思慮深い介入

いくつかの実験で、コーエン、ウォルトン、イェーガーは、小さな介入にも力があることを示しました。年上の生徒が帰属意識を持てずに苦労したことを話す短いビデオを見せたり、「しなやかな心」による脳の発達について書かれた雑誌の記事を読ませたりすることで、低所得層の生徒やアフリカ系アメリカ人の生徒のような「ステレオタイプの脅威」にさらされている子どもたちの成績を著しく改善したのです。

実験の根底には、コーエンがイェール大学の助教授だった1990年代後半に開発したテクニックがあるようです。コーエンはこれを「思慮深い介人」と呼んでいます。生徒たちの不安である、先生は自分を個人としてではなく、あるステレオタイプのグループの一員として判断しているのではないかという不安を解消するための短く控えめなやりとりです。貧困層の生徒と教師の関係は、お互いに不信感を持ったり、敵意さえあったりと、往々にして問題をはらんでいることが多いようです。この問題は、教師が生徒の取り組みを批判するときにとくに深刻になるのです。教えるという行為のなかで批判は避けて通れないものですが、不利な状況に置かれてきた生徒にとってはこれが信頼の問題としてのしかかるのです。この教師が勉強のやり方を批判してくるのは、改善の手助けをしてくれようとしているからなのでしょうか、それともこちらに対する敬意かないからなのでしょうか?この教師は味方なのでしょうか、敵なのでしょうか?恵まれた環境で育ってきた生徒なら、この疑問に、そもそもこの手の疑問が頭に浮かんだとしてもたいていは軽く肩をすくめ、こう思うだけだろうと言います。「教師にどう思われようと、気にすることなんかないじゃないか。」

しかしずっと不利な状況に置かれてきた生徒にとっては、とくに幼少期の逆境によってストレス反応システムの発達が不充分な子どもたちの場合には、この疑問が差し迫った、きわめて重要なものに感じられ、学校生活に多大な影響を及ぼしてしまうのです。

コーエンとその同僚、ジュリオ・ガルシアがおこなった2006年の画期的な実験では、ニューイングランド郊外のミドル・スクールで、こうした不安を解消するために考えだされた「思慮深い介入」が、成績の悪い7年生のグループを対象に導入されたそうです。生徒たちに、自分にとってのヒーローについて作文を書くように言いました。作文は担任によって添削され、普段どおり、余白に疑問点や提案が書きこまれました。

その後、コーエンとガルシアは生徒を無作為に対照群と処置群に分けました。そして添削済みのそれぞれの生徒の作文に、教師の手書きの付箋紙をつけたのです。対照群の付箋紙にはこう書いてありました。「作文に対するフィードバックとして、コメントを書きこみました」ごくあたりまえのつまらない説明です。一方、処置群の付箋紙はもう少し面白いものでした。こちらには、高い期待を寄せていること、また、生徒がきっとその期待に応えられると確信していることを示すメッセージが書かれてあったのです。これは、コーエンが発見したところによれば、属性に不安のある生徒にとって最も効果のある、思慮深い介入方法でした。表現そのものはいたってシンプルです。「作文にコメントを書きこんだのは、きみに大いに期待しているから、そしてきみがそれに応えられると思ったからです」と書かれたのです。