共通する文化

もう少し、自然言語というものを考えてみます。自然言語は、人工言語との違いは、そのあいまいさにあるということでしたが、もっと大切なことがありそうです。それは、世界中、どの言語を使う人でも、赤ちゃんは話し始めます。それは、誰が教えたわけでもなく、周りの人が話していることを聞いたり、その時の表情を見たりして獲得していくのでしょう。そして、その最初に出てくるのは、言語というよりは、音声というか、声を出すところから始まります。それを大人が何を言っているかを理解することから、言葉にはある意味があることを知っていきます。「マンマ」と言った時に、それは、ご飯のことだとか、その時の状況によって母親のことを指しているかと判断します。ですから、その言語はあいまいさを伴いのも必然です。そして、それをどうしたいか、どう動いているかを表現しようとします。それは、その内容は相手に伝えたいこと、相手とコミュニケーションをとりたいための言語を使うようになります。そのように、自然と言語が出てくる言葉が自然言語なのでしょう。

ということで、その言語の構造は、世界中共通しているということなのでしょう。それは、人類は、皆同じ種であるホモ・サピエンスから進化したからです。進化から心理学を考えるというのは、そのようにその本質を見ていくということなのでしょう。

そういう観点から、ミラー氏の進化心理学のものの見方をもう少し見ていきたいと思っています。ピエール・ファン・デン・ベルヘは、非常に的を射た表現をしているそうです。「文化は人間独自の適応形態だが、文化もまた生物学的に進化してきたものである」と言っているそうです。表層レベルでのさまざまな違いにもかかわらず、人類の文化は一つしかありません。なぜなら、文化もまた、私たちの体のように、ヒトの進化の適応的な産物だからだとミラー氏は言うのです。手や膵臟が遺伝子によって形づくられるように、人間の文化を形づくるのも遺伝子だからだとミラー氏はいうのです。

生物学的にみれば、人間はとても弱く、脆い生き物だと言います。捕食者と闘い、獲物をとらえるための牙も持ち合わせていませんし、厳しい寒さから身を守る毛皮もありません。進化が私たちに与えた防衛手段が文化だというのです。ですから、人類は、捕食者と闘い、獲物をとらえるための武器、厳しい寒さに耐えるための衣服や住宅をつくる知恵を代々受け継いできました。文化があるから、牙や毛皮なしでも生存できるのです。それゆえ、個々の些細な違いはともかく、すべてのトラが多かれ少なかれ同じ牙をもち、ホッキョクグマが同じ毛皮をもつように、すべての人間社会は多かれ少なかれ同じ文化をもっているのだというのです。牙はトラに、毛皮はホッキョクグマに共通する特徹です。同様にすべての人間社会の普遍的な特徴が文化だというのです。

文化の普遍性については、社会科学の近年の歴史が大いに示畯に富んでいると言います。地の果ての秘境に未知の風変わりな文化、西洋文化とまったく異質な文化が発見されたというニュースが流れるたびに、その発見は作り事だったということがわかっているそうでえす。そのたびに、他の文化と根本的に異なる、まったく独自の人間文化は存在しないことが明らかになっているそうです。そのような例をミラー氏は紹介しています。

共通する文化” への5件のコメント

  1. 「進化が私たちに与えた防衛手段が文化だ」という言葉が印象に残っています。自然淘汰によって私たちは生きる術として「文化」を獲得しました。人類が生きてこられたのも、この「文化」があったからこそであることも感じます。共有・協力・笑顔というポイントが人類の生存に大きく貢献したように、この3つはその地に合った「文化」によって根付いているような気がします。また、一つの地域の文化が有益とみなされれば、他の地域でもそれを取り入れ、融合された新しい文化形成へとつながっていったことが想像できますが、それらは決して全く異なったものではなく、根っこの部分は共通されたものがあったのでしょう。そして、言語文化の発祥も「相手とコミュニケーションをとりたいため」に生まれたように、他者とのコミュニケーション、つまり、繋がりのためという根源があるようにも思いました。

  2. なかなかおもしろい文化論です。哲学、宗教、社会、政治、経済、等々からなる私たちの文化。英語でculture。耕すという英単語cultivateと語根を同じくします。つまり発展とか進化につながります。私たちは、過去現在未来という時間軸を持ちました。移ろいゆく時間的存在としてのホモサピエンス・・・ここまできて、ハイデガー「存在と時間」を想起します。時間概念を持ったがゆえに実存的存在となった。しかし、私たちは時間を持ったがゆえに存在という固定概念では表現し尽くされない何かとなった。自然言語も文化です。そしてプログラミング言語等の人工言語も文化です。確かに「牙はトラに、毛皮はホッキョクグマに共通する特徴です。同様にすべての人間社会の普遍的な特徴が文化」。文化はある一定の価値観を生み、この価値観が個人的レベルでも国家や民族レベルでも問題になってくる。文化はホモサピエンスに繁栄をもたらす一方、破滅をもたらす。文化は諸刃の刃。牙がトラを絶滅に追い込むように、毛皮がホッキョクグマを絶滅に追い込むように、文化はホモサピエンスを破滅に追い込む、かつてファシズムや全体主義がやろうとしたように。

  3. 〝進化が私たちに与えた防衛手段が文化だ〟とありました。つまり、厳しい地球という環境を生き抜いていく、子孫を残して種が絶えないようにするためのものが〝文化〟であるということになります。そのように考えていくと、冒頭にもありました赤ちゃんが話し始める行動というのは、生きていこう、生き抜いていくという決意の表れでありとても高次なことのように感じました。
    そして、その発祥の根本には「この人としゃべりたい」「この人に伝えたい」というような、なんとかコミュニケーションをとろうとすることから始まるのではないかと思います。そう思うと、人間の文化は他者と繋がろうとするものであることが根本にあるものだということを感じました。

  4. 人類が他の生物にはない他の生物に対抗できる文化という武器を、戦争という私利私欲にまみれた争いによって破壊し合うというのは、悲しみを通り越して憐れにも思えますね。ただ戦争のなかにもそれぞれの戦略、戦士、そして武器という各々の文化の結晶が詰まっていると考えたらそれもまた文化のひとつと考えてもいいのでしょうか。原爆ドームがどのような背景や思いを込められたかは別として、一つの遺産として多くの人の目にさらされるアルシュノ文化として存在するならば戦争もまた文化なのかもしれませんね。

  5. ぐんぐん組(1歳児クラス)の子で、友達の名前の頭文字を声に出して、その子と関わったり、保育者に、この子はこの名前だよね?と尋ねるように聞いてみたり、とする子がいます。呼ばれる相手は日本人らしい名前をしているので、そういう意味でも自然と日本語を使うようになっていくのだろうと想像します。LとRの発音のように、日常的に聞いたり、言ったりしていればそれも当然言えるようになるのだろうと思えるのは、身近な言葉の存在によるからだろうと思うからです。

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