ジェンダーの社会化のせいではない

ムハンマドの子孫であるシャリフを名乗ったモロッコの最後の君主、「血に飢えたムーレイ・イスマイル」は、占代の君にならって大規模なハーレムをかかえ、少なくとも700人の息子と342人の娘をもうけたそうです。ただ、侍従たちが途中で数えるのをやめたので、正確な記録は残っていないそうですが。ワシリエフの妻とムーレイ・イスマイルの正確な子どもの数は、この際重要ではありません。重要なの男が理論上もてる最多の子ども数は、攵のそれより二桁も多いのですが、繁殖上の完全な敗者である子どもをまったく残せない者として一生を終える確率は男のほうが高いことだとミラー氏は言います。

ミラー氏は、繰り返し論じていますが、男が女よりもはるかに攻撃的、競争的、暴力的なのは、ジェンダーの社会化のせいではなく、男の適応度格差が大きいためだと主張しているのです。男は、他の男と競争することで、繁殖ゲームではるかに多くの得点を稼げます。それに比べて、女は竸争をしてもそれほど繁殖成功度を高められないのです。男は競争に勝って、多数の女と配偶関係を結ぶ特権を得れば、百人単位、それどころかひょっとすると千人単位の子どもを残せるのです。竸争しなければ、かなりの確率で子どもをまったくもてない可能性に直面するのです。竸争に勝った場合の報酬と競争を避けることの代償との差が非常に人きいのです。

女性はこの差がずっと小さいのです。仮に競争に勝って、多くの男と配偶関係を結べたとしても、多胎産にならないかぎり、しかも。多胎産になるかどうかは自分の意思ではコントロールできないのですが、産むことができるのはせいぜい20~25人です。同性のライバルを押しのけられない場合、子どもは一人か二人になるかもしれませんが、ゼロではありません。鏡争で得られる潜在的な利益は、負傷や死のような競争の潜在的なコストに見合うほど大きくはないのです。だから女性は全体として男性ほど攻撃的、竸争的、暴力的ではないのだとミラー氏は言います。

男のほうが適応度の上限値がはるかに高いということは、女が子どもにはるかに多くの資源を投じる理由でもあるのです。繁殖に成功することが重要であるのは男も女も変わりません。それは、生きとし生けるすべてのものにとって重要です。しかし、一人ひとりの子どもの重要性は、男にとってより、女にとってのほうがはるかに大きいのです。このことは哺乳類の雌に共通しています。生涯につくれる子どもの数からすれば、女の場合には繁殖の成功に対する一人の子どもの貢献度がはるかに大きくなります。適応度の上限値で比べたら、女の場合は一人の子どもの貢献度が20分の1、男では1000分の1だと言います。このように、異形配偶と母胎内で受精卵が育つことが、男女の行動の違いの根源にあるとミラー氏は考えています。

異形配偶と母胎内で受精卵が育つこと、そしてその結果として雄の適応度格差が大きいこと。この二要因が男女の行動の違いをもたらしているという理論を裏づける最も強固な証拠の一つは、いわゆる「例外が法則を証明する」式のものであるとミラー氏は言います。ほとんどの生物では、雄の適応度の上限緻が大きいのですが、例外的にそうではない生物もいるそうです。

ジェンダーの社会化のせいではない” への8件のコメント

  1. 男性は、「竸争しなければ、かなりの確率で子どもをまったくもてない可能性に直面するのです」という言葉を聞いて、“草食系男子”という言葉が頭に浮かんできました。現代の晩婚化や少子化には、趣味の充実や仕事へのフォーカス、育児不安など多くの要因があると思いますが、男性の草食化も影響しているようにも、ミラー氏の言葉を聞いて感じました。競争社会に嫌気がさしているのか、一歩を踏み出す勇気なのか、結婚していない自分でさえ良くわかりません。わかっているのは、まぁこれでもいいかなと思ってしまっているということでしょうかね。そして、「女の場合は一人の子どもの貢献度が20分の1、男では1000分の1」という、女性が子どもの多くの資源を投じる理由にも、適応度が関連しているのですね。男性に比べると女性の方が、子どもを守ろうと働くホルモン「オキシトシン」が高いのは、こんなところにも影響しているようですね。

