三つの能力

ペリー就学前プロジェクトの結果を見ると、IQは教育によって育むことができるようにも思えます。ところが、10歳頃にはプログラムを受けたグループと受けていないグループのIQの差は見られなくなりました。つまり、このプロジェクトにおける幼児教育は長期的にはIQを高めることができませんでした。

このことは、わが国にも多数ある「IQを高める」幼児教育スクールにも疑義を投げかけます。IQを一時的には高めることができても、その効果は後に持続しない可能性があるのです。一時的に変化したように見えても、それは見せかけに過ぎないということです。

このように、ペリー就学前プロジェクトでは、IQを高めることに失敗したと言えます。ですがシカゴ大学のヘックマン博士らが、中学生の時点で幼児教育プログラムを受けていた子どもは、受けなかった子どもよりも、学校の出席率が高く、学業成績が良いことを見出しました。このような傾向は、高校時にも継続し、幼児教育プログラムを受けていた子どもは、高校の卒業率が高かったことも報告されています。さらに、大人になってからも、幼児教育プログラムを受けた子どもたちは、収人が高く、生活保護受給率や犯罪率が低いことも明らかになっています。つまり、幼児教育はIQに対してはあまり長期的な効果がなかったものの、以外の能力、つまり、非認知スキルの発達に影響を与え、それが青年期の学校での成績や成人期における社会的成功を促したことが示されたのでした。ペリー就学前プロジェクトは、50人程度を対象にしたものだったのですが、ノースカロライナ州で実施された同規模のアベセダリアンプロジェクトでも、ペリー就学前プロジェクトと同じような結果が報告されているそうです。

それでは、この子どもたちが幼児期に身につけた非認知スキルとは具体的にどのようなもののことを指すのでしょうか。OECDの報告書では、他者とうまくつきあう能力、自分の感情を管理する能力、目標を達する能力の三つが挙げられています。他者とうまくつきあう能力とは、他者に対する思いやりや、社交的なスキルのことだと言います。これらのスキルが学校や職場で重要なことは言うまでもありません。思いやりのない人は、周りからも助けてもらえず、学校や職場で孤立してしまうでしょう。自分の感情を管理する能力とは、自尊心を持つことだと言います。自尊心が高すぎるのも問題ですが、自分に自信を持つことは、他者とかかわるうえでの基盤となります。

これらのスキルも重要ですが、小学校入学前の子どもを対象にした研究の多くが、最後に挙げられている、目標を達成する能力、特に、実行機能が子どもの将来に与える影響が強いことを示しています。非認知スキルのなかでも特に重要なスキルと言っていいかもしれないと森口氏は言います。最近では、実行機能は、認知的スキルからも他の非認知スキルからも独立した、特別なスキルだと考えられつつあるそうです。そういう意味でも、実行機能が特別な存在であることがわかるというのです。

実行機能の重要性をわかりやすい形で示したのが、これも何度も紹介しているアメリカの故ウォルター博士によって進められたマシュマロテストについての研究です。非認知能力、実行機能、感情抑制力について考察すると、必ず出てくるのが、ヘックマンのペリー幼稚園の研究と、マシュマロテストですね。

三つの能力” への7件のコメント

  1. 不勉強なのでわからないだけなのですがペリー就学前教育やアベセダリアン就学前教育においては具体的にどんなプログラムが子どもたちに提供されたのでしょうか。子どもたちはそうしたプログラムで何を経験したのか、ということです。具体的にどんな経験体験を子どもたちがしたのか?「10歳頃にはプログラムを受けたグループと受けていないグループのIQの差は見られなくなりました。」これはおもしろいですね。学校の先取りをしても、あるいはバイリンガル家庭でもないのに就学前に英語を習っても、10歳過ぎたころにはおそらく「差は見られなくなりました」ということになるような気がします。それよりも何よりもの自分の周りの事象に興味関心好奇心を持つことが肝要だと思っています。上記の州が前教育でもそれらのことが大切にされていたのではないでしょうか。「他者とうまくつきあう能力、自分の感情を管理する能力、目標を達する能力の三つ」そして実行機能。どうやら人生において成功するにはこれらのことが必要不可欠なのでしょう。

