線と指差しを利用することができるのでしょうすか。他の人の視ているものを追うのは社会的推論の第一歩であり、コラボレーションの源です。実験に参加したチンパンジーは、猿の年齢では21歳に相当し、他のチンパンジーとの集団生活を長年経験していましたし、ずっと人間と関わってきました。実験前にはこんな簡単な課題は朝飯前にできてしまうだろうと考えられたのですが、実際はこのあからさまなヒントに気づくことはなかったのです。一方で、ヒトの2歳児はまだ他者と関わった経験がそれ程ないのに、どちらのバケツをひっくり返せばよいのかすぐ理解し、お菓子を貰うことができたのです。

コラボする

コンピュータの教育アプリやYou Tube、ミュージックビデオのパロディがアップロードされ、オンラインゲームの最新バージョンがリリースされます。子ども達は、画面にくぎ付けになります。これだけ画面に向かっている時間が、子どもたちにどんな風に影響しているのでしょうか。カリフォルニア大学の研究者はこの問いに答えるため調査をしたそうです。一週間ずっとキャンプし、ゲーム機の使用を一切禁じて彼らの社会スキルの変化を調べたのです。キャンプに行った子どもと、その間いつも通り学校に通い、家で過ごした子どもの二つのグループに、人の表情と気持ちを読みとる課題をやらせたところ、キャンプに行く前は、両方とも同じ結果だったのに、キャンプから帰った後にもう一度両者をテストして比べたら、キャンプ組の表情読みとりの力は明らかに向上していたそうです。機械を介さずに生み身の人間と顔をつきあわせて交流したことが変化をもたらしたのです。

コラボレーションは人が学び、課題を達成し、パフォーマンスを改善する上で本質的な役割を果たしているのです。ある人は物事を直観的、視覚的に捉えることができ、もう一人は理詰めで的確に物事を正すことができるとします。二人が手を組んで仕事をすれば素晴らしい仕事ができるでしょう。コラぼレーションは自分には足りない様々なスキルを働かせるために必要な究極のソフトスキルと言えるとキャシーは言います。そして子どもがたった一人で無力のまま世界に入り込んだ時、真っ先にしなければならないことは他の人の力を借りることだと言うのです。

人類の歴史は他者が私達の学びにとても大事なことを示しているし、学習科学はそれを科学的に立証していると言います。ソクラテスの時代では、学びはテニスのようにお互いがやりとりしながら行われるものでした。決して、与えられた事実をただ受け身で聞いて鵜呑みにするものではありませんでした。歴史のどの時代においても、人類は、仲間や支援してくれる大人との相互交流を通じて学んできました。古代ユダヤでは学び手同士がペアになって聖典を学ぶという教育がなされたそうです。このディベート風の学び方は今でもニューヨークのユダヤ教学校やエルサレムの寺院で行われているそうです。最近の人類学の研究では市民権獲得、環境保護、性的指向の多様性といった社会運動がどのように起こり、広まり、私たち全てがシェアする課題になってゆくかに注目しているそうです。そこで見えてきたことは、人々が共通のテーマとメッセージを持たずに個々バラバラに運動を行った結果、大規模な社会運動に発展することはなかったということだそうです。コラボレーションこそがコミュニティを作り、お互いに尊敬し合い、チームで動くという変化を巻き起こしたのです。

人類は原初の時代から他の人と共に学んできたとキャシーは言います。特に両親、保育者、教師、その他周りの人達皆が、学び手が何を知りたいと思っているかを気にかけ、適切に反応してくれて、人は様々なことを学んできたのです。例えば子どもは「ハイエナ」とか「フラミンゴ」とう言葉を友達と夢中でボードゲームをやっている時に学びます。あるいは散歩の途中、歩道をぬるりと進む生き物を見つけて「ナメクジ」という言葉を学びます。新米弁護士は尊敬する先輩の横に座り、複雑な論争に対峙する場を共にしながら、弁護士らしくなってゆくのです。

