子どもに何ができるのか

ポール・タフ氏が、「私たちは子どもに何ができるのか――非認知能力を育み、格差に挑む」の日本語の単行本を出版したのは2017年9月ですが、英語版の「Helping Children Succeed: What Works and Why 」を出版したのは、2016年5月でした。彼が英語版を発行したときの紹介文には、以前に書かれた国際的なベストセラーHow Children Succeedの内容が書かれてあります。「Paul Toughは、忍耐力、自制心、良心などの個人的資質が子供の成功に重要な役割を果たすことを示す研究を紹介しました。」そして、彼は、「私たちは子どもに何ができるのか」の中では、2000年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学の労働経済学者、ジェームズ・J・ヘックマン(James Joseph Heckman)教授による研究をはじめ、世界中の研究者によるさまざまな科学的知見と先進事例を統合し、特に貧困家庭に育つ子どもにとって、非認知能力の育成がその後の人生に大きな影響力をもつことを明らかにしました。そして、非認知能力を育む方法を具体的に示しています。

ヘックマンは、貧困や虐待など逆境にある子どものなかでも、これまで重要視されてきたIQや読み書きのような「認知能力」ではなく、やり抜く力・好奇心・自制心のような「非認知能力」がある子どもの方が、成人後に学歴が高く、健康状態がよく、生活保護率が低く、年収が高いなど、将来挫折することなく成功する可能性が高いことを発見し、大きな話題となりました。この研究は、1962年から開始され、現在も追跡調査が続いている、アメリカ・ミシガン州のペリー小学校付属幼稚園で実施された実験によるものです。

彼の研究は、学術雑誌“Science”に、2006年に発表され、それがきっかけで、彼自身が関与した「ペリー就学前プロジェクト」や「アベセダリアンプロジェクト」を根拠に、「5歳までの環境が人生を決める」と断言したことで大きな注目を集めました。そして、その研究結果は”Giving Kids a Fair Chance”(日本では『幼児教育の経済学』)と、一般向けの本にもまとめられて世界中で注目され、幼児教育の見直しに大きな影響を与えているのです。

また、ヘックマン教授は、もともとが経済学者ですから、幼児教育はプログラムの費用1ドルあたり7.16ドルのリターンが見込めるという費用便益分析をし、幼児教育に国が投資することで、社会に還元される経済的な利益を、計算をしました。これが、行政も動かし、各国が教育制度を見直して教育改革に踏み切るきっかけにもなっているようです。

その後、心理学者のデイビット・ワイカートが提案者。幼児教育計画の研究プロジェクトとして、後にハイスコープ教育財団(HighScope Educational Research Foundation)が設立され、継続して調査しています。このハイスコープは、OECDが就学前教育の質改善に向けての政策提言を2001,2006年の2回にわたる調査の中で、どのような保育、教育がふさわしいかという視点から紹介した「五つの保育カリキュラム」のひとつです。

しかし、最近、この研究結果による取り組みが疑問視され始めています。それは、研究対象が貧困や虐待など逆境にある子どもたちであり、この地域は、犯罪率も非常に多い地域だからです。この地域での実践が、即、日本に当てはまるかと言われているのです。確かに、世界では、貧困にあえぐ子どもたちが多いのも確かですし、格差を是正することは課題です。そこで、日本ではこの研究そのまま取り入れることは若干無理があります。では、どう考えたらいいのでしょうか?

子どもに何ができるのか” への8件のコメント

  1. ヘックマン教授の「幼児教育はプログラムの費用1ドルあたり7.16ドルのリターンが見込める」といった数字には本当に驚きました。乳幼児施設に入る補助金額が増えれば環境をもっとも充実できるのになぁと考えてしまいますが、そんなことを期待している間に、今「子どもに何ができるのか」を考えなくてはいけませんね。そして、そんなリターンを知っておいて政策に踏み込めないのには、本文の最後にありました「日本ではこの研究そのまま取り入れることは若干無理があります」という言葉が物語っているのでしょうか。OECD加盟国の中では、貧困率が決して高くはないようですが、世界水準でみると、裕福な部類なのでしょうね。

  2. 本日の環境セミナー情報交換会で参加者の一人と話している中で「ポール・タフ」という名を相手の方が言いました。どうやら「「私たちは子どもに何ができるのか――非認知能力を育み、格差に挑む」を読んだ方なのでしょう。その方は「日本