親のがんばり

平石氏の子育ての説明を聞くと、自分は子どもがかわいいから子育てしているのであって、子孫を増やそうとか、ましてや自分の遺伝子を増やそうと思って子育てしているのではないと思ってしまうかもしれません。彼は、その意見は正しいと言います。自然淘汰は、結果として子孫の数が増えてしまうような特徴や行動を進化させるのであって、個々の動物が何を考えているかは重要でないからだと言うのです。身近にいる小さくてコロコロしていて、ギャンギャン泣くけれど、時にとろけるような笑顔を見せる存在。その笑顔を見たくてお世話してしまうことが、結果として子孫を残すことにつながっていれば、自然淘汰が働くのには十分だと言うのです。甘いお菓子を食べることが、結果として栄養摂取につながるのと同じように。お菓子の「甘さ」や、赤ちゃんの「かわいらしさ」は、適応的な行動を引き出す「スイッチ」だと平石氏は言います。

彼は、親の役割について冒頭で、家庭環境、たとえば「ほにゃらら教育法」の効果は小さそうだ、という話を紹介しました。なぜそうなのか、それが何を意味するのかについて、もう少し考えています。

実は、公教育の整備が不十分だと、家庭環境が子どもの知的能力に大きく影響するようだ、という議論があります。学校での教育が不十分だから、家庭や親による差が出るということです。逆に言えば、「親のがんばり」による上乗せがほとんどないことは、公教育が十分であることを示唆していることになると言います。そう考えると、親の影響力が小さいことは、嘆くことではないと言います。子どもの視点で見れば、特別な教育法を行う意思や余裕がない家に育っても、社会の中に学ぶ環境がきちんと用意されていることを意味するからだと言うのです。私たちが「親」としてがんばるならば、そのがんばりの一部は、自分の子どもにではなく、そうした社会を作り維持していくことに向けられても、よいのではないかと彼は、考えています。

「正解は一つじゃない子育てをする動物たち」(東京大学出版会)の本は、数人の研究者によるリレー執筆ですが、第1部では、動物の子育ての基本を伝えています。その1章は平石界氏によって、進化的考え方の枠組みを紹介しています。次の執筆は、海洋研究開発機構ポストドクトラル研究員である蔦谷匠氏による、「ヒトという動物の子育て」です。彼は、まず、「どんな動物?」という問いに、一言でいうと、「二足歩行で脳の大きなおサルさん」と答えています。それが、子育ての特徴を作っているようです。

ヒトであるホモ・サピエンスは、地球上の最も多様な場所に生息している霊長類である「サル」です。顔の正面についていて立体的にものが見える目、親指とほかの指で何かをつかめる手、体重に対して大きな脳などは、いずれも霊長類に共通する特徴です。DNAの塩基配列の違いを調べても、チンパンジーと非常に近く、ヒトとチンパンジーの系統は590万~730万年前頃に分かれたと推定されています。ヒトは20万~30万年前のアフリカに誕生し、約6万年前以降、世界各地に広がって定着していきました。野生霊長類の多くは熱帯や温帯の森林に暮らしていますが、ヒトは海を越えて行き来し、衣服によって寒さをしのぎ、オーストラリアや北極圏にすらも分布を広げました。