しなやかな心

ポジティプな心のありように貢献する環境をつくろうとするとき、教育者が頼れる道具箱はふたつあるとタフ氏は言います。一つめの道具箱は「人間関係」です。生徒にどう接するか、どう話しかけるか、褒美と規律をどうやって与えるかです。二つめの箱は「学習指導」です。何を教えるか、どう教えるか、生徒の習得度をいかに評価するかです。タフ氏は、学ぶ環境を強化することによって低所得層の生徒たちの成果を改善してきた例をいくつか挙げています。人間関係をターゲットにしたものもあります。学習指導に焦点を合わせたものもあります。先に論じた幼少期の支援についてもそうだったように、どれも完璧ではないと言います。しかしすべてを考えあわせることで、逆境にある生徒たちが学校で成功するためにはどう支援するのが最善か、おおまかなガイドラインのようなもの、基礎をなす原則のようなものが見えてくるのではないかと言うのです。

2000年代のなかば、ディヴィッド・イェーガーが心理学を研究する院生としてスタンフォード大学に入ったころ、同大学には教育心理学の著名人が何人もいました。「ステレオタイプの脅威」の発見で有名なクロード・スティール。生徒のマインドセットの研究で有名なキャロル・ドウェックです。

「ステレオタイプの脅威」は、一般に自分の属性にとって苦手とされる場所にいる個人は、その属性に関する不安が引き金となって実力が発揮できない場合がある、とする理論です。たとえば、工学部で学ぶ女性は男性よりも能力が低いと感じ、一流大学に通うアフリカ系の学生はほかの人種の学生より劣っているように感じることがあるという考え方です。

一方、ドウェックの発見は、生徒は自分の能力に関する暗示的、明示的なメッセージに強く影響される、というものでした。知能とは持って生まれた財産であってほとんど変化しない、という考えを植えつけられた生徒たちは、ドウェックのいう「凝りかたまった心」を持つようになり、知能の欠如をさらす可能生のあるむずかしい言題からは腰が引けてしまうのです。反対に、がんばれば知能は伸びるという、「しなやかな心」をつくるメッセージを取りこむと、生徒たちはより大きな課題、より難度の高い問題に取り組むようになるという考え方です。

スタンフォードに入るまえ、イェーガーはオクラホマ州タルサの低所得地域の学校で英語を教えていました。そのため自分の研究を、教師が生徒たちの人生をよりよいものにするために現場で使えるかたちにしたいという強い思いがあったそうです。現在もテキサス大学オースティン校の教授として、教育心理学の発見を教室に生かす道を切りひらこうとしているそうです。

イェーガーは、幼少期の逆境の神経生物学的な影響に加え、困難な環境で育っことで子どもたちの世界の受け止め方は大きく影響される、という前提で研究を進めているすです。イェーガーの説明によれば、ごく幼い時期に逆境を経験すると、子どもたちは挫折したときに自分を責め、他人の行動を敵意や偏見の表れとみなし、自分に何かよいことが起こってもどうせ長つづきしないだろうと思うようになると言います。ここ何年か、イェーガーはスタンフォード大学の二人の教授、ジェフリー・コーエンとグレゴリー・ウォルトンと共同で、こ、うしたものの見方をする若者たちへの介入方法を調査しているそうです。

しなやかな心” への9件のコメント

  1. 今日、息子と話していて、教室の担任の影響、というのはやはりあるのだ、と認識しました。自分自身のことを振り返っても、確かにそういうことはあったな、と気づくのです。就学前においては、担任の先生より、自分を取り巻く周囲環境、友だちであったり、モノであったり、遊びのダイナミズムを引き出す空間的環境だったり、こうした環境が影響を及ぼすでしょう。ところが、教科主義になると、教えてくれる先生だったり、クラス担任だったり、が子どもたちの学習や行動に影響を与えることがわかってきます。「困難な環境で育っことで子どもたちの世界の受け止め方は大きく影響される、・・・ごく幼い時期に逆境を経験すると、子どもたちは挫折したときに自分を責め、他人の行動を敵意や偏見の表れとみなし、自分に何かよいことが起こってもどうせ長つづきしないだろうと思うようになる」というところを読んで、日本の若者たちが自尊感情を持てなかったり、未来に対して悲観的だったりする要因は、何らかの逆境を物心ついた頃から自己体験してきたことによるのかな、と思ったりしました。その原因の一つが先生だったらどうでしょう。先生と呼ばれる存在の重要さを改めて認識したところです。

