難産で手がかかる

ヒトの乳幼児はひときわ無力な状態にあり、子育てには手がかかります。ヒト以外の霊長類では、乳幼児は親の身体に自力でつかまり、眠っている時も離しません。しかしヒトの乳幼児は自力でつかまることができないため、誰かが抱っこしてあげる必要があります。生後しばらくは首もすわりませんし、寝かしつけなども必要です。

ヒトの乳幼児が特に無力なのは、脳が大型化したためと言われています。ヒトの祖先で脳が大型化し始めたのは直立二足歩行が完成した後だったため、胎児の段階で脳を成長させて大きくすると、もはや産道を通ることができなくなってしまいます。そのためヒトは、胎児のように未熟な状態で生まれ、生後しばらくは急速に脳を成長させることで、脳を大型化させるようになりました。たとえばチンパンジーやゴリラでは、5歳くらいまでに脳重量は出生時の2倍になって大人の大きさに達しますが、ヒトの脳重量は出生後1年で2倍になり、5歳くらいまでには3.5倍になって、ようやく大人の脳の大きさの約90パーセントに達します。

出生後もしばらくは脳の成長にエネルギーをとられるため、ヒトの乳幼児の身体の発達はゆっくりになり、大人に依存する期間が長びきます。安静時のヒトが消費するエネルギーのうち、脳の消費分は、ヒトの大人では20パーセント程度なのに対し、5歳以下では約39パーセントから66パーセントに達します。

難産で乳幼児には手がかかるにもかかわらず、ヒトは非常に多産な霊長類です。野生チンパンジー、ゴリラ、オランウータンの平均的な出産間隔はそれぞれ5.5年、4.4年、7.6年ですが、ヒト狩猟採集民では3.7年です。ヒトの出産間隔が比較的短く、短期間にたくさん子どもを産み育てられるのは、共同保育、子どもへの食物提供、早く柔軟な離乳のためだと蔦谷氏は言います。

ヒトでは、母親以外の個体も子育てをよく手伝い、子育てのコストを母親から他者に分散させていると言います。ほかの霊長類では、子育てをするのは母親ひとりという種がほとんどです。しかしたとえば、工業化されていない社会の複数のヒト集団を調べた民族学的な研究では、乳幼児に対する食事、抱っこ、身づくろいなど直接的な世話のうち母親が担当する時間割合は平均して50パーセント程度で、残り50パーセントは年上のきょうだいやおばあちゃんや父親が担っていました。母親以外の女性による授乳もヒト社会では広く見られ、調べられた約200集団のうち47パーセントで観察されているそうですが、ほかの霊長類では、キンシコウやキツネザルや中南米の新世界ザルの一部でよく観察されるくらいだそうです。

霊長類の中でヒトの女性にのみ明確な閉経が進化したのも、共同保育に関連があると蔦谷氏は言います。個人差はありますが、狩猟採集民の女性は10代後半から繁殖可能になり、25~35歳くらいで繁殖力はピークに達し、50歳までには閉経して子どもを産めなくなります。女性にとっては、死ぬまで繁殖力を保ち自分の子どもを産み育てるよりは、中年以降は繁殖せず、血のつながった孫の子育てを手伝うほうが、ヒトの進化してきた環境では、結果的に多くの子孫を残せたと考えられています。実際、さまざまなヒト集団を調べても、特に母方のおばあちゃんが子育ての重要な協力者であることがわかっているそうです。