青年期の変化

幼児期に著しく発達した実行機能は、感情面も、思考面も、小学生の間に緩やかに発達を続けるようです。このことをふまえると、青年期以降も実行機能は右肩上がりで発達していくように思います。しかし、近年、実行機能が、青年期に不思議な変化を示すことが報告されるようになったそうです。どのような変化が見られるか、森口氏は説明をしています。

20世紀初頭のアメリカの心理学者ホールは、青年期を「疾風怒濤の時代」と表現したそうです。誰でも思い起こしてみれば、10代半ばから後半にかけては、特別な時期であったと振り返るでしょう。小学校から続けていたサッカーを高校の途中でやめて、明らかにきつそうなラグビー部に入ったり、青春きっぷで旅をして、ホテル代を浮かすために野宿したのに、朝起きたら財布をスラれたことに気づいたりと、今考えても何でそんなことをしたのだろうと不思議に思うエネルギーと衝動性に突き動かされていたことを森口氏は思い返しています。そのような思い出は、誰にでも経験があると思うと彼は言います。

心理学では、10代前半から20代序盤にかけての時期を、青年期と言います。青年期は、人間において大きな特徴がある時期だと言われています。特に、体と脳に大きな変化が起こると言われているのです。保健体育の授業で第二次性徴が取り上げられたことを覚えている人もいるでしょう。女性らしい体つき、男性らしい体つき、などのように、身体的な変化が取り上げられることも多いですが、この時期には心や脳、行動にも大きな変化が訪れると言います。

どのような変化があるのでしょうか。これまで心理学で注目されてきたのは、若者が自分とは何かを考え始めるという点だそうです。他の誰でもない、友達とも親とも違う自分という感覚、それをアイデンティティというのですが、それを身につける時期なのです。勉強や恋愛、就職などに直面し、自分は何者で、自分には何ができるのか、悩みます。しかし、森口氏は、青年期の別の特徴に焦点を当てて説明をしています。それは、リスクのある行動を好むという点です。児童期や成人期と比べて、若者は暴力や窃盗などの衝動的な犯罪や、酒やタバコ、ドラッグ摂取のような危険な違法行為に興味を示すようになると言います。盗んだバイクで走り出し、非常に荒い運転をする若者や飲みなれぬお酒を飲む際に、仲問の手前、一気飲みをする若者もいるかもしれません。最初は少し悪ぶった程度の行動がいつしかエスカレートして、命を落とすことすらあります。この時期に実行機能はどのように発達するのでしょうか。

自分をコントロールする力である実行機能には二つの側面があることは説明しました。まずは、思考の実行機能についてです。思考の実行機能は、幼児期に著しく発達すること、児童期にも緩やかな発達が続くことを説明しました。実は、思考の実行機能は、青年期から成人期にかけても、引き続き緩やかな発達をするようです。ミネソタ大学のゼラゾ博士らは、以前紹介した切り替えテストを3歳から15歳までの子どもに実施し、成績を比較したそうです。その結果、ルールを柔軟に切り替える能力は、幼児期に急激に発達した後に、児童期から青年期に至るまで、緩やかな発達を-続けることが明らかになりました。ハンドルの使い方は、青年期も徐々にうまくなっていくようなのです。

欲求のコントロール

調査では、選択肢を二つ用意し、片方の選択肢は今すぐもらえるシール1枚、もう片方は後でもらえるシール4枚です。幼児にこの選択を迫り、その選択の際の脳活動を測定したのです。このテストも、後で多くのシールをもらうために、今すぐもらえる少しのシールを欲しい気持ちを制御するという意味で、マシュマロテストと類似したものです。

その結果、幼児でも、前頭前野がブレーキをかけていることが明らかになったそうです。ただ、大人では、欲求のコントロールに成功した場合に外側前頭前野が活動するのですが、幼児では、欲求のコントロールに失敗して今すぐもらえるシール1枚を選んだ場合に外側前頭前野の活動が強いことが示されたそうです。これは、幼児はブレーキをかけようとしているが、うまくかけられなかった可能性があることを示していると考えられます。

