怒りの制御

BAMではグループ討論やロール・プレイを用いて、生徒が怒りを制御する方法を身につけることを目指します。参加者は全員が10代の少年で、とくに中退の可能性が高いか、刑事事件に巻きこまれる危険性が高いという理由で選ばれた者たちだそうです。ルドヴィグは何回かランダム化比較試験をおこなってBAMを評価しています。そして、このプログラムのおかげで参加者が暴力的な犯罪に巻きこまれる確率が44パーセント減少し、それと同時に参加者の成績、出席率、卒業の予測値が改善されたことを明らかにしました。この成果は、ストレスに満ちた生活を送る子どもに欠けている重要な精神機能である、衝動のコントロールや、攻撃的な感情を上手に管理する能力に影響を与えることから生まれているようだったのです。

昨春、シカゴのウエストタウン地区にある高校「ロベルト・クレメンテ・コミュニティ・アカデミー」の教室で、2年生8人とグループ・リーダーのプランドン・べィリーズがBAMの一環として話し合いをおこなう場にタフ氏は同席したそうです。生徒は全員がアフリカ系かラテンアメリカ系で、実にさまざまな外見をしていたそうです。一人は首にギャングのタトウーを入れていたそうです。べつの一人は、前屈みに座り、ぼさぼさのドレッドへアが顔を覆っていたそうです。ゴス風のヘアスタイルのべつの二人は、こんどの週末にマコーミック・プレイスで開催されるコミックのイベントに行くという話で盛りあがっていたそうです。リーダーのべィリーズは28歳で、セラピストとしての訓練を受けており、背の低いがっちりした体つきとエネルギッシュな様子がまるでレスラーのようだったそうです。べイリーズは週に一回おこなわれるこのミーティングのリーダーを二年間務めてきましたが、気さくに、それでいて堅実に討論をさばいていたそうです。

会のメンバーの「チェックイン」ではじまり、まずは各自がその日の肉体、知能、精神、感情の状態を説明します。その後の50分間は、べィリーズのおおまかなガイドに従い、「“箱”の外」に出るにはどうしたらいいか、どういう決断が必要かというテーマに沿って話し合いが進みました。テーマそのものがゆるいおかげで、さまざまな話題が出てきたそうです。ィリノイ州を出て大学に行くのはどんな気分かとか、メンバーのひとりであるラシッドの身に起こったこととかでした。ラシッドは先週末、祖母の家からコンビニエンスストアにチョコレートを買いに向かっていたときに、二人の男に襲われたそうです。グループの若者たちはつねにお互いの目を見て話すわけではありませんでしたが、グループのメンバーやべイリーズに対して抱いている絆や信頼ははっきり見てとれたそうです。

ミーティングのあとに二人で話をすると、ベイリーズはこういっていました。この学校ではいま観察したグループのほかに四つのBAMのグループを見ているそうですが、若者たちの多くが過去・現在両方の重大なトラウマに立ち向かおうとしている、と言っていました。ベイリーズはこの後、校長室へ向かいました。担当するグループのうちの一人で、自分の体を焼いたり切ったり、体を傷つけることで心の痛みを感じなくしようとした生徒のカウンセリングをするためでした。タフ氏が見学したミーティングは、表向きは形式ばらない話し合いの場のように見えましたが、ベイリーズにとってはグループセラピーに近いものだったのです。ときにはゲシュタルト療法を取りいれ、エンプティ・チェアの手法といわれる、参加者の若者が、父親の代わりのからっぽの椅子に向かって話をする手法を用いることもあるようです。彼らの人生にきわめて強い影響を及ばしている「父親から受けた傷」に対処するのを助けるためだというのです。

怒りの制御” への6件のコメント

  1. BAMのロールプレイには、「チェックイン」と言われる、各自がその日の肉体、知能、精神、感情の状態を説明するルーティンがあるとのことで、子どもたちが客観的に自己を見つめる機会を設けようとしていることが読み取れます。保育園の場面でも、保育者は何か問題があった時に子ども自らで行動をふり返ってもらうよう促しますが、その循環というのは感が高ぶっているせいか、あまり効果を示しません。しかし、チェックインのように日頃から自分の状態を自分で把握する習慣によって、自分の良い状態を知る機会が増えていきます。そして、もしこの町を出て大学に入ったらなどの想像させることは、過去に失った未来への希望や意欲を再び駆り立てる効果もあるように感じました。

