男女どちらが?

異形配偶と母胎内で受精卵が育つことがあいまって、非常に重要な現象が生じるようです。それは、男と女で生涯繁殖成功度という適応度のばらつきが違うという現象です。適応度のばらつきとは、繁殖ゲームにおける「勝者」と「敗者」の格差、勝ち組が繁殖の成功で負け組にどれほど差をつけられるかだと言うのです。異形配偶と母胎内で受精卵が育つことで、異形配偶と母胎内で受精卵が育つことで、男の間では女に比べて大きな適応度格差が生まれるそうです。適応度格差が男女で違うということは二つの事柄を意味すると言います。一つは、適応度の最低ラインに位置する男、つまり一生子どもをつくれない男のほうが、一生子どもを産めない女よりはるかに多いということです。男のほうが適応度のばらつきがはるかに大きいということは適応度の下限が男は女よりもはるかに低くなることを意味すると言います。男の最低線は、女のそれよりもはるかに下だとミラー氏は言います。

二つ目は、適応度の最高ラインに位置する少数の男たちは、一人の女性が生涯に産めるよりもはるかに多くの子どもをもてるということです。男は生涯に何十人、何百人、さらには何千人もの子どもをもうけることが可能だと言います。女はせいぜい一生に25回程度しか妊娠できません。つまり、男のほうが適応度のばらつきが大きいということは、適応度の上限が男は女よりもはるかに高いことを意味すると言います。繁殖ゲームの最高の勝ち組男は、最高の勝ち組女よりもはるかに多くの子どもを残せます。適応度格差は適応度の上限と下限の差です。男のほうがその差がはるかに大きいというのです。

異形配偶と母胎内で受精卵が育つことで、理論上は男のほうが適応度のばらつきが大きくなりますが、それによって実際にもたらされるのは、自然の状態ではヒトの配偶関係は一夫多妻であるポリジニーになるということです。婚姻制度の用語の定義には、社会科学者の間ですら混乱があると言います。単婚であるモノガミーは一夫一妻の婚姻形態です。ポリジニーは一夫多妻、ポリアンドリーは一妻多夫を意味するそうです。多婚を意味するポリガミーは日常会話ではポリジニーの同義語として用いられることが多いそうですが、正確には一夫多妻、一妻多夫の両方を指すそうです。あいまいさを避けるために、ポリジニーとポリアンドリーの両方を指すとき以外は、ポリガミーという言葉を使うべきではないとミラー氏は言います。

進化の歴史を通じて、ごく最近まで、ヒトの婚姻形態はさほど極端ではない一夫多妻でした。一夫多妻のもとでは、一部の男が「公平な分け前」以上の配偶相手を独占できる一方で、配偶相手をもてない男たちも出てきます。そのため、女はほぼ全員生殖ができるのに、男はそうは行かず、その代わり生殖できる男は多くの子を残せます。繁殖上の完全な敗者である、子がゼロのケースは男には比較的多く、女ではほとんどないのはそのためだと言います。

史上最多の子だくさん女性は69人の子どもを産みました。この女性は18八世紀ロシアの農夫ヒョードル・ワシリエフの妻で、生涯に27回妊娠し、16組の双子、7組の三つ子、四組の四つ子を出産したそうです。驚いたことに、27回の出産がすべて多胎産だったのです!しかも69人のうち、2人を除いて全員が大人になるまで生き延びたそうです。一方、男性の子だくさん記録は、少なくとも1042人の子をもうけたというものだそうです。