ブレーキが上手になるのは児童期以降です。カリフォルニア大学バークレー校のバンジ博士らの研究では、7歳から9歳の子どもが、報酬系回路にブレーキをかけられるかどうかを調べたそうです。この研究では、実験中に今すぐクッキーを1枚もらうか、実験後に2枚もらうか、という選択肢が与えられ、その間の小学生の脳活動を計測したのです。その結果、実験後に2枚もらうという選択をした子どもは、大人と同様に、前頭前野の一部が報酬系回路の働きにブレーキをかけることが示されているそうです。

全体的に整理すると以下のようになると森口氏は整理しています。まず、5歳くらいまでは、子どもは前頭前野をうまく働かせることができず、報酬系回路の働きをコントロールできません。5歳児頃から少し前頭前野を働かせることができますが、まだまだ十分ではなく、小学校に入ったくらいから報酬系回路の働きを抑えることができるようになるのです。

このように、感情の実行機能の脳内機構にも、前頭前野が関わるようです。そこで、森口氏は、最後に、これらの脳内機構に共通部分があるのかという点に触れています。

人間の脳において前頭前野が占める割合は30%程度だそうです。前頭前野は細かくさまざまな領域に分かれます。そのため、思考と感情のどちらの実行機能にも前頭前野がかかわっているとはいえ、全く同じ脳の領域がかかわっているわけではないといいます。また、脳にはネットワークとしての特性があることを森口氏は説明してきましたが、感情の実行機能と思考の実行機能では異なったネットワークが関与していると言います。

感情の実行機能には、外側前頭前野や報酬系回路が協調して活動することでかかわっていますし、思考の実行機能には外側前頭前野、後部頭頂葉などの領域が関与しています。両者の脳内機構が異なることは、とても重要なことなのです。

乳児期から児童期くらいまでの実行機能の脳内機構について以下のように森口氏はまとめています。

・感情の実行機能の脳内基盤は、アクセルは報酬系回路、プレーキは外側前頭前野

・思考の実行機能の脳内基盤は、外側前頭前野と頭頂葉を含む中央実行系回路

・前頭葉は青年期から成人期まで長い時間をかけて発達する

・ただ、乳児期から前頭葉は機能しており、幼児期からその活動が強まる

中央実行系回路

青年期から成人期にかけて、前頭前野と頭頂葉のような、比較的距離のある脳領域同士のネットワークが形成されるのだそうです。遠方に住む友人との付き合いということになると森口氏はいうのです。つまり、学校の友だち同士の付き合いしかない子ども期から、遠くも気の合う友人との付き合いを大事にする青年期や成人期というように変化をしていくのだというのです。友人関係も実際にそうだと森口氏はいうのです。

このことは、思考の実行機能の脳内機構にもあてはまります。頭頂葉が思考の実行機能に関与してくるのは、児童期から青年期頃です。西オンタリオ大学のモートン博士らが切り替えテストを行っている際の脳活動を見てみると、小学校高学年の子どもは、外側前頭前野と頭頂葉を活動させていたそうです。

つまり、外側前頭前野と頭頂葉を含む中央実行系回路が思考の実行機能を支えるようになるのは、児童期から青年期のようです。そして、中央実行系回路が関与することにより、児童期以降では幼児期よりも効率よくルールの切り替えができるようになるというのです。青年期以降も中央実行系回路は発達が続き、成人期になってようやく完成します。中央実行系回路が発達するには非常に長い時間がかかるというのです。

思考の実行機能の発達について森口氏は、以下のようにまとめています。

乳児期から、外側前頭前野は活動しています。幼児期には、思考の実行機能が著しく発達し、その発達は外側前頭前野の働きが活発になることと関連しています。児童期以降には、外側前頭前野と頭頂葉を含む中央実行系回路が思考の実行機能に関与するようになり、思考の実行機能の、ネットワークが出来上がるのです。

では、感情の実行機能についてはどうでしょうか。特に、子ども期には報酬系回路はどのような働きを見せるのでしょうか。次にそれについて森口氏は説明をしています。

報酬系回路は前頭前野よりも早い時期、生後間もない時期から形成されていることはわかりました。報酬系回路は、食べ物の獲得などの本能的欲求と関連するものであり、生命の維持には欠かせません。しかし、その報酬系回路にプレーキをかける前頭前野は、赤ちゃんでは十分に発達していません。では、前頭前野が報酬系回路にプレーキをかけることができるようになるのはいつ頃でしょうか。森口氏らは、3歳から6歳の幼児を対象にした研究を実施したそうですました。

