基礎の反復

ビアンタと研究チームは、アメリカじゅうの5年生のなかから737のクラスを対象とし、そこに1年生と3年生のクラスも何百か加え、学校で一日のうちに出される課題を観察した結果、ほとんどすべての学校で、生徒たちに出される課題が単純でくり返しの多いもの、基礎的なスキルを際限なく練習するだけのものであることがわかったそうです。協同学習や小グループでの課題である、ターンアラウンドや、ポラリス、WHEELSなどが主軸とする教育戦略は珍しく、こうした活動にあてられる時間は、授業時間の5 パーセントを下回ったそうです。つまり、生徒が批判的思考のような分析スキルや、本を深く読みこむ能力、複雑な問題を解く能力を練習によって伸ばせるチャンスもそれだけ少ないということだと言うのです。生徒たちが何をやっているかといえば、基礎的なスキルに関する教師の講義を聞くか、その基礎的なスキルをワークシートで練習するかです。そうやって時間の大半を過ごしているのです。ビアンタらの報告によれば、平均的な5年生がやらされる基礎的な読み書き計算に関する課題の量は、問題解決や論理思考に焦点を合わせた課題の五倍にのぼるそうです。1年生と3年生では、これが10倍になるそうです。

さらに、中流以上の家庭の子どもが多い学校でさえ基礎の反復が多く、低所得層の子どもが多い学校では状况はいっそう悪かったそうです。中流以上の家庭の子どもが多い学校では、自分が参加を求められる興味深い授業を受けていると思うと答えた生徒の割合は全体の47パーセントで、基礎の反復の授業ばかり受けていると答えた生徒の割合である53パーセントとほぼおなじだったのです。しかし低所得層の子どもの多い学校では、生徒のほぼ全員に近い91パーセントが、基礎的で面白くない授業を聞いていると答えたのです。

アメリカの教育であまりにも広く採用されているこのアプローチが、じつはあたりまえのものではないことには注目しておきたいとタフ氏は言います。ほかの国では、授業の様子はちがっていると言います。1990年代に、。ジェームズ・スティグラーという研究者が国際的な一大ブロジェクトをたちあげ、その一環として、アメリカとドイツと日本の数学教師を無作為に何百人か選び、8年生を教える授業を録画しました。スティグラーはこの研究を要約し、1999年に、ジェームズ・ヒーバートと共著で『日本の算数・数学教育に学べ」(邦訳は2002年、教育出版)という本を刊行しています。スティグラーの発見によれば、日本の数学の授業は、アメリ力の数学の授業とはまったく異なった手順で進められていたそうです。

日本では、新しい数学の項目を教えるとき、たとえば、3 / 5 + 1 / 2のような、分母のちがう分数の足し算を教えるとき、生徒が見たこともない問題を提示し、自分で解いてみるように言います。生徒たちはしばらくのあいだ問題を眺め、頭をかいたり、ときには苦しそうに顔をしかめながら答えを出します。その答えはたいていまちがっています。

次におこなうのは小グループ、またはクラス全体での話し合いをします。ここで生徒たちは回答を比べあい、議論をしながら異なったアプローチをひねりだします。教師は、最後には数学の新しい要素、この場合でしたら、分母の最小公倍数を見つけるという原則を導入できる方向へ議論を誘導します。正しい回答はたいてい教師ではなく、生徒のなかから出てくることが多いのです。そこまでのプロセスで、生徒たちはときには途方に暮れることもあり、ときにはイライラすることもありますが、そこも大事なのです。授業が終わるころには戸惑いも苛立ちも、新しい事柄を深く理解できたという満足に取って代わられるのです。博識な大人から丸ごと教わったのではなく、生徒同士の対話を通じて一から組み立てたのですから。