本性を扱うサイエンス

親の離婚によって初潮年齢が早まる生化学的な機序はよくわかっていないそうです。進化発達心理学者のブルース・J・エリスは、義理の父親やその他、家庭内に入ってきた遺伝的な関係のない男の発する、ある個体が分泌することで他の個体の行動に影響を与える化学物質であるフェロモンが早期に初潮を誘発するのではないかと述べているそうです。この問題は、進化心理学でもいまだに解決されていない謎の一つであるとミラー氏は言います。

ミラー氏は、「進化心理学から考えるホモサピエンス」という本の中で、私たちに今まで進化心理学という言葉は知っていたものの、その本当の思考の視点をあまり理解をしていなかったように思います。この本を読み進めるにあたって、その著者アラン・S・ミラー氏とサトシ・カナザワ氏は、進化心理学の視点を説明していました。この内容は、最初に紹介したものですが、ここまでその視点から私たちホモサピエンスについて解説している内容を再度見直すために、もう一度整理してみます。

進化心理学は人間の本性を扱うサイエンスであること。その視点は、人間の趣向や価値観、感情、認知、行動に対する生物学的、進化的影響を理解する上で、今のところ行動遺伝学の視点と並んで、最も有効であると考えられていることです。そして、社会科学と行動科学に取って代わりつつある分野であること。そのために、自然主義的な誤謬と道徳主義的な誤謬を避ける必要があること。また、社会科学者がある前提に立って人間の行動を説明する「標準社会科学モデル」の原則と対照をなすものであることなどが挙げられています。

このような進化心理学では、あまり研究が進んでいない分野について、私はその章を最後に紹介したいと思っています。進化心理学は、心理学にルーツをもち、セックスと配偶者選びに重きを置くため、これまでの研究調査とその成果はほとんど個人の行動と認知として、男女の行動はどう違うか、人間の脳は世界をどう認識するか、脳の思考の癖と傾向などに関するものでした。したがって、進化心理学が社会科学的なテーマを扱う場合も、「ミクロ」なレベル、つまり、個人という小さなスケールの問題を取り上げるケースがほとんどです。

経済、政治、社会といった「マクロ」なレベルに、進化心理学の方法をもち込む研究はあまり進んでいないとミラー氏は言います。しかし、この領域でも、非常に興味深い成果がもたらされつつあるようです。ミラー氏とカナザワ氏はともに社会学の出身なので、ミクロな問題より、マクロな問題に関心があると言います。進化心理学の視点でマクロな間題を論考することは、社会学の分野で訓練を受け、進化心理学に転じた彼らにはうってつけの仕事だと言います。

この領域で、彼らは非常に面白い発見をしたそうです。社会制度、経済的・政治的不平等、社会問題、戦争、宗教、さらには文化そのものまで、個人の問題よりもはるかにスケールが大きく、“個人を超える”と言われるような問題も、個人の行動や認知と同じ源に端を発していることがわかってきたと言うのです。すべては、私たちの脳に組み込まれた進化的な心理メカニズムから生まれると言うのです。政治・社会的な現象も、人間の本性と生物学的特徴のマクロなあらわれなのだというのです。

本性を扱うサイエンス” への4件のコメント

  1. なるほど、一般的な心理学とミラー氏の心理学の相違が良く分かりました。「ミラー氏とカナザワ氏はともに社会学の出身」ということです。学問領域は従来、たとえば、心理学なら心理学、教育学なら教育学、歴史学なら歴史学、などなど他の学問領域と関連付けるということをしてこなかったような気がします。これからの学習は「関連付ける」としながらも。だから、教育学の徒は、OECDという経済協力開発機構のECECを毛嫌いするのですね。でもしたたかですね。利用できるものは利用しようとします。もっともそのしたたかさがインターディスプラナリーの方向に進ませるのでしょう。その「毛嫌い」も無駄ではないかも、と思います。「経済、政治、社会といった「マクロ」なレベルに、進化心理学の方法をもち込む研究」は本当に必要だと思います。歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏はこの手法を歴史学の手法を用いつつその限界領域を超え、今やこの地球上でもっとも有名な一人となったと思います。その意味で藤森平司著『保育の起源』は藤森先生が所属する領域に可能性の地平を拡大したと思っています。

  2. 保育という仕事が子どもを預かるだけの仕事でなく教育であるということや、母親の代替ではないこと、そしてその仕事に携わる上で大きな視野の元子どもたちの環境を考えなくてはならないことなど、保育もまたミクロでなくマクロの視点が必要であることと、この度の内容が重なります。大きな流れのようなものが見える感覚に近いのでしょうか、目の前の子どもだけでない、集団としての子どもたち、そして01から幼児期に至るまでの流れやこれからの時代の保育の在り方など、大きな視点で考えることで目の前の子どもに必要であろうことが見えてくる、という、そういう視点について考えさせられます。

  3. 近年、一層「サイエンス」の領域が広がっているというか、重要度が高まっているイメージがあります。それは今に始まったことではないと思いますが、STEM教育の1つでもある「サイエンス」のように、保育でも科学的知見が頻繁に話題に上がっていることもその影響なのかも知れません。そのような中、進化心理学は「人間の本性を扱うサイエンス」ということで、人間の根底を扱う科学的部分の領域が進化心理学が、「行動遺伝学」と同じように有効とされているとのことでした。進化を辿り、その過程での心理学と関連づけることが、現代の思考や行動を読みとける材料となると発見した人はすごいですね。ソフトバンクの孫氏は、既存の2つを掛け合わせることで新しいアイディアを生み出し続けていると聞きました。まさに、学問もそのような形になっているのでしょうか。

  4. ミクロの視点だけでなく、マクロの視点というものも必要になるということもありましたが、恥ずかしながら「マクロ」の意味をネットで検索してしまいました。検索したものを読みながら、保育における「マクロ」な視点とはどんなものなのか、ということを考えます。その日の出来事だけでなく、発達の大きな流れを捉えることや個人的なものから子ども集団としての視点、また、園内の様子だけでなく、子どもを取り巻く保護者やその他の環境にも視点を向けてみるということになるのでしょうか。
    考えてみると、ミクロよりもマクロの方が専門性があるものであることを感じました。

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