この研究では、シールをご褒美として用いています。子どもの研究において、何をご褒美にするかは常に悩みの種だと森口氏はいいます。マシュマロを子どもが全員好きなわけでもないですし、チョコレートは保護者の方がいい顔をしません。そもそも、アレルギーの問題から、食べ物を使うこと自体難しくなってきたといいます。そこで、食べ物以外の有力な選択肢がシールだといいます。子どもはシールを集めるのが好きですし、シールを楽しそうに貼ります。子どもたちの動機づけを高めるために、人気キャラクターのシールを数種類用意し、そのなかで子どもに好きなシールを選んでもらったそうです。

切り替える

fMRIという装置は帽子のようなものなので、帽子を被るのがきらいな子どもの場合は拒否することもありますし、一度つけても外してしまう子どももいるそうですが、当然、こういった研究はあくまで子どもの協力という形で実施されるので、本人の同意が得られない場合はその意思を尊重するそうです。そのため、彼らの研究の場合、この装置をいかに子どもに納得して快適につけてもらえるかが非常に重要であると言っています。その点に一番腐心しているそうです。

森口氏らは、fNIRSという装置を使って、思考の実行機能が急速に発達する3歳から5歳までの脳の発達を調べてきたそうです。以前紹介した切り替えテストを用いて、このテスト中の子どもの脳機能の発達を調べているそうですます。この課題では、3歳児はうまくルールを切り替えられないこと、5歳児になるとルールを上手に切り替えられることが示されているそうです。

3歳児と5歳児の脳活動を計測すると、ルールを上手に切り替えられる5歳児は、外側前頭前野を強く活動させていることが明らかになったそうです。また、3歳児では、ルールを上手に切り替えられ子どもとそうでない子どもがいたため、それぞれの脳活動を調べてみたそう。その結果、ルールを上手に切り替えられる子どもは外側前頭前野を活動させていたのに対して、ルールを切り替えられない子どもは外側前頭前野を活動させていなかったそうです。つまり、ルールの切り替えには、外側前頭前野の働きが関与していると森口氏はいうのです。

森口氏らは、さらに、3歳のときにルールを切り替えられなかった子どもに、9カ月後に再び研究に参加してもらい、実行機能の発達と外側前頭前野の働きの関係を調べたそうです。この研究では、3歳のときと同じテストをやってもらい、その際の脳活動を調べています。その結果、3歳のときにはルールの切り替えができなかった子どもも、9カ月後にはルールを切り替えることができるようになったそうです。また、脳の働きについては、3歳のときには活動していなかった外側前頭前野が、9カ月後には活動していたそうです。

これらの結果から、3歳から5歳頃にかけて、外側前頭前野の働きが活発になることによって、実行機能が著しく発達することが明らかになったそうです。3歳から5〜6歳で子どもの実行機能が急速に成長するのは、この時期に外側前頭前野が発達するためだからです。

しかし、思考の実行機能と関係するのは、外側前頭前野だけではないからです。大人の思考の実行機能には、外側前頭前野と頭頂葉から構成される中央実行系回路が関与しているからだと考えられています。この回路は子どもの思考の実行機能にどのように関与しているのでしょうか。

このことを考えるために、そもそも、中央実行系回路のような、複数の脳領域を含むネットワークがどのように発達するのかを理解する必要があると森口氏はいいます。子どもの間は、複数の脳領域を含むようなネットワークは十分にできあがっていないそうです。近い脳領域同士でネットワークを作っているのだそうです。いわば、ご近所さん同士の付き合いのようだと彼は比喩しています。

子どもの脳

実は、数十年前までは、前頭葉は子どものときには働いていないと考えられていたそうです。これは、前頭葉が、青年期や成人期頃までに十分に出来上がっていないことが示されているためだそうです。しかし、最近の研究は、赤ちゃんの頃から、前頭葉が働いていることが示されているそうです。

