なぜ、身内?

試しに、あなたのまわりの男女にとくに親しい人を5人あげてもらってみたらどうかとミラー氏は言います。女性はたいがい家族のメンパーをあげ、男性は同僚をあげるだろうと言います。人間関係に関する複数の調査で、女性は親しい人として、同僚よりも身内を多くあげることがわかっているそうです。なぜでしょう。

二人の社会学者リン・スミス=ラビンとJ・マクファーソンが、標準社会科学モデルの立場から、この普遍的な現象に説明を試みているそうです。彼らが例にとるのはジムとジェーンという架空のカップルです。「ジムは技術者、ジェーンは看護師。二人とも仕事に真剣に取り組んでいる」ので、子どもができるまではそれぞれが似たような人間関係をもっています。しかし、子どもができると事情は違ってきます。「最初の子が生まれたときには、ジェーンの母親が二週間ほど泊まりにきました。その後、ジェーンは昼間働いている間、妹にべピーシッターをしてもらい…赤ちゃんと過ごす時間が夫より多いため、仕事や友達との付き合いは削っても、近所の人や身内が人間関係の中心になってきます。ジムのほうは仕事への取り組みも、人間関係も変わりません」

子どもをもつ多くの若いカップルが、ジムとジェーンと似たような生活の変化を経験しているだろうとミラー氏は言います。スミス=ラビンとマクファーソンが言うように、子どもが生まれると、夫と妻それぞれの人間関係が変わってくると言うのです。その意味で、彼らの説明は正しいことになります。しかし、そこから新たな疑問が生じてきます。なぜ子どもが生まれるときに訪ねてくるのはジェーンの母親であって、ジムの母親ではないのでしょうか。赤ちゃんとの関係では、ジェーンの母親もジムの母親も変わらないはずです。それとも、違うのでしょうか。べビーシッターを務めるのはなせジェーンの妹であって、ジムの妹ではないのでしょうか。二人とも赤ちゃんとの関係は同じではないでしょうか。それとも、違うのでしょうか?この架空のカップルの場合、そして、現実の多くのカップルでも、父親ではなく母親がおもに赤ちゃんの世話をしますが、なぜそうなのでしょうか。標準社会科学モデルはこうした根本的な疑問に答えてはくれないとミラー氏は言います。もうひとつの根本的な問いがあります。それは、なぜジムは技術者で、ジェーンは看護師なのでしょうか。これについては、ミラー氏は後で述べています。

なぜ母親が父親よりも子育てに労力を注ぐかはすでに前のセクションでミラー氏は説明していました。その中で、ジムではなく、ジェーンがおもに赤ちゃんの世話をする理由を説明していました。もしかしたら、ジムは自分が赤ちゃんの父親かどうかはっきりせず、将来仕事で成功すれば、40歳になったジェーンと子どもを捨てて、自分が社長を務める会社の20歳の受付嬢と再婚し、新しい家族をつくれる可能性があるのです。女性のほうが子どもに労力を費やす動機づけが強いにしても、一人で子どもを育てるのはむずかしいです。とりわけ資源が乏しく、生命の危険がつきまとう祖先の環境では、他の人たちの助けが必要だっただろうと想像できます。。母親が子育て支援を必要としているときに、喜んで手を差し伸べてくれるのはおそらく彼女の身内です。母親の身内は、子どもと血縁関係にあることがはっきりしているので、子育てに協力するモチベーションが強く働きますが、父親の身内は、父性の不確実性から、子どもが自分たちの遺伝子を継いでいるかどうか確信がもてません。ですから、ジムの母親ではなく、ジェーンの母親が出産時に一一週間手伝いにくるのであり、ジムの妹ではなく、ジェーンの妹がベビーシッターを引き受けるのです。

なぜ、身内?” への5件のコメント

  1. 確かに、出産した母親へのフォローは夫の母親より実母が多い印象です。母親の子どもであれば、その子は遺伝子を継承していることは明確であっても、父親の遺伝子を受け継いでいるかは検査をしないと本当のところは不明であることが、妻の母親がフォローに来る背景ということなのですね。そして「とくに親しい人を5人あげてもらってみたらどうか」という例のように、男性は仕事場やプライベート関係への比重が大きく、女性は身内の育児サポート関連者への比重が多くなるというのも理解しました。「一人で子どもを育てるのはむずかしい」「他の人たちの助けが必要」というように、まずは、母親の育児サポートを担うのは身内からなのですね。

  2. 生まれて来た子どもの世話を母親及び母親方の身内がする。今回のブログの説明で何となくわかったような気がします。やはり「父親の身内は、父性の不確実性から、子どもが自分たちの遺伝子を継いでいるかどうか確信がもてません。」ということか。私は母の実家で生まれたようです。そして、ある程度の期間、その家で過ごしたようです。私が生まれた地域には何だかそうした風習があったようです。今も里帰り出産ですね。もっとも、家で出産するのではなく、ほぼ病院で出産。その病院も母親の実家の近くの場合が多いのでしょうか。産後は母親と子どもは母親の実家である一定の期間過ごす。まぁ現在は風習云々より仕事の都合とかそうしたことによってさまざまなケースが考えられるような気もしますが。それにしても「父性の不確実性」とは何とも突き刺さる表現です。そうした事実が統計的に証明されているということでしょう。もっとも全世界、どこに行ってもそうか、ということについてはどうなのでしょう?

  3. 実家の家族が我が家の子どもたちを本当に血の繋がった孫なのかわからないが為に、妻の母より我が家に訪れる回数が少ないのか、それは定かではありませんが、その根底に流れるものを解明するとそういうことになるのかもわかりません。妻の母からの援助は優しく、そして妻の感覚とやはりとてもフィットするようで、その援助はあまりにも適切です。共に過ごした歳月の違いもあるような気もしますが、妻にとって僕の母はやはり気を遣う対象であるだろうですし、そうであるからこそ関係性が良好なのだろうとも思えてきます。自然偶発的に生まれた関係性のように思っていましたが、人間としての不変の流れがそのようにさせるものもあるのだと知り、真理というものの存在をより感じていまいます。

  4. 我が子も嫁の祖父母の方がよくみてくれています。その理由を深く突き詰めていくとそういうことになるのかと、根底には母性の確実性と父性の不確実性があるんですね。単に、嫁がいろいろと頼みやすいのが結婚相手の親より自分の親なんだろうというくらいにしか考えてきませんでした。
    そして、親しい人5人を挙げると身内が多いのが母親というあたりも育児のサポートをよくしてくれるのが、その身内になるのだろうということが想像できます。女性は母親になった瞬間からの考え方が我が子を中心に据えているのが理解できます。

  5. 私としては嫁側の母親がより多く手伝うのは、母親の方が子育てにたいする負担が多く、実の娘をフォローするためだと思っていましたが確実性、不確実性が関連していたのですね。ということは主夫と呼ばれる旦那が家事や育児の全般を担う家庭でもやはり嫁側の母親の方が多く手伝うのでしょうか。また養子をもらった家庭では両家庭ともほぼ手伝いをしなくなるということでしょうか。だとするならば、子孫を残す本能というのはただひたすらに残酷ですね。

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