男女どちらが?” への6件のコメント

  1. 私たちも生物の一種ですから、子孫を残すことに関しては、基本他の生き物と異ならないでしょう。「男と女で生涯繁殖成功度という適応度のばらつき」とか「繁殖ゲームにおける「勝者」と「敗者」の格差」ということは普段あまり意識していませんが、今回のブログの内容を読みながら、いつもの癖で、自分のケースについて考えてみました。この「繁殖ゲーム」ということで言えば、私は子ども一人を繁殖させたので、まぁ、「負け組」に入るのかな。ポリガミーの件はわかります。しかし、倫理上といいますか、道徳上といいますか、少なくとも私の周囲にはあり得ないことではあります。仮にあったとしても、秘匿される事実となるでしょう。私たちは哲学や倫理学、宗教、などなど他の生物とおそらく異なる特性を持ってしまいました。よって子孫を残すルールが他の生物とは異なることになってきたのでしょう。私たちホモサピエンスは種族としては成功している生き物です。その証拠に人口は増え続けています。現在70億人以上。80億人とも100億人ともその将来が予想されます。一方で絶滅に追いやられている種族もあります。生き物の世界は不思議です。

  2. 女性よりも男性の方が「適応度格差」は大きく、繁殖というジャンルにおいては、繁殖上位女性よりも繁殖上位男性の方が優位であるということがわかりました。1042人の子どもを持った男性と、69人を授かった女性の差は歴然ですね。また、「ヒトの婚姻形態はさほど極端ではない一夫多妻」が人類の歴史では長きにわたって営まれていたということで、生存戦略や自然淘汰のような進化上では、その方法が人類にとってはベストであることが示されていると思いますが、それが現代のような一夫一妻形式になった背景には何があるのでしょうね。今でいう新型の感染症や大きな制度改革等があったということでしょうか。一夫多妻の方が、人類繁栄には良い印象がありますがそれも良し悪しがあるのでしょうね。

  3. よくよく考えてみると、人間も動物の一種類だとするのなら、またより良い子孫を残そうとするのなら、一夫多妻の方が効率良くより良い子孫が残ることになるのではないかと思いました。ですが、そうならずに一夫一妻というのが基本になっています。またまた考えると、感染症などから生き残る確率は一夫一妻の方が生き残るのかもしれません。どちらが種としてはいいのでしょう。たくさんか、いろんなタイプか。人間は基本的にいろんなタイプの方を選んでいるということになるのでしょう。
    それにしても、女性で69人産んでいるというのはすごいですね。自分には分からないものですが、もう家族一つで一つの村ができそうです。そうなると、子育てはどんな風になるのか…。想像できません。

  4. 女性が妊娠できる回数は限られており、それもたいして多くないというのがわかっているから、本能的に子孫をより多く残すために、さほど相手を魅力的に感じなかったとしても性行をする、そしてその結果生涯妊娠しない女性はそう多くない。しかし男性はいくらでも子を持つことが出来るから女性はより良い遺伝子を求めてそうでない遺伝子を切り捨てることから子を持つことが出来ない男が生まれるということでしょうか。そんな残酷な戦いを勝ち抜いた私たちの父親には感謝せねばなりませんね。

  5. 子沢山記録、ずば抜けています。びっくり人間のようですが本当の話ということで、改めて人間の神秘を感じるところでもあります。
    一夫一妻性が日本では主流で、それに進化適応していない場合に、確かに浮気や不倫などに走るケースについてサバンナ原則が一つの説明をつけてくれるように思えてきます。本能が現代のモラルや秩序と相容れない場合もあるということでしょうか。そう思うと、様々な法律や、今は世間の目というものもあり、それを守り、理性を持って生きているだけで実はとても立派なことなのかもしれないと思えてきます。

  6. 理論上の話ということで、内容は理屈としては理解できるのですが、やはり現代ではなかなか受け入れないようなことでもあるのかもしれません。それでも一夫多妻が子孫を残すという意味でも自然な婚姻関係であったのですね。人は人との関係性の中で生きている訳ですから、人との関わりがある意味では最重要されなければいけない事項でもあるように思います。そう考えると、集団が大きくなったり、多くの人が共存することで、倫理観が変化していったりというようなことが起こるのでしょうか。現代ではネットワークの進化によりある意味ではかなり多くの人と繋がれるようになりました。ん〜うまく説明できないので、ここまでにしますが、漠然とそんなようなことを考えさせられました。

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