幼児期に著しく発達した実行機能は、感情面も、思考面も、小学生の間に緩やかに発達を続けるようです。このことをふまえると、青年期以降も実行機能は右肩上がりで発達していくように思います。しかし、近年、実行機能が、青年期に不思議な変化を示すことが報告されるようになったそうです。どのような変化が見られるか、森口氏は説明をしています。
20世紀初頭のアメリカの心理学者ホールは、青年期を「疾風怒濤の時代」と表現したそうです。誰でも思い起こしてみれば、10代半ばから後半にかけては、特別な時期であったと振り返るでしょう。小学校から続けていたサッカーを高校の途中でやめて、明らかにきつそうなラグビー部に入ったり、青春きっぷで旅をして、ホテル代を浮かすために野宿したのに、朝起きたら財布をスラれたことに気づいたりと、今考えても何でそんなことをしたのだろうと不思議に思うエネルギーと衝動性に突き動かされていたことを森口氏は思い返しています。そのような思い出は、誰にでも経験があると思うと彼は言います。
心理学では、10代前半から20代序盤にかけての時期を、青年期と言います。青年期は、人間において大きな特徴がある時期だと言われています。特に、体と脳に大きな変化が起こると言われているのです。保健体育の授業で第二次性徴が取り上げられたことを覚えている人もいるでしょう。女性らしい体つき、男性らしい体つき、などのように、身体的な変化が取り上げられることも多いですが、この時期には心や脳、行動にも大きな変化が訪れると言います。
どのような変化があるのでしょうか。これまで心理学で注目されてきたのは、若者が自分とは何かを考え始めるという点だそうです。他の誰でもない、友達とも親とも違う自分という感覚、それをアイデンティティというのですが、それを身につける時期なのです。勉強や恋愛、就職などに直面し、自分は何者で、自分には何ができるのか、悩みます。しかし、森口氏は、青年期の別の特徴に焦点を当てて説明をしています。それは、リスクのある行動を好むという点です。児童期や成人期と比べて、若者は暴力や窃盗などの衝動的な犯罪や、酒やタバコ、ドラッグ摂取のような危険な違法行為に興味を示すようになると言います。盗んだバイクで走り出し、非常に荒い運転をする若者や飲みなれぬお酒を飲む際に、仲問の手前、一気飲みをする若者もいるかもしれません。最初は少し悪ぶった程度の行動がいつしかエスカレートして、命を落とすことすらあります。この時期に実行機能はどのように発達するのでしょうか。
自分をコントロールする力である実行機能には二つの側面があることは説明しました。まずは、思考の実行機能についてです。思考の実行機能は、幼児期に著しく発達すること、児童期にも緩やかな発達が続くことを説明しました。実は、思考の実行機能は、青年期から成人期にかけても、引き続き緩やかな発達をするようです。ミネソタ大学のゼラゾ博士らは、以前紹介した切り替えテストを3歳から15歳までの子どもに実施し、成績を比較したそうです。その結果、ルールを柔軟に切り替える能力は、幼児期に急激に発達した後に、児童期から青年期に至るまで、緩やかな発達を-続けることが明らかになりました。ハンドルの使い方は、青年期も徐々にうまくなっていくようなのです。