カギになる要因

キャシーらが健康で生産的な人生を送る子どもを育てるためには、子ども自らが動いて、自然にスキルを繋げ、成長させてゆく方法を取るのがよいと言う結論に達したというモデルはオリジナルなものではなく、過去10年の間に世間に広まった多くのテーマを取り入れてできたと言います。しかしこれらのスキルを学校外の文脈で育むために家庭や地域を学びの場にしようと考えているところが、これまでにない新しい知見だと彼女らは言うのです。幸せで生産的な子どもを育てるにはハードスキル以外なことも学ばせなければなりません。キャシーらが選んだ「C」は子どもが個人としても職業人としても豊かに生きてゆくために必要なツールであり、子どもが生涯をかけて、ずっと磨き、伸ばし続けるツールだと言うのです。

最近「アメリカ公衆衛生ジャーナル」で公表された研究は、「ソフトスキル」の重要性を明らかにしました。研究者は、753名の子どもを、幼稚園から25歳になるまで20年間追跡調査しました。その結果、子どもの20年後の成功を予測する上でカギになる要因がわかったそうです。その要因とはやはり知能指数(IQ )でしょうか?それとも家庭の社会経済的地位でしょうか?実はそのどちらでもなかったのです。幼稚園の時、社会的に有能で、モノを分け与えることができ、他者と協力し助けることができる子が、そうでない子に比べて、高学歴で、高収入の仕事についていたのだそうです。統計的な精査により、この結果には人種も性別も影響しないこともわかったそうです。

子どもの社会的有能さを5段階評定してその点数で比較したところ、更に興味深い結果が得られたそうです。社会的スキルの点数が1点上がると大学進学率は2倍に増え、25歳の時点で正社員として就職している人は46%多かったそうです。デール・カーネギーは正しかったのです。社会的スキルが何より大事だったのです。幼稚園時点での社会的スキルから、子どもの人生の「成功」と大人になってからの仕事を予測できてしまうなら、私達の教育のあり方も考え直す必要があるだろうとキャシーらは言うのです。学校でも、家庭でも、お勉強の成績やテストの点数だけにこだわらない、子どもの幸せや成功をもっと広い視野で、全体的に捉えるように変わっていかなければならないのです。

6Csは、健康で思慮深く、思いやりがあり、他者と関わって生きる、幸せな子どもを育てることこそ「成功」であるという、広い視野に根ざした発想です。

そのためにキャシーらは次に6Csの一つひとつについて探究していきます。そして、他者と協力し、創造的で、自分の能力を存分に発揮する、責任感溢れる市民に、子どものみならず、私達全員がどのように成長してゆくか、追究していきます。

キャシーは、最初に文化人類学者であるマーガレット・ミードの言葉を引用しています。「少数の、思慮深く、積極的に関わろうとする市民だけが世界を変えることができる。これは疑いのないことだ。」

瞬きする間にコンピュータの教育アプリが新たにでき、You Tubeにミュージックビデオのパロディがアップロードされ、オンラインゲームの最新バージョンがリリースされます。子ども達も、今この瞬間、画面にくぎ付けになります。約束した制限時間を超えても、もう少しだけやらせてほしいとあなた方に何度も頼みます。これだけ画面に向かっている時間が、子どもたちにどんな風に影響しているのでしょうか。

新たな教育の枠組み

多くのスキルが成功を考えるうえで、相互にどう関係し合うかを考える必要があります。そこで、キャシーらは、それこそ自分たちの役割であると言います。学習科学の実験研究が明らかにした、21世紀スキルのシステマティックな繋がりについての知見を活用して、新たな教育の枠組みを溝築するチャンス到来だとキャシーらは考えました。

彼女らの提示するモデルは、ここまで何度か紹介しています。それは、6Csである、コラボレーション、コミュニケーション、コンテンツ、クリティカルシンキング、クリエイティブイノベーション、コンフィデンス、です。