  2. いわゆる男性の特徴、女性の特徴を上げる際、「攻撃的、競争的、暴力的」が男性、「女性は全体として男性ほど攻撃的、竸争的、暴力的ではない」ことになりますね。このことが「繁殖成功度」という観点から論じられる。単純に、男性は何故攻撃的で競争的で暴力的なのか、その理由がわかります。ただ、私個人としては、攻撃、競争、そして暴力は嫌ですが。たいていの男性もそうなのでは、と思いますが、実はそうでもない事実が私の知らない世界にはあるのでしょう。「一人ひとりの子どもの重要性は、男にとってより、女にとってのほうがはるかに大きい」このことがわかる事実がたくさんあります。父子家庭と母子家庭があります。おそらく、統計的に見ても後者の方が圧倒的に多いような気がします。話は飛躍しますが、男性より女性の寿命が長いのも「女の場合は一人の子どもの貢献度が20分の1」ゆえ。つまり、子どもがいる女性は何歳になっても子どものことを気にする。貢献度のゆえ。結果、寿命が長くなる。こんなことを勝手に想像しました。

  3. 男性の方が攻撃的で競争的で暴力的というのは「繁殖成功度」というものが関係しているんですね。男性は競争的ということの発展として「逆に競争しない」姿勢を見せるということも、考えられる結果として最近の若い人たちの価値観であったり恋愛や結婚に対する考え方があるのではないかと感じるところです。
    そして、女性は子どもへの貢献度も比べて高いということから、一般に女性は「強し」と言われ、実際そうだと感じますし、寿命も男性と比べて長いのではないかという予想ができます。「繁殖成功度」という観点から人類をみていくと、合点がいく行動が多々あることに気づかされました。

  4. 子供が母親になつくことが多いのはもちろん接する時間も関係しているかもしれませんが、より大切にしてくれる存在だというのを感じ取っているからなのかもしれませんね。男性はより攻撃的に、強く逞しくなることでより多くの子孫を残せますが、そんな大人を自分の力だけでは生きていけない幼子は求めてないといわれれば頷くことしかできません。見た目や声色だけでなくそういった愛情も子供は感じ取ることができるのですね。

  5. 競争心やライバル意識、もしかしたら仕事上における嫉妬心は男の方が強いという話など、その気持ちの根底にあるのは、より多くの子孫を残したい、ということなのでしょうか。出世や女性にモテたい気持ちというのもイコールになってきそうです。
    以前、ある友人が、6人部屋の病床に入院した際に、全員男性で、年齢もバラバラながら、盛り上がれたのは恋の話と下ネタだったということを言っていました。男っていつもそう、と思っていたのですが、それはこの度の内容をある意味ではしっかりと表していると思いました。

  6. だからこそ男は競争心が強く、攻撃的でもあるのですね。確かに男の競争心が発揮されているような、集団、社会というのはたくさんあるように思います。個人的にはあまり競争とかはしたくないなと思うのですが、心のどこかでは自然としてしまっているということもありそうです。たまに、NHKの特集なんかで、ヒキガエルなんかの交尾のシーンを見ることがありますが、オスの姿というのはまさに競争、攻撃にぴったりという感じです。自らの子孫を残せない可能性がある訳ですからそれは必死ですよね。男性における競争や攻撃もそういう意味では、女性へのアピールということも含まれているのかもしれませんね。

  7. 繁殖上男性が「攻撃的、競争的、暴力的」というように男性の適応度格差が大きいというのはなるほどと思います。逆に女性の場合、産む数が限られている分、一人の子どもの重要性が男性よりも、はるかに女性の方が大きくなるというのも納得です。様々なところで、性差というものが見えてきますし、男性や女性の特徴というものも「繁殖」という生物そのものの種を残すという、生存戦略から見ていくとおおむねの性差から見える特徴というものがなぜあるのかということが見えるのは非常に面白いですね。しかし、今はジェンダーフリーな時代でもありますし、ここで言われるような性差というものがより多様になっているようにも思います。このことが意味しているのはどういったことなのでしょうか。少子高齢化や合計特殊出生率の低さ、晩婚化というものも、本来の種を残すということにおいて非常に大きな社会問題でもあります。こういったことが意味することは何を意味するのでしょうか。

  8. 男は、繁殖競争に勝つために、攻撃的でもあるのですね。一夫多妻であるためには、他の男の存在が非常に重要になるなかで、” 竸争しなければ、かなりの確率で子どもをまったくもてない可能性に直面するのです”とあり、競争することで、子孫を残せないリスクが上がってしまうことよりも、より多くの子孫を残こすほうに思考が働くのは、”繁殖上の完全な敗者である子どもをまったく残せない者として一生を終える確率は男のほうが高いことだ”という危機感を本能的に感じ取っているからかなと思いました。

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