預けること

母親が専念してわが子を育てなかったらどうなるのでしょうか?そんな悩みを保育所に子どもを早い時期から入園させる親から聞くことがあります。多くの人が気になるのは、子どもが小さい頃に母親が働いていたら、母親が育児に専念していた場合に比べ悪影響があるのか?ということです。実は悪影響がある、という決定的事実はありません。保育所に子どもを預けることの影響は、日本でも海外でも調査されていますが、発達、認知、社会性、行動上の問題や学業成績といった面では、母親の就労の有無で違いはないといわれています。アメリ力の縦断研究では、たしかに保育所に長時間預けられている子で攻撃性が高くなるという報告もありますが、保育所に預けられていることよりも、子どもの気質や家庭の経済・学歴レベルのほうが、影響力が大きいと言われているのです。

逆に保育所に預けることのポジティブな効果も報告されているようです。母親が就労している家庭の子どものほうが身体的、社会的な発達が進んでいるという報告や、保育を受けていることで、先の報告とは逆に、後の攻撃行動が低減するなどの報告もあるそうです。もちろんどのような保育環境かということが大切ですし、その影響も保育の内容によってさまざまです。また、思春期以降の長期的な影響については、まだ十分わかっていません。しかし、質の高い保育を受けることで、子どもの認知能力や社会性の発達に、少なくとも短期的にはよい効果があることがわかってきているのです。

斎藤氏は、最後に、極端ではあると言いながらも、母親がいても仲間がいなければ育たない、母はなくとも子は育つ、という例を紹介しています。もちろん、それはハリスの集団社会化理論のことだとわかります。斎藤氏は、まず、愛着理論の背景ともなったサルの実験をしたハーロウについて、彼らは、同年代のサルと遊ぶ機会なく母親に育てられたサルと、母親はいないが同年代のサルと一緒に育ったサルの社会行動を比較した研究を紹介しています。その結果、母親がいても仲間がいなかったサルは、性的な行動や遊び行動をうまく取れなかったというのです。

さらに、こんな逸話も紹介しています。ナチスの捕虜となったユダヤ人の子どもの中には、親を亡くし、また特定の大人とも継続した関係を持つことができなかったけれども、救出まで子ども同士で一緒に過ごすことができた人たちがいました。その人たちの成人後の発達には問題がなかったと言う研究もあります。つまり、仲間は時に養育者の代わりにもなるということかもしれないと言うのです。安定した主たる養育者がいないという状況がよいことだとは思えませんが、一人の主たる養育者だけが大切だと考える必要はない、ということではないかと斎藤氏は言うのです。

以上のように、母親の愛情は子に最適で、母親は育児の適性を備えているというのは、必ずしも正しいわけではないと斎藤氏は言うのです。産みの母親が育児に専念することによって、弊害が生じることもあります。母親が育児に専念しないと、将来子どもの発達に悪影響を及ばすことを示す証拠もありません。親が子育てを放棄してよいということでは全くありませんが、母親ひとりががんばるべきだ、母親であれば育児に専念すべきだ、という「べき論」は捨ててしまってかまわないのではないかと彼女は言うのです。