以前紹介した、動物向けの実行機能テストと同じテストを使って赤ちゃんの前頭葉の働きを調べてみたそうです。このテストでは、不透明なコップを二つ赤ちゃんの前に並べて、コップの片方(コップA)に玩具を隠します。9カ月くらいの赤ちゃんであれば、隠された玩具を正しく探すことができます。これを数回繰り返します。その後、今度は、もう一つのコップ(コップB)に玩具を隠します。隠した後に、10秒程度、赤ちゃんを待たせます。その後に、赤ちゃんに探索させてみます。このテストで、9カ月頃の乳児はコップAを探してしまいますが、12カ月くらいになると正しくコップを探すことがてきるようになるそうです。

このテストには、コップAを探した後にコップBを探すことに切り替える能力が必要となります。思考の実行機能の種のようなものだと森口氏はいうのです。このような発達に、前頭葉の働きがかかわっていることが明らかになっていると言うのです。

この研究が行われた当時、赤ちゃんの脳活動を調べるための方法は十分でなかったので、サルを用いて研究を行ったそうです。この研究では、イェール大学医学大学院のゴールドマンラキッチ博士らのグループが、健常なサル、外側前頭前野を切除したサル、頭頂葉を切除したサルがこの課題で正しく探索できるか調べました。その結果、健常なサルと頭頂葉を切除したサルは正しく探索できたのに対して、外側前頭前野を切除したサルは正しく探索できないことが示されたのです。つまり、正しく探索するためには、外側前頭前野の働きが必要だということです。

このような研究結果を踏まえると、大人と比べるとまだまだ未熟ですが、赤ちゃんにおいても、前頭葉はしつかりと働いているようだといいます。

では、子どもの脳の働きはどのように調べるのでしょうか。脳活動の調べ方としては、健康な大人の場合だと機能的磁気共鳴画像装置であるfMRIを使うことが一般的です。それは、この装置では、実際の脳を触ることなく、脳の血流量の変化から、脳活動を調べることができるからです。しかし、この装置では、実験参加者は、暗く、大きな音が鳴る、密閉された空間のなかに、体を動かさずに数十分間い続けなければなりません。そのため、子どもを対象にこの装置を使って脳活動を測定するのは容易なことではないのです。そこで、森口氏らは、fMRIと同様に、脳の血流量を利用して脳活動を推定する、機能的近赤外分光装置であるfNIRSを用いているそうです。この方法は、fMRIよりも精度は落ちるそうですが、子どもに用いやすいという大きな利点があるそうです。この装置では、密閉した空間にいる必要もなく、うるさくもなく、体を固定する必要もないそうです。この装置を用いることで、子どもの脳の働きを調べることができるというのです。

脳の中では何が?

これまで見てきたように、感情の側面であれ、思考の側面であれ、実行機能には、前頭前野が重要な役割を果たしているようです。そのため、実行機能の発達には、前頭前野の発達が深く関連しています。では、前頭前野はいつ、どのように発達するのでしょうか。森口氏はこう説明しています。

脳を構成する神経細胞は出生後には、一部の領域を除いて、基本的には増えないそうです。脳の発達とは、脳を構成する細胞が増えることではないからです。それでは、脳が発達する際に、何が起こっているのでしょうか。現在ではいくつかの仕組みがあることがわかっているそうです。重要なのが、神経細胞同士のつながりだといいます。脳は神経細胞同士がさまざまにつながって、ネットワークを形成しています。このネットワークが、生後の経験によって、変化していきます。

生まれたばかりの赤ちゃんの脳において、神経細胞は、周りにある多くの他の神経細胞と広範な、ネットワークを作ります。近いもの同士でつながりを作るのです。一度そのようなネットワークを形成した後に、生後の経験を経るなかで必要なネットワークだけ残していきます。つまり、最初はあちこちにネットワークを張り巡らせて、ピークに達した後は特定のネットワークだけ残していきます。これが最近私がよく話をする過形成と刈り込みです。

森口氏は、イメージとして、言葉の発達について説明をしています。これも世界的によく知られていることですね。日本人の大人は、LとRの区別ができません。チャーハンという意味のFried Riceと焼いたシラミという意味のFried Liceの区別ができないなどの笑い話があるくらいだといいます。ところが、実は、生後6カ月くらいの日本人の赤ちゃんは、LとRの区別が容易にできると言われています。赤ちゃんは、自分が生まれてくるところを選べないため、生まれた直後はどの言葉にも対応できるようになっているようです。日本人であればその後日本語を聞き続けることで、1歳前くらいにLとRの区別ができなくなると言われています。