6Csは以ドの点でこれまでのモデルと違うと言います。一つ目の違いは、彼女らのモデルが子どもの発達についての研究に基づいた何十年にもわたる学習科学の成果から生まれたこと。こうした研究のおかげで、たくさんリストアップされたスキル化の中から、カギとなる相互に関連するスキルを選ぶことができます。こうして選ばれたスキルは、何度も同じプロセスを繰リ返して洗練され、あるスキルが別のスキルの成長を助け、お互い関わり合いながら発達します。二つ目は、6Csは学ぶことで伸ばすことができる能力であること。誰もがそれぞれのスキルにおいて、より進んだレベルに成長できます。但しいったんはある領域で最高レベルに到達したとしても、全ての領域で通用するわけではありません。これらのレスキルは性格的な盗聴ではなく、いったん最高レベルに到達したらもう安泰というわけでもないのです。三つ目は、彼女らがこれらのスキルを教師や親ではなく、学習者に焦点を置いて考えたこと。従って、何を学ぶかだけでなく、子どもがどのような方法を用い、どのようなプロセスを通じて学ぶかを重視しています。四つ目は全てのスキルを様々な文脈で用いることができること。子どもが学校で過ごすのは全生活時間の20%に過ぎません。従って、学校「内」だけでなく、家庭や地域も含めた学校「外」の学びの場を作る必要がありまう。6Csを用いれば、いつでも、どこでも、誰とでも学びの場を作ることができるのだとキャシーらは言うのです。

ハーバード大学の入学担当者にメッセージを送った観達は、我が子を「成功」させるためにどうすべきかという明確なピジョンを持っていました。それは「とにかくハードスキルを身につけさせる!」ということでした。プロテニスプレイヤーが試合で必要とする技術を学んだり、遠く離れた島の恵まれない子どもたちを助ける署名をしたり、多くの経験を積み重ねた子どもたちは、最終的に賢い子どもになるかもしれません。しかし、同時に彼らは、極度のストレスにさらされていることになるのです。

ハーバード大学の入学担当者はこう言っているそうです。

「もし何かが変わらなければ、私たちは多くのことを失うだろう。……非常に多くの、あれこれ次々に経験さられている子ども達が燃え尽きようとしている。やがて悲劇は起きる。……家族の絆はばらばらに崩壊するのだ。」

キャシーらは、学習科学の研究で得られた知見や21世紀スキルとしてリストアップされた多くの項目を検討した結果、健康で生産的な人生を送る子どもを育てるためには、子ども自らが動いて、自然にスキルを繋げ、成長させてゆく方法を取るのがよいと言う結論に達したと言います。

どんな人に

六つのCに絞り込むために約40種類ものCについて検討したそうです。これらの言葉は、シャシーらが研究や講演のためにユタ州、ロンドン、タイなど、世界中の町や国々を回っている時に、色々な人達から提案を受けて集まったそうです。こうして集まった「C」は学びに深く繋がり、科学的にも根拠があり、実際に家庭や学校で利用できるように考えるべきものだったと言います。

2009年から使われることが多くなった21世紀スキルという言葉は、急速に広まり、2015年には「21世紀スキル」というキーワードでグーグルを検索すると、7260万もの項目がヒットし、世間に大きな影響力を与えています。

この流れを生み出したのは、2010年に出版された、エレン・ガリンスキーの「作る心」(未邦訳)という素晴らしい本だったそうです。この本は現代社会で成功するために本質的な役割を果たす七つの人生スキルを取り上げ、十分に科学的根拠のある事実を家庭や教育者の手元に届けただけでなく「私は自分の子どもをどんな人に育てたいのか?」という問いを直接ぶつけて、多くの人々の意識を揺さぶったのです。

更に注目すべき著作は、ベルグリーノとヒルトンによる「人生と仕事のための教育」(未邦訳)と、ローラ・グリーンスタインによる21世紀スキルの評価:達成評価と現実に直結した学びのためのガイドブック」(未訳)の二冊だとキャシーらは言います。これらの本は21世紀の全米共通学力基準を実際に適用するためにどうしたらよいか、科学的に検証されたアイデアを示すと共に、様々なスキルを学生達がどの程度身につけたか評価する方法を明らかにしました。また間題解決、クリティカルシンキング、コミュニケーション、セルフマネージメントを従来の学校カリキュラムの中に多く取り入れるべきだということ、更にこれらのスキルは、測定し、評価可能であると主張していることも、この二冊に共通した特徴だそうです。

