ヒトの子育ての本の紹介

蔦谷氏が紹介する2冊目の本は、ハーディー・S・Bの「マザーネイチャー」という本です。ハーディー・S・Bは、サラ・ブラファー・ハーディーという名前です。彼女の本は、まだ私はブログでは紹介していませんが、とても興味深いことを研究しています。それは、もともと彼女は、アメリカ合衆国の人類学者ですが、同時に、霊長類学者でもあるのです。日本でも山際氏をはじめ最近注目されている明和氏も同様の霊長類研究で知られています。そして、もう一つ、彼女は進化心理学と社会生物学へのいくつかの重要な貢献で知られています。そして、様々な研究を経て、1999年に「マザーネイチャー」を出版しました。この副題の「母性本能と彼女たちがヒトを形作った方法」の日本語訳は、『「母親」はいかにヒトを進化させたか』です。ハーディーの視点では、子育ては様々な変数に依存しており、生まれつき固定された「母性本能」は無いということです。さらに、ヒトは共同保育者として進化し、基本的に他者の援助無しでは子育てすることができないと主張しています。そして、これをアロマザリングの概念で説明しています。アロマザリングとは母親以外の誰か(例えば父、祖父母、母親の兄や姉)、あるいは遺伝的に無関係な人(例えば乳母や看護婦、育児グループなど)による子育てのことです。

3冊目として紹介しているのが、山際寿一氏の「家族進化論」です。現在京都大学の総長ですが、彼のことも、何度か取り上げていますが、彼はゴリラの研究で有名なのですが、ひたすら密林に入って、直接ゴリラを観察し、その行動から人類を考えているのです。これらの紹介する本を見ても、蔦谷氏が最近の研究のどのようなことを参考にしているかがわかります。

では、元に戻って、次の章に行きます。そのタイトルは、「母親をめぐる大きな誤解」というもので、この章を受け持って執筆しているのが、代表執筆者として「はじめに」を書いた斎藤慈子氏です。斎藤氏は、まず、「三歳児神話」について、それがいかに「神話」であるかを説明しています。

まず、三歳児神話の定義は、「子供の成長・発達には、三歳までという幼少期の時期が非常に大切である。この時期は、母親の愛情が子に最適であり、母親は育児の適性を備えているので、産みの母親が育児に専念すべきである。母親が育児に専念しないと、将来子供の発達に悪影響を及ばす」というものだとしています。この子育て観は、すでに1998年の『厚生白書』で合理的根拠のない「神話」であるとされていますが、未だこのような考え方に意識的・無意識的にとらわれ、小さい子どもと離れて働くことに罪悪感を抱く母親は少なくないようだと言います。そこで、斎藤氏は、母性神話、愛着理論といった三歳児神話の背景やその反例から、三歳児神話かいかに「神話」であるかを説明しています。

三歳児神話がまことしやかにささやかれるようになった理由には、経済的・政治的背景があると言われています。大正期以降、産業化にともない、サラリーマン家庭が出現しました。それまでの農業など一次産業が主流であった社会では、職住が近接していましたが、仕事と生活の場が分離し、主に男性が外に働きに出ることになり、結果「男は仕事、女は家事・育児」という性別役割分業が生まれました。高度経済成長期には、産業社会を維持発展させるため、この分業が合理的で効率がよかったのでしょう。その後、1970年代の経済低成長期になると、保育所等の福祉予算削減の目的から家庭内保育の重要性が強調され、母親が育児に専念する生活が一般化したと言われています。

ヒトの子育ての本の紹介” への8件のコメント

  1. 人類学者でもあり、霊長類学者でもあるハーディー氏の「ヒトは共同保育者として進化し、基本的に他者の援助無しでは子育てすることができない」という言葉は響きますね。そもそも子育てとは、1人の養育者でおこなう活動ではないという前提が浸透すれば、今よりは育児に苦しむ人々が減ることは想像できますが、具体的支援を社会が形にするのにはきっと時間がかかるでしょう。その差を埋めるための乳幼児施設の「保護者支援」なのかもしれませんし、今後も乳幼児施設の重要性がより強固になっていくのでしょうか。そして、三歳児神話についても、いかに「神話」でありながら、多くの人たちが信じてしまっている背景を理解するというのは大切ですね。その理由として、経済的・政治的背景があったということで、そうした方が大人にとっての利点が大きかったというあくまでも大人目線の政策や福祉の形になっていたことがわかります。そこから、最新の科学的知見に基づく子どものための政策や大人の思考を再構築していく大切さを感じました。