生まれて数カ月間は、言葉を聞くことによって、英語や日本語、アラビア語にも対応できるようなネットワークを形成します。まずは広範なネットワークを作るのです。その後に、日本語を聞くという経験を積むことで、他の言葉のネットワークは不要となり、日本語に対応する脳のネットワークだけを残していくのです。

このようにして、子どもは年齢とともに、育つ環境に合わせた効率の良い脳内ネットワークを作っていくのです。脳内ネットワークの変化が起こる年齢は脳領域で異なるのですが、アクセルにかかわるような報酬系回路は比較的発達が早く、ブレーキや思考の実行機能にかかわる外側前頭前野や頭頂葉は発達するのに長い時間がかかるそうです。なんと、前頭前野の発達は、青年期でもまだ終わっていないそうです。このように、前頭前野がしっかりと働くようになるのは、青年期から成人期にかけてということになると森口氏は言っているのです。

思考の実行機能の仕組み

チューリッヒ大学のハレ博士らによって、長期的に利益になる選択をした場合、ブレーキである外側前頭前野が報酬系回路の活動を抑えることが示されているそうです。つまり、短期的な利益を選択する気持ちを、前頭前野が抑止しているというのです。まさにブレーキによってアクセルの働きが抑えられているようだと森口氏は言うのです。

ブレーキの働きに関連する前頭前野ですが、実はこの脳領域は、ストレスの影響を受けやすいことが知られているそうです。ストレスでブレーキが利きにくくなるというのです。たとえば、とても大変な仕事をしているときには、ストレスがかかり、精神的に追い詰められています。そのようなとき、ついつい、普段は手を出さないようにしているビールやケーキに手を出してしまうことはないでしょうか。ストレスがかかったときのドカ食いも、ストレスによって前頭前野が働きにくくなり、その結果として目の前の報酬である食物に手を出しやすくなったことが一因だと言われています。

前頭前野にある神経細胞は、お互いにさまざまな物質である神経伝達物質をやりとりしています。そのなかでも、ドーパミンやノルアドレナリンという物質は、前頭前野が機能するのに重要な役割を果たしていると言われています。これらの物質が多すぎても少なすぎても、前頭前野はうまく働きません。適度な量が必要なのです。そして、ストレスを受けるとドーパミンやノルアドレナリンの量が前頭前野で増えすぎてしまいます。その結果として、前頭前野の働きが悪くなってしまうというのです。このような仕組みで、ストレスが前頭前野の働きに影響を与えてしまうのです。実行機能の発達という点で重要なのは、ストレスを度々経験した環境で育つと、前頭前野の発達に悪影響があることだと言います。

ブレーキとかかわるのが外側前頭前野でしたが、外側前頭前野は思考の実行機能にも重.要な役割を果しているようです。そこで、次に森口氏は、思考の実行機能の脳内機構を紹介しています。

思考の実行能には、外側前頭前野と頭頂葉の一部領域から構成される中央実行系回路が重要な役割を果たしているそうです。これらの脳領域が協調して活動することによって思考の実行機能を支えていると言います。たとえば、ある研究では、大人を対象に、大人版切り替えテストの際の脳活動を計測したそうです。この課題では、色や形などのルールによって、カードを分けなければなりません。その結果、ルールを切り替える際には、外側前頭前野と後部頭頂葉などの中央実行系回路の主な領域が強く活動することが示されているそうです。

詳しく見てみると、外側前頭前野のなかでも役割分担があるそうです。たとえば、外側前頭前野の一部はこのテストに必要な情報を覚えておくという目標の保持の役割があります。切り替えテストにおいては、今どのルールでカードを分けるべきかという情報を覚えておく必要があります。外側前頭前野の別の領域は、色から形への切り替えなどにおいて重要な役割を果たすのです。

これらの領域が、協調して活動することによって、思考の実行機能を担っているのです。

二つの選択肢

ピッツバーグ大学のコーエン博士らの研究では、大人を対象に、二つの選択肢を与えた際の脳活動を計測したそうです、一つはすぐにもらうことができる、金銭的には少ない選択肢です。たとえば、今日もらえる1000円だとします。もう一つの選択肢は、すぐにはもらえないけれども、金銭的には多い選択肢です。たとえば、1週問後にもらえる2000円だとします。すぐにもらえる1000円を選んだ場合、アクセルの働きを、ブレーキが止められなかったと見なすことができ、1週間後にもらえる2000円を選んだ場合はプレーキで止めることができたと考えることができます。