OECDによる2015年のレポートでは、子どもたちが成功するために必要なスキルについて取り上げ、中でも、「ソフトスキル」の重要性を強調したそうです。「社会的で情動的なスキルは、それだけで機能するわけではなく、認知的スキル等異なるスキルと連動して働く。更に子どもの後の人生において良い成果を上げる可能性を高めることも解っている」。

ここまで述べた構想全てに共通しているのは、ハードスキルを身につけるだけでは成功の道を歩めないとしているところです。これからの子どもは「ソフトスキル」も身につけなければならないのです。人の才能の伸ばし方を研究しているドロシー・ダルトンは、うまい言い方をしているそうです。「ハードスキルは成功する人生の上台だが、ソフトスキルというセメントがなければ成功は確かなものにはならない」。

21世紀スキルの役割について、多くのことが解ってきたそうですが、まだ大きな間題が残されていると言います。それは、多くのスキルが相互にどう関係し合い、どのスキルが成功を考える上で重要かということだと言います。個々のスキルをばらばらに考えるのではなく、これらの能力をきちんと定義し、統合して捉えなければなりません。そうしないと、一貫した授業カリキュラムをデザインして、教室をより良い環境にすると共に、家庭での経験と繋げて、スキルの伸びを評価する仕組みを作ることはできないと考えています。スキルの繋がりと全体像を考えないならば、21世紀スキルは「最新の教育トレンドとして一時的に流行しただけで消滅する」(「ワシントンポスト」)という運命を辿ってしまいかねないからだと言うのです。

意味ある学び

ピジネス、科学、芸術、運輸、どの分野においても、あっという間に学び方や情報処理の仕方が変わり、地理的境界を簡単に超えて物・人・情報が行き来するようになりました。この時ピジネスリーダーと発達心学者は、これからの子どもや従業員に必要だと考える資質について同じ見解を持っていましたし、それを評価する共通の基準を探し求めていました。しかし学校システムだけが、過去の制度にとらわれているようにキャシーには思われたそうです。

2009年には「21世紀スキル育成のための協同事業」は、「21世紀の学びの枠組み」を発刊し、書籍だけでなく、全米共通学力基準に対応した教材、教員研修用マニュアルを提供しました。ピジネス界での調査に基づき、これまでも学力の基礎とされた読み(Reading)、書き( wRiting)、算数(aRismetic)という「三つのR」とクリティカルシンキング(Critical Thinking)、コミュニケーション(Communication)、コラボレーション(collaboration)、クリエイテイピティ( Creativity)という「四つのC」を教育することを目指しました。発表された枠組みでは、情報・メディアリテラシーのスキルと共に、生活や職場で必要とするスキルを付け加え、個人で学びを進めるという従来の考えを後退させたところに大きな意味があったと言います。しかしアメリカの教育は、このアイデアを出しただけでストップし、先に進んでいないとキャシーは嘆いています。

2009年にキャシーらは、「幼稚園でプレイフルラーニングを必修にしよう!」(未邦訳)という本を出版しました。この本では、子ども達がお互いに活発に関わり合い、意味のある学びこそ、遊びであると主張しています。この主張は面白いですね。普通ですと、「遊びこそ学びである」と言いそうなのに、「意味のある学びこそが遊びである」というのには、どのような意図があるのでしょうか?最近の親は、学びをさせたいと思っているので、それを先に持ってきたのかもしれません。

