心理的適応

進化心理学の基本的な原則をミラー氏は紹介しています。彼らが示すこれらの原則が、標準社会科学モデルの原則とあざやかな対照をなすことがわかるだろうと言います。それは、進化心理学は人間の本性を研究する学問です。その「人間の本性」という言葉は、一般的には人間のもつ本質的な性質といったあいまいな意味合いで使われますが、進化心理学では厳密な定義があるそうです。それは、進化によって形成された「心理メカニズム」ないしは、それとほぼ同じ意味である「心理的な適応」の全体が人間の本性であると言います。人間の本性は、進化によって形成された心理的なメカニズムの総体であり、進化心理学は人間のもつそのような心理的な適応を一つひとつ明らかにしていく学問だと言うのです。

では、進化によって形成された心理メカニズム、あるいは心理的適応とは何なのでしょうか?適応形質は自然淘汰と性淘汰による進化の産物です。体の器官は特定の問題を解決するように適応を遂げてきました。私たちの体は適応の賜物だと言えます。目もそうです。物をみることができ、効率的かつ安全に動きまわれるのです。獲物を見つけ、捕食者を避けられます。手もしかりです。うまく物をもち、操作できます。食べ物を採取し、食べ、物を投げ、道具をつくり、使用できます。目なり手のない生活を想像すれば、身体的な適応がいかに多くの問題を解決したかがわかるのではないかとミラー氏は言います。適応によって解決される問題を「適応上の問題」と呼ぶそうです。適応上の問題とは、生存と繁殖の問題です。適応上の問題を解決しなければ、私たちは生き残ることができず、子孫を残すことに成功できません。

心理的な適応も、身体的な適応と同じように私たちの体にみられます。ただし、もっぱら脳にみられるそうです。心理的な適応とは、私たちが生まれつきもっている思考パターンや感情パターンであり、適応上の問題を解決するために獲得された考え方や感じ方です。私たちはいちいち考えずに物をみたり操作しますが、それと同じように心理的適応はしばしば無意識のうちに働きます。身体的であれ心理的であれ、適応は特定領域に特化したものです。生活上のごく狭い範囲で、問題解決に生かされます。目は物をみるための器官であり、物を操作することはできません。手を使えば物を操作できますが、物はみられません。目にできることが手にはできず、逆もしかりです。心理的適応も同じだそうです。ごく狭い範囲での問題解決にしか役立たないと言うのです。

私たちが甘いものや脂っこいものを好むのも、進化によって形成された心理メカニズムの一例だと言います。ヒトの進化の歴史のほとんどを通じて、十分なカロリーをとることは深刻な問題でした。栄養不良や飢餓があたりまえだった環境では、遺伝子のランダムな変異により、高カロリーの甘いものや脂っこいものを「好む」性質をもつ個体は、そのような好みをもたない個体より肉体的に有利になります。甘いもの好きはそうでない人々より長寿を保ち、より健康的な生活を送り、健康な子どもをより多く残せます。その子どもたちも甘いものを好む遺伝子を子孫に伝え、何世代にもわたってそれか繰り返されていきます。どの世代でも、甘いもの好きがそうでない人たちより多くの子孫を残し、そうやって世代を重ねた結果、現代人の多くが甘いものや脂っこいものに強い嗜好をもつようになったのです。

心理的適応” への7件のコメント

  1. 昨日の「標準社会科学モデル」とは異なる「進化心理学の基本的な原則」。昨日は驚きの連続でしたが、本日の進化心理学の考え方はとても納得がいきます。身体が進化の影響を受けているように、心理も進化の影響を受けている。環境は流動的です。しかし、自然環境はどうか。やはり流動的。だから、ヒトは自然災害に対処してきたが、自然を絶対的に制覇することは今なおできていません。変化こそが普遍、すなわち絶対、と言えるでしょう。変化は当たり前。進化心理学については、臥竜塾ブログでハリス博士の論文を紹介頂いてから身近に思える理論となりました。そしてその基本課題が「人間の本性」。これは古来哲学が問うてきた課題です。神や世界の存在と同様、私たち人間とは何か。進化心理学は人間を生物の一種と捉えるところから生物学にも連関し、進化を認めるところからキリスト教をはじめとする創造神話に裏付けられた宗教と背反し、しかして「人間の本性」を取り扱うことによって科学する哲学とも繋がる。進化心理学についてもっともっと知りたくなりました。