  2. いろいろな文献を紹介してもらって有難いですね。もっとも、私は臥竜塾ブログで解説してもらったものを読むのがいいですね。子育てを母親だけに委ねる近現代の方法は当の母親以上に子ども本人にとってネガティブでしょうね。親子は親子でしょうが、わが子を見ていると、親はいなくても自分で育ってやる、という気構えを感じさせられますね。世の中には実親がいなくても立派に育っている人々があちらこちらにいます。「アロマザリング」が可能なことは、そうした子どもたちが実証しています。俗に「親はなくても子は育つ」。もちろん、その子が生きて育っていく環境は必要です。しかし親が必要十分条件ではない。アロペアレンティングということもあります。子どもは自ら育つ、必要な衣食住が保障されていれば。むしろ逞しく育つかもしれません。親信仰、根強いですが、それよりoも親と共に子どもたちに向き合う良心ある大人たちそして助け合って育っていく子どもたちが必要な気がします。

  3. 〝ヒトは共同保育者として進化し、基本的に他者の援助無しでは子育てすることができない〟という主張がなされており、1人の養育者での子育てが間違いであるというのが1998年に言われているのに、なかなか抜けきれないのは、日本という国ならではの何かがある気がします。現在の世界的な混乱が終息すると、経済活動は活発になると思いますが、その際に子どもが置き去りになるのではなく、子どもの視点からの子育てや保育教育が展開されていかなければなりませんね。そのように考えると、そのタイミングはむしろチャンスであるように思えました。

  4. バレンタインにチョコレートをあげるのは日本だけで、チョコレートの会社の戦略であることは有名ですが、権力者の情報操作が勝手な思い込みを産み常識と化していることは思っている以上に多そうですね。人というのは思っているよりテレビや新聞にかいてあることが嘘だとは信じられない生き物のようで、息を吐くかのようにエビデンスのない情報を吹聴している人をよく見かけます。ただそういった意味では様々な論点から意見を飛ばしてくれ、意見が偏らないTwitterというツールは存外わたしの役に立っているような気がします。

  5. 保育園においても担当制から、ゆるやかな担当制と記載されていますが、まだまだ担当制を、重視している園が、多いのは事実です。ただ、そうなってしまったのは3歳児神話だけではなく、政治的な背景が影響し、大人側にとって都合が良かったですね。決まった一人の大人が関わることは様々な価値観を選べないため、危険だと思いますが、大人の言うことを聞くことが良い子という価値観の方が、一斉指導をする際には管理しやすいですからね。

  6. 「三歳児神話」の子育て観が1998年の「厚生白書」で合理的根拠のない「神話」であるされていたのですね。国からの文章が出ていても、未だ、その意識が変わらないということはその意識のすさまじい拘束力に驚きます。とはいえ、時代は確実に変わってきていますし、母親が子どもの子育てを一身に背負わなければいけない時代から少しずつの理解が出てきているのは「イクメン」や「ワンオペ」といった用語が出てきていることでも、その意識の移り変わりを感じます。また、この厚生白書を見ると、「少子化」という文字が目立つように感じました。「少子化」であれば、より母親が子どもを手厚く見るという論調になると思いきや、父親との共同育児を進めるのはなぜなのだろうかとふと思いました。そして、「子どもを産み育てることに夢を持てる社会」というのがテーマになっていたのですね。というのは「子育てに夢を持たせる」ためには共同保育が必要ということなのでしょうか。「家族内の個人が自立し,それぞれの生き方を尊重する中で,お互いを支え合えるようになれば,家族は潤いの感じられるものとなり,子育てに喜びを感じることのできるものになるだろう。」とも書いてあるのを見るとやはりひとりで見るようには育児方法においても、子育ての生きがいに感じても一人で子どもをみるようにはできていないのでしょうね。

  7. 戦争が教育を変えてしまったように、経済が子育てを変えてしまったかのようです。時代の影響、世間の雰囲気を常に受けて変化していく現状があることは今回の感染症の件で痛感しました。
    しかしながら教育も子育てもその変換は近代史のことであり、つい数十年前のことで、昔から、というフレーズを使うのならば、やはり人類進化にその答えを求めるべきだと感じます。とても最近生まれた価値観を、まるで昔から受け継がれてきたかのように崇拝することは、少しばかりの危険を孕んでいるようにも思えてきます。

  8. 「ヒトは共同保育者として進化し、基本的に他者の援助無しでは子育てすることができないと主張しています」人類学を研究している人たちはヒトが協力なしではここまで生き残ってこれなかったということを明確に発信していますね。そのことから私たちはヒトとしての生き方をしっかり見直していかなければいけないなと思わされます。3歳児神話がささやかれるようになった理由というのはとても興味深いです。まさに、国の都合である気がしてなりません。私たちの周りにはメタメッセージで溢れているのかもしれん。そして、それをある意味では意図的に流されているとすれば、ますます自分の目で見て、しっかり判断する力が必要になってくるように思います。何を信じたらいいのか、何が正しいのか分かりくにいことも多いですが、情報に左右されることなく過ごしていきたいなと思います。

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