  2. BAMの取り組みは参加した若者たちをポジティブシンキングの方に向かわせる、素晴らしい取り組みです。米国のアフリカ系とかラテンアメリカ系の若者、と聞くと直観的にネガティブなイメージを抱いてしまいます。完全に刷り込まれていますね。ベイリーズのグループ参加者の服装等の描写がありましたが、何だか怖いな、とイメージしてしまいます。これは偏見ですね。参加した彼らは「衝動のコントロールや、攻撃的な感情を上手に管理する能力」を培い、「絆や信頼」を自分たちのものにしていく。ベイリーズのファシリテーションが上手なのでしょうね。回を重ねるごとに若者たちは変わっていく様子を想像できます。「若者たちの多くが過去・現在両方の重大なトラウマに立ち向かおうとしている」このことは日本の若者たちの何人かにも当てはまるでしょう。できれば「重大なトラウマ」を持たずに成長していける社会を形成していかなければならないと思います。子どもたちに関わる私たち大人には、子どもたちが「トラウマ」を持たずに大人になる途を歩めるよう環境設定していくことが求められています。

  3. 仲間や周りにいる人との絆や承認されるという関係性を持つことも、衝動のコントロールや攻撃的な感情を上手に管理する能力に影響を与えるということでしょうか。また、そこには明白な関係性はなく、その場を共有するということでも、信頼関係や絆はできていくのですね。一対一の関係だけではなく、社会的に存在が認められることが精神機能においても影響があるということが分かります。確かに社会的に孤独を感じている人や疎外感を感じてしまう人がニュースになるような問題を起こしているようにも見えます。「社会における孤独や孤立」というのは今の社会では珍しいことではありません。コミュニケーション能力の低下というのも、こういったところにあるのかもしれません。職場でのメンタルヘルスであったり、教室でのメンタルヘルスであったり、今の現場で求められているのは、やはり授業だけの問題ではなく、もっと違うところに時間がかけられる枠組みが必要とされているのを感じます。

  4. 自分で自分のことを客観視してその日の状況や感情、肉体的なものを発言する機会というのは、自己を振り返り、別の角度から見つめてみようと自らがする良い機会となっていることがうかがえました。何かあって頭に血がのぼってしまう時というのは、そのようなことができにくい精神状態であるのではないかと思いますが、自己を振り返る習慣が身につくことで、精神を鎮めるようなことになるのではないかと思います。それと、自分の落ち着いた時はこのような状態だ、ということを把握することができるのではないか、把握できることで興奮状態の精神の持って行きどころが自分で理解できるようになるのではないかと感じます。

  5. ここでもやはりといってはなんですが、集団が登場するんですね。カウンセリングやセラピーと聞くと一対一をどうしても想像してしまいますが、集団に入れ込み、帰属意識や絆を感じることで感情を制御する力がつくというのはとてもためになります。この前夕方母親にあいたくて寂しくて泣いていた女の子の回りに集団を作ることで泣き止んだことがあり、よく先生の言われている集団は母親の代わりを時として務める、を実際に体験した出来事でした。

  6. 2年生8人、書かれている様相から、対面して話し合うことなど心の臆病さが突出してしまいそうな想像が働いてしまいますが、皆本当は話し合いたい、心の内を聞いてもらいたい、という欲求を、むしろそういう境遇の人達こそ強く抱いているものなのかもわからないと思えてきます。保育や教育に携わるからこそ思うことなのかもわかりませんが、だからこそ担当制や担任王国と呼ばれるような教育システムには無理があるのではないかと思うのは、話を聞いて欲しい子が沢山いた場合に、一人ではフォローし切れないと思うからです。チームであれば、補い合えます。ブログの中の生徒は高校生ですが、それが幼少期、小学校の子たちであるなら、尚更だと思えてきてしまいます。

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