子育ては大変

人間における「子育ての進化」を考えるうえで、平石氏は、まず進化について説明しました。そこで、進化とは環境に適した生物の子孫が増えていくことだ、と説明しました。それでは、なぜ動物は子育てをするように進化したのかということを考えます。この問いへの解答は一見簡単だと言います。生まれてきた子を放置するよりも、手をかけて育てたほうが、子どもの死亡率が下がり、子孫が増えてよさそうだと思います。しかし平石氏は、本当にそうだろうかと問いかけます。世の中には子育てをほとんどしない生物もいます。たとえばアゲハチョウの父親からの子への関与は、交尾をするところまでです。母親も、子の食べ物のそばに産卵するくらいのことはしますが、そこまでです。はらペこあおむしを見守って、りんごやいちごやアイスクリームを用意するわけではないというのです。

アゲハチョウのような放任主義でも、子(幼虫)はきちんと成長します。それならなぜ、われわれヒトは手間暇をかけて子育てをし、夜三時間ごとに起きて赤ちゃんにミルクを与えているのでしょうか。その解答を、平石氏は、進化から子育てを考える時に鍵となる点を紹介しています。それは子育てにかかわったことのある人ならば誰もが知っていることだと言います。「子育ては大変」。これが鍵だというのです。しかしなぜ子育ては大変なのでしょうか。彼は、それは親の持っている時間、体力、財産などの資源が有限だからだということに気づくだろうと言います。王侯貴族のように資源が潤沢にあれば、ずいぶんと子育ては楽になるはずだろうといます。しかし、現実の親の多くは、限りある資源をやりくりして、一方で自身の生命を維持し、他方で子どもを育てなければならないのです。進化的視点から見れば、自身の成長や配偶にも資源を回す必要があるのです。

では、何にどれくらい手間かかかるのでしょうか?何にどれくらいの資源を費やすのでしょうか?ベストなバランスは、その動物の生活スタイルによって変わってきます。より手間暇がかかることには、より多くの資源を使わざるをえないからです。資源配分のベストなバランスを決める要因には、さまざまなものがあると平石氏は言います。たとえば食べ物の種類です。手近で簡単に手に入る食料、たとえば草原の草などと、あちこちに散らばっている食料、たとえば森の中の果実とでは、手に入れるための手間暇が変わります。肉食ならば手間はさらに大きくなるでしょう。加えて、もし子どもが大人と同じものを食べられないなら、途中まで消化してから与えるとか、全く違ったかたちであるミルクに変えてから与えるといった手間が増えます。食べ物によっては、探し方や取り方を子どもに学ばせる手間も必要となってくるでしょう。

同じくらい重要な問題として、自分たちが食べ物となってしまう危険性も無視できないと言います。子が自分で身を守ることができないなら、親がそばにいて捕食者から守ってやる必要があります。親が狩りに出かける間、残された子の安全を確保するためには、安全な場所まで運んで隠す必要もあるかもしれないと言います。いくら保護してもある程度は死んでしまうことが避けられないなら、たくさんの子を産む、という対抗策が進化することもあります。