  2. いつの時代も、古きものに固執して自分が信じてきたことを懸命に守ろうとしてしまうのが人間の性なのでしょうか。その信念が、子どもの本質を捉えたものであるのかは、私たちは十分に吟味する責任があるようですね。「知能とは持って生まれた財産であってほとんど変化しない」ものであると学んできた大人を、決してそうではないとうまく伝える方法は、いつの時代でも課題となっていることが想像できます。そういった「凝りかたまった心」から「しなやかな心」にしていこうとする大人の奮闘を、子どもたちに見せることも大切なのかもしれないとも思いました。しなやかな心でいなくてはならないというよりも、しなやかな心であろうとする姿勢や思いが人の心を動かすのだろうなぁと、先日観た「男はつらいよ おかえり寅さん」の映画に触発され、こういったコメントになりました。

  3. しなやかな心、それは今まで本を読んだこともない人が一冊の本を手に取ることにも似ていて、現状を打破する為のきっかけを何かしらから得て、行動にまで昇華することができるまでのプロセスのようなものを想像させます。現状は変えれられる、という意識は、自己認識によるものなのか、積極的な姿勢が創り出すものなのか、そもそもの前向きな姿勢に何かしらの触発があったからなのか、そのどれもにしても、その何かに教育や保育が働きかけることができるという可能性は、この仕事をしていく上での大きな課題になり得ると思いますし、また大きな楽しみ、やりがいになっていくようにも感じられます。

  4. 環境が人に暗示的であったり、明示的なメッセージを与えるというのは子どもに限らず、大人においても同じことが言えますね。自分自身はかなりネガティブな性格であったのですが、周りにいる人たちがポジティブな考えであると、自然とポジティブな考え方ができるようになってきたように思います。今の日本の人たちにおいて自尊感情というのは低いと言われています。「挫折したときに自分を責め、他人の行動を敵意や偏見の表れとみなし、自分に何かよいことが起こってもどうせ長つづきしないだろうと思うようになる」といった思考を持っている若者たちは多いのではないでしょうか。以前、麴町中学校の工藤勇一先生も「大人が子どもの問題を作り出している」ということが東洋経済で書かれていました。大人が子どもたちにそういった印象づけをすることで、子ども自身が自分を「そういった人間」と思い込み、実際にそうなっているのではないかという内容でした。どうも、ここで紹介されている内容とも共通しているところがあるように思います。大人たちが子どもたちにどういった距離感でいることが大切なのか、改めて考えていかなければいけませんね。

  5. しなやかな心と聞いて、内容を読んでいくと私たちの作る社会的環境が子どもの心の発達に影響があることがわかります。”がんばれば知能は伸びるという、「しなやかな心」をつくるメッセージを取りこむと、生徒たちはより大きな課題、より難度の高い問題に取り組むようになるという考え方”という考え方からすれば、楽観的な生き方をもてる環境というものの重要性を感じます。

  6. 子どもたちの「凝り固まった心」を「しなやかな心」に変えるためには大人も凝り固まった心では難しいのでしょうね。大人の自分たちも「しなやかな心」をもっている方がいいのでしょうね。そこまではなくても、「しなやかな心」をもてるようにしていくことが肝心なものになるのでしょう。最近では、いわゆる「寂しがりな子」が園にも増えているように感じます。そんな子たちと関わっていく中で、自分たちまで凝り固まったりしないよう、少しでも「しなやかな心」でいられるようなことはしていかなければならないのではないかと感じます。そのために何ができるか考えていかなければなりませんね。

  7. 努力をすれば能力は伸びるといった考えを子供に明示するためにも見守る保育というのは必要なやり方だと感じました。能力が伸びたと感じるには努力に対する何かしらの報酬が必要になるはずです。その時、やはり従来の保育では能力差がはっきりと分かれ勝ち続ける子と負け続ける子が現れてしまうと思います。しかし見守る保育の、自分の好きな遊びをとことんするという方針の中でなら努力を努力と思わないだけでなく報酬も得やすいという効果があるからです。

  8. 『がんばれば知能は伸びるという、「しなやかな心」をつくるメッセージを取りこむと、生徒たちはより大きな課題、より難度の高い問題に取り組むようになるという考え方です』とありました。このような価値観やメッセージを持った環境を作り出すことが大切なのですね。いい集団が作り出すいい環境にはこのような雰囲気が漂っているように思います。一つの園にしてもやはり足を踏み入れて少しその場にいるだけでなんとなくその園の人たちが大切にしていることのようなものがその環境に漂っているような気がします。そういった雰囲気、環境は一人ひとりが同じ方向を向いていたり、共有していないとなかなか生み出せませんね。

  9. 「ステレオタイプの脅威」のように、頭ごなしに自分は能力が低いと植えつけられたら、モチベーションも下がりますし、諦めも早いのは理解できます。勉強においても、スポーツにおいても、例えばゲームでも、頑張れば上手になれると思えば、努力もしますし、諦めもしないかもしれません。今、休みの日は必ず息子とランニングをするようにしています。息子自身は自分は足が速い方だと思っているので、それをもっと伸ばすつもりで走っていますが、思いの外ずっと続けて走っているのは、「しなやかな心」が身についているのかな笑?と思ったりしました。

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