この研究の結果、すぐにもらえる選択肢、つまり、アクセルが強い選択をする場合には腹側線条体や内側前頭前野などの脳領域が活動し、一方、少し待つ選択肢、つまり、プレーキが利いている選択をする場合には、外側前頭前野などの領域が活動することが明らかになったそうです。厳密には他のさまざまな脳領域も活動していますが、ここではこれらの領域に焦点をあてて森口氏は解説しています。

まず、アクセルと関係の強い腹側線条体という領域は、報酬系回路と呼ばれる脳内機構の一部だそうです。この回路は、脳の深いところにある腹側被蓋野と呼ばれる領域から、腹側線条体を経て、前頭前野などの領域に至るまでの領域を含むと森口氏は言います。

報酬系回路は、食べものを食べたり、セックスをしたりするなどの本能的行動をするとき、もしくは予想するときに活動するそうです。これらの行動は、生物が生き残るためには重要です。食べ物を食べないと死んでしまいますし、セックスをしないと子孫を残すことができません。私たちはこれらの行動に快楽を感じるため、積極的に何度もしようとするのです。特に、これらの回路は、自分にとって価値があるものに対し活動すると言います。森口氏は、こんな例を出しています。天下一品のようなこってりしたラーメンを好きな人もいれば苦手な人もいます。こってりしたラーメンが好きな人の脳内は、こってりしたラーメンを目にしたときには腹側線条体などの報酬系が強く活動していますが、こってりしたラーメンが苦手な人の脳内では報酬系は強く活動していないことになると言います。

最近では、本能的な行動だけではなく、金銭を得ることや、他人によって褒められることにも報酬系は活動することが示されているそうです。たしかに、お金を得ることは嬉しいことですし、他人に褒められれば、悪意を感じない限りは悪い気はしません。一方で、種々の薬物もこの報酬系に作用することが示されているそうです。それらの薬物を断つことが容易ではないのは、脳の報酬系回路を刺激するからだと森口氏は言うのです。

彼は、次にブレーキに関する脳内機構について紹介しています。ブレーキは、前頭前野の外側の領域である外側前頭前野が中心になるそうです。これらの領域の主な役割は、他の脳領域の活動を抑制したり、調整したりすることだそうです。つまり、外側前頭前野は報酬系回路の活動をコントロールするというのです。たとえば、食事の場面を例に挙げています。今日の晩御飯は外で食べることにしました。ラーメン好きな人であれば、大盛りのこってりしたチャーシュー麺を食べるか、それとも、野菜がたっぷりのサラダを食べるかの二択があったとします。前者は、自分にとってラーメン好きにとっては快楽をもたらしますが、脂質も多く、肥満につながります。短期的な利益になる選択肢と言えるでしょう。一方、後者は、自分にそれほど快楽をもたらしてくれるわけではありませんが、健康にはいい食べ物です。長期的な利益になる選択肢と言えるでしょう。そんな時に、脳の中はどのように働いているのでしょう。

脳内の仕組み

感情の実行機能と思考の実行機能は、どちらも幼児期から児童期頃までに発達することがわかりましたが、このような変化はなぜこの時期に起こるのでしようか。森口氏は、次にこのような変化を引き起こす脳内の仕組みについて説明しています。

最近では、テレビや新聞、インタ1ネットの記事などで、脳に関する話をよく見かけるようになりましたが、森口氏は、「脳科学に基づく記憶術」「〇〇をすると脳が若返る」「男女の違いは脳にある」などの多くは科学的根拠が乏しいのですが、脳研究の進展によって一般にも浸透してきたということだと考えています。そこで、彼は、実行機能に関係のある脳について考察しています。

