直立二足歩行

蔦谷氏は、ヒトの子育ての在り方に影響している進化における特徴を挙げています。直立二足歩行と、体重に対して特に大きな脳は、ヒトのユニークな身体的特徴だと言われています。直立二足歩行は500万~700万年前くらいに開始され、だんだん洗練されたものになっていきました。よつんばいではなく、まっすぐ立って歩くことで、ヒトの祖先は森林を出て生息域を広げることができるようになりました。直立二足歩行が完成した後、250万年前以降に、今度はヒトの祖先の脳が急激に大きくなり始め、す。脳の大型化を可能にしたのが、肉食と火の利用だったと考える研究者もいます。実は、日常的にこれほど動物の肉を食べる霊長類は、ヒトくらいしかいないと言われています。大型霊長類の主食である生の果実、葉と比べて、肉や火を通した食物は、消化吸収しやすく、得られるエネルギーも大きいことが知られています。腸は脳の次に多量のエネルギーを消費する器官ですが、消化吸収しやすいものを食べるようになれば、腸を短縮させて、消費エネルギーを節約できます。こうして生じた余剰のエネルギー大きな脳にまわすことができるようになったのです。

ほかにも特徴があります。それは、ヒトはゆっくり成長して長く生きる動物だということです。ほかの霊長類の子どもは、離乳が終わると独立して自力で生きていくのに対し、ヒトの子どもは離乳後も大人に依存します。伝統的な狩猟採集や農耕に従事する人々では、自分で獲得するエネルギーが消費するエネルギーを上回るようになるのは10代中頃から20代前半で、それ以前には大人から食物の供給を受けて生きています。

10代の思春期になると、ヒトは急激に成長して大人の身体に変わっていきますが、これはヒト特有の現象だそうです。思春期には体つきが女性、男性らしくなる二次性徴があり、生殖能力が獲得されますが、男女でその様相は異なります。ヒトの女の子は先に身体が成熟しますが、排卵サイクルが確立して繁殖可能になるのは数年後です。見た目は大人ですが、早すぎる妊娠のリスクを負うことなく大人の活動に加わり、後に繁殖を開始した時のための学習や経験を積むことができるのです。一方、ヒトの男の子は、生殖能力を先に獲得し、その後に身体が成熟するのです。見た目は子どものままなので、大人との競合を避けつつ、子孫を残すための競争にこっそり参入できるメリットがあると言います。

ヒトは、長い時間かけて成長し、学習や経験を積んだ後、長く生きてこの投資を回収していくと言われています。昔のヒト社会では、乳幼児の死亡率が高いため、平均をとると寿命は短くなってしまうのですが、長く生きる人は長く生きていたようです。たとえば生活環境の厳しかった縄文時代でも、15歳まで生き残れば、そのあと4割程度の人は60歳以降まで生き続けられたとする研究成果もあるそうです。

そして、基本的に男女がペアをつくり、長期間にわたって配偶関係を継続するのがヒトの特徴です。オスがハーレムをつくったり、交尾相手をころころ変えたりする種と異なり、ヒトでは、闘争の武器になるオスの真正面から数えて三番目の糸切り歯である犬歯のサイズが小さく、精子を産生する精巣(陰曩)のサイズもそこまで大きくありません。ヒトはペアをつくるため、メスをめぐるオスの身体闘争や交尾回数の競争が比較的ゆるやかなのがその理由だそうです。