  2. 「心理的適応は無意識のうちに働く」というように、深い思考を伴わない領域に、本性がある印象があります。頭よりも体が先に動いていたというのは、本能的な行動であるように、考えるよりも先に、思ってしまう部分が私たち人間の本性であるのかもしれません。保育の現場を考えたとき、これからは柔軟な発想や他者と協力してあらゆる問題を解決していく力が必要と学びました。これには、「生まれつきもっている思考パターンや感情パターン」を有効に活用できる環境であるかが鍵であり、これらを使って「適応上の問題を解決する」体験が必要ということでしょうか。環境に適応しようとする無意識の空間が重要だと思いました。

  3. 今回の内容は前回とは違い、自分の中に落とし込むことが比較的できたのではないかと思います。
    〝心理的適応はしばしば無意識のうちに働きます〟ということは「人間の本性」というものはとっさの時、何も考えなしの時に出てくるものであることを感じます。災害が起こった時や一刻を争う時など考えるよりも先に行動したことが、その人なりをあらわすものであるのではないかと思います。そして、そんな時にとった行動が進化を促していく…そのように考えていくと、ピンチに陥った時というのは次のステップへのチャンスとなるのでしょうか。
    人類史をみていくと、困難をみんなで協力して乗り越えてきた、というのが幾度となく出てくるのではないかと思います。そのように考えていくと、困難にみんなで立ち向かうというのは「人間の本性」であるのではないかと思いました。

  4. 甘いものや脂っこいものを好むことが、過去の人間の生存本能に関わる進化であるならば、十分なカロリーを摂取することが容易になったこの世界で、ビーガンなるものが生まれてきたのもまた進化なのでしょうか。だとするならば他にも人がいきるうえで必要な進化というのはこれからどんどん起きていきそうですね。温暖化が進めば暑さに対応するような進化を、海面上昇が進めば水に対する進化を遂げるのでしょうか。それとも人にとって必要な進化を科学の進歩が、文明の利器が止めてしまうのでしょうか。

  5. 心理的適応によって手に入れた感覚を上手く使えば幸せになることは簡単なことのように思えてきます。それと同時に、生活に支障をきたさないよう、どことどこに気をつけるべきか、それもまた自分の反応から理解することも可能なことのように思います。心配や不安は湧き上がってくるもので、それが本能的なものであるならば、湧き上がってくるものにただ従うのでなく、思考を駆使して好転させる必要があるように思います。湧き上がるものへどのように対処できるかで、結果はかわってくるものなのかもわかりません。

  6. 心理的適応が無意識のうちに働き、適応は特定領域に特化しているという内容を見て、ポール・タフ氏の「成功する子・失敗する子」に書かれていたHPA軸の内容を思い出しました。これ自体はストレス対応システムの内容でしたが、もともと生物的に持っているストレス対応システムであるHPA軸が現在の人類社会で受けるストレスとは違っており、そういった意味ではもともと生物的に持っているストレス対応システムがうまく機能できていないという話でした。もともとは外敵に襲われたときに対応するためのストレス対応システムが今の社会では慢性的に起きるストレスには、対応できているようにはできていないという話でした。面白いもので、やはり人間とはいえ、生物学的な根底は今でも色濃く残っているのを感じます。しかし、こういった人間の元々持っている本性というものが進化というなかで消えていかないのはそこになんかしらの意味があるからなのでしょうか。

  7. 「私たちの体は適応の賜物だと言えます」とありました。これが本質であるのかもしれませんね。常に人は変化しているということなのでしょうか。適応するものが生き残ってきた。常に環境は変化の連続であり、人もまた環境の都合で適す存在が生き残っていった。同じものは存在しないそんなことを感じます。まさに「諸行無常の響きあり」でしょうか。変わらないと思っているのはある意味では人間の意識、頭だけで、実は世界は常に変わり続けている。ましてや人も常に変わり続けている。そんなことを感じました。

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