私たちの脳の表面にある大脳皮質は、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉の四つの領域から構成されています。このなかでも、実行機能と最もかかわりのある脳領域は、前頭葉だと言います。前頭葉の重要性については、何度かブログの中でも紹介しましたし、一時ずいぶんと話題になった時期もありました。もともとは、事故などで損傷した患者から示されたのです。最も有名な患者は、フィニアス・ゲージという人物です。この患者は、19世紀の鉄道労働者でした。もともとは、非常に責任感が強く、親しみやすい人物だったそうです。ところが、仕事中に事故にまき込まれ、鉄の棒が頭を貫通してしまいました。何とか一命をとりとめたものの、前頭葉の一部の領域が損傷されてしまったのです。

事故の後、この患者の心に大きな変化が生じました。最も大きな変化は、自分をコントロールすることができなくなったという点です。とても思慮深かったこの男性は、感情を抑えることができず、同僚への気配りもほとんどできなくなってしまいました。このような事例から、前頭葉の働きに注目が集まるようになったのです。

その後の研究で、一部の前頭葉損傷患者は、切り替えテストが苦手であることが示されたそうです。ブログで紹介したテストは子ども向けなので、大人ではもう少し難しいものを用いるそうですが、このようなテストで、前頭葉を損傷した患者は、ルールを切り替えることができないそうです。

このような研究結果から、前頭葉は、自分をコントロールする能力である実行機能の中枢であることが指摘されるようになったのです。前頭葉にもさまざまな領域があるそうですが、前頭葉の前方に位置する前頭前野が、特に実行機能に重要な役割を果たしていることがわかっています。この前頭前野を中心にして、さまざまな脳領域が活動することで実行機能が成立しているのです。

感情の実行機能と思考の実行機能に分けて、具体的に脳内機構を考えます。すると、感情の実行機能には、アクセルとブレーキの二つの側面があることは説明しました。食べ物など自分にとって価値があるものを見たときの欲求に該当するのがアクセルで、アクセルの働きを抑えるのが、ブレーキでした。面白いことに、私たちの脳内に両者に対応する働きがあるそうです。

思考の実行機能のチェック

森口氏は、思考の実行機能のチェックテストを紹介しています。この項目を見ると、どのような力が思考の実行機能なのかがわかります。それは、自分をコントロールする力として設問ができています。

方法は、すべてのチェック項目を、最近6ヵ月間において、子どもの行動に「1.全然あてはまらない」から「7.非常にあてはまる」までの7段階で評価します。全部で13項目あります。

●言われれば、声を落とすことができる

●「ダルマさんがころんだ」のような遊びが上手である

〇指図になかなか従えない

●旅行や遠足に必要なものを考えて準備をすることができる

●待ちなさいと言われれば、新しい遊びに入るのを待つことができる

〇なかなか並んで順番を待てない

〇映画館や教会などでじっとすわっているように言われてもなかなかできない

●笑ったり、にやにやしてはいけないとき、こらえることができる

●指示によく従う

●危険だと言われた場所にはゆっくり、慎重に近づく

〇道路を横切るとき、あまり注意深く慎重ではない

●「ダメ」と言われると、していることをすぐにやめられる

●してはいけないと言われると、たいていその言いつけを守れる

この結果についての計算式はつぎのようです。●の合計得点+ ( 32-〇の合計得点) =全体得点 全体得点÷13 =得点

このチェックテストでは、得点が高ければ高いほど、実行機能が高いということになります。2002年の日本国内のデータによると、就学前の男の子は4.6~4.9点くらい、女の子は4.8~5.3点くらいが平均得点だそうです。ただし、森口氏は、このチェックテストはあくまで目安なので、得点が低いからといってすぐに問題があるというわけではないと注意しています。非常に厳しく評価する親もいれば、子どもに甘くつける親もいるでしょう。相対的に子どもの実行機能が高いかどうかの目安にすればいいのではないかと森口氏は言うのです。

彼は、ここで、実行機能について、次のようにまとめています。

・実行機能には、感情の側面と思考の側面がある

・感情の実行機能は、目標のために欲求や衝動を制御する能力

・思考の実行機能は、目標のために習慣やくせを制御する能力

・両者ともに、幼児期に著しく発達し、児童期には緩やかに発達する

森口氏は、なぜ、実行機能は子ども期に変化するのかという疑問を問いかけます。それは、子どもの脳の発達に答えがあるようだと言います。そこで、彼は、このような変化を引き起こす脳内の仕組みについて考察していきます。