  2. 目標を達成する能力の重要性を再確認できました。以前紹介されていた「虹を見たければ雨を我慢しなくちゃね」という言葉が頭を離れません。そう考えると、人生のほとんどが、目標を達成するために選択していることのようにも感じます。仕事で成功を収めたい、だから目の前の仕事を全力で取り組む。あの人と友好関係を築きたい、だから積極的に会話をしていこう。あそこの美味しい料理が食べたい、だからわざわざ遠い地方への道のりも我慢できる。よいプレゼンをしたい、だから時間をかけてより多くの資料を集めて練習をする。痩せてあの洋服に似合う人になりたい、だからチョコではなく昆布にしよう。というように、すべて「〇〇したい」という欲求から始まっているわけで、まずはその欲求を受け入れられる経験がないと、その実行機能は育まれにくい印象をうけました。

  3. イチローが学生に「厳しい教育ができない時代になってきて、教えられる側の立場が強くなった。だからこそ、自分で自分を鍛えるしかない」と伝えており、これからは自分自身をコントロールしていかなくてはいけない時代に入ったことを痛感しました。
    管理型の教育では、管理している側がいなくなった時に好き放題にできてしまいます。厳しい保育者がいる時は静かな子ども達が、その保育者がいなくなったら静止ができなくなるような場面は沢山見てきました。
    一斉指導は厳しく見えますが、実際は管理されている方が楽で、自分で考えることの方がとても辛く厳しいことに気がついていない人が多いと思います。これからの時代を生き抜くためにはやはり実行機能が重要ですね。

  4. 「目標を達成する力」というのは認知でも非認知でもなく、新たな別枠として考えられつつあるということなんですね。それだけ大切な能力だということになります。考えてみれば、目標を達成するためにしていることは多くあるように思います。旅行に行きたいためにお小遣いからいくらかずつ貯金する、週末お酒を飲むために毎日の仕事をがんばる、などなど自分に置き換えてみてもまだまだあるのではないかと思います。そして、それらは好きなものを受けとるために、というような構図になるのでしょうか。思いついたものがそのようなものばかりでした。そのためには好きなものがあるないといけませんね。自分を見つめていく能力が必要な気がしました。

  5. まさに「後伸びする力」をどうつけるのかということがペリー就学前教育から見えてきますね。非認知スキルが「他者とうまくつきあう能力、自分の感情を管理する能力、目標を達する能力」とあります。逆にいえば、これらの経験できる環境をどう作ることができるのかが乳幼児教育において重要になってくるのですね。これまでの保育を見ていても、「できることを増やす」ということが目的にされていることが多く、「できることをもっとやりこむ」というのはどこか後回しにされることが多いように思います。以前、アグネス・チャンさんが自分の子どもが勉強できるようになったのは、「できない教科を頑張ってやらせる」のではなく、「得意な教科を伸ばせば、他の教科も伸びてきた」ということを言っていました。確かに好きなことをやりこむことはそれ自体が自信になり、楽しみになり、次のモチベーションにもつながってくることだと思います。日本では理想とされながらも、なかなかそれができない考え方ですが、乳幼児期こそ、こういった経験がより多くできるような環境を作ることが、その先の「後伸びする力」につながるのだと思います。

  6. 他者とうまく付き合っていくスキルとは具体的にはいったいどういったものなのか考えてみました。今現在の私のクラスで友達が多い子の特徴を踏まえると、ごめんなさいを自分から言える子が1つの例として挙げられます。これは決してその言葉を言えるか否かではなく、他者の気持ちを察して自ら謝罪の姿勢を相手に見せることができるかどうかだと思います。そしてその能力を持っている子は一様に泣いている子を見るとティッシュを持ってきてくれたり寂しそうにしている子を見つけると励まそうとしたりと共感能力が高いのです。

  7. IQを高める教育に一時的な効果しか見られないのは、試験前に一夜漬けをして臨む感覚に近いような気がしてとても納得してしまいます。それでもその教育が最前線にあるのは、その教育しか目にしていない人が教育者になるという流れが変わらないからかもわかりません。非認知スキルというものがこういう教育を通して、保育を通して育まれるということを目の当たりにしたら、きっと今の価値観や、教育観なんて変わってしまうのに、と思えてきてしまいます。

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