産業化の結果

三歳児神話の根底には、定義にもあるように、女性には生まれつき子どもを産み育てる「母親」としての性質が備わっているという考えがあると斎藤氏は言います。これが母性神話です。しかし、母性神話自体、およそ40年も前から否定されているのです。産業化により、母親が家庭を支え子育てもひとりで担うようになりました。産業化以前の社会では、父親だけでなく多くの母親も農業や漁業などの仕事に従事していました。当然母親は手が離せないこともあり、そんな時は、赤ちゃんはエジコやツグラといったワラ製のカゴに入れておかれたり、ハイハイしたりして動き回るようになると、兵児帯を使って柱に結ばれたりしたそうです。このことは、柳田氏による民俗学にも書かれおり、私の「保育の起源」でも紹介しています。そして、2,3歳になれば近所の年上の子どもたちと遊び、その中で社会のルールを学んだと言われています。

現代では、親が子どものイヤイヤに悩まされる時期ですが、そもそも親が一対一で子どもに対応する状況ではなかったということを、川田氏が書いているそうです。昔は祖父母や親戚だけでなく、近隣の人たちとも密な関係があり、子どもはいろいろな人に面倒を見てもらっていました。つまり、母親ひとりで四六時中、乳幼児を見るような状況は、ヒトの長い歴史の中でごく最近になって現れたものなのだというのです。それ以前の何百年、何千年の長きにわたる歴史の中では、「男も女も仕事、子育てはみんなで」が伝統だったと斎藤氏は言うのです。

では、「母は強し」は本当?でしょうか。ヒトの母親は、ほかのほ乳類と同様、子どもをお腹の中で育て、産み、乳を与えて育てますが、当然、そのようないとなみを支えるための生理的な変化が体の中で起こります。代表的なものとしては、ホルモンの変化だと言います。特にここ数十年、注目を集めているのが、何度かブログでも取り上げたオキシトシンというホルモンです。もともとほ乳類では、出産の際、子宮を収縮させたり、母乳を絞り出すように胸の筋肉を収縮させたりする機能が知られています。脳内でも働き、母親の子育て行動をはじめ、社会的な行動や認知にも影響があることが知られるようになり、母子の心理的絆における役割も重視されるようになりました。母親ではこういった生理的変化が生じますので、心理的にも行動的にも、赤ちゃんに対して反応性が高まるなどの変化が起きることは想像に難くないと言います。

実際、母親は妊娠中に始まって、出産後数週から数カ月後まで、子どものことをたくさん考えるようになると言われます。精神分析家のドナルド・ウィニコットはこの現象を「原初的没頭」と呼びました。未熟な状態で生まれ、生存に他者の積極的かかわりが必須であるヒトの新生児の生存率を高めるためには、最も世話をする確率が高い存在である母親がそのような心理的状態になることは適応的なのだと考えられています。ほかにも、授乳により不安やうつ、ストレス反応といったネガテイプな感情が軽減されるという報告もありますので、「母は強し」には、科学的にも裏づけがあると言えそうだと斎藤氏は言います。