こんな例をキャシーらは出しています。子ども達はボードゲームでコマを進める数を数えながら算数を学び、アーサー王と勇敢な騎士達のお話を通して物語を理解します。学習科学の知見を子育てに活かすことを目指し、研究室で構想された「五つのC」とキャシーらが呼んだスキルを、家庭の中でどう使うか明らかにしたのです。「五つのC」とは、コラボレーション:子ども達が一緒に作業することを学び、他者の視点を取り入れて考えられるようになる、コミュニケーション:話したり、聴いたりすること、コンテンツ:読みき算数、歴史、科学、芸術、クリティカルシンキング、クリエイテイプイノベーションで、こうしたスキルの殆どが砂場の遊びによって育ていくと彼女らは言うのです。

2009年の年末に、キャシーらが「ニューヨークタイムズ」のコラムを書くときには、リスクがあっても挑戦しようとするコンフィデンスを加えて6Csへと変化したのです。これで学びの発達に必要な要素はすべて出そろったと言います。六つに絞り込むまで、カルチャー(Culture)、キャラクター(Character)、カリスマ性(Charisma)、明晰さ(Clarity) を含め、約40種類の「C」について、検討したそうです。

最も重要なスキル

2006年に、全米産業審議会から、21世紀スキル育成のための共同事業、米国人材マネジメント協会等の団体が共同で「新卒者は働く準備ができているか」というタイトルの報告書を出しました。その中で興味深かったのは、400社以上の企業に最も重要だと考えているスキルは何かと質問したところ、上位にランクされたスキルは、口頭でのコミュニケーション力、チームワーク、プロ意識、文章力、批判的思考力、間題解決力だったということです。また、回答者の81%が創造力とイノベーションする力が最も重要だと考えていたそうです。

レポートはマリオットインターナショナル社の、ウィラード・マリオット・ジュニアの.言葉を引用しています。

「若い人々が今日の職場で成功するには、基礎的な読解力と数学力だけては不十分だ。彼らに、必要なのは、もっと幅広い知識コンテンツ、情報テクノロジースキル、高度な思考力、変化に柔軟に適応する力、異なる文化を持つ人や異なる働きをするチームとの対人関係スキルの全てである。」

こうしたスキルを持ち合わせて新卒者は入社してくるのか。レポートではこの点についても調査していて、その結果、マリオットが列挙したような、これからの世の中において成功するために必要なスキルにおいて優れていると見なせる大卒者は、24%しかいないことが判ったそうです。

2005年に、家族・労働研究所の行った全国従業員調査でも同様の結果だったそうです。テストのための教育を行い、幼稚園児を机の前に座らせて問題集を解かせても、21世紀の挑戦に必要なスキルも幅広い思考スタイルも育ちません。この調査で強調されているのは、一人で働く労働者は最早教育環境のモデルとなるべきではないし、未来の成功にも繋がらないということだとキャシーは言うのです。なぜなら全ての職場に求められる姿が、地球の多様な人々と繋がり、分業して間題を解決するという風になってきているからだと言うのです。

2013年、雑誌「フォープス」は大卒者が職場で成功するために必要なスキルについて取り上げているそうです。そこに掲載された、全国大学・企業連合の調査で上位に挙がったスキルはチームで働く能力、決断力、問題を解決する能力でした。

はっきりしたことは、スタインパーグのコラムにメッセージを寄せた人々の考えと明日の世界のために子ども達をどう育てるか考えている経営者、科学者、教育者達の考えとは、全く違うということだったのです。このギャップを埋めるためにも、ハードスキルとソフトスキルの両方が、これからの子どもを育てる上で必要不可欠だという認識を、学校、親に持たせないといけないと言うのです。それが21世紀スキルについて思い描いた多くの人々の思いなのではないかとキャシーは言うのです。

2009年は、iPhone登場から2年、YouTubeができて4年、フェイスブックが生まれて5年経ち、ある種の転換点を迎えた年でした。文字通り指を動かすだけで情報を手に入れられる環境で育った新世代の学習者が登場したのです。ピジネス、科学、芸術、運輸、どの分野においても、あっという間に学び方や情報処理の仕方が変わり、地理的境界を簡単に超えて物・人・情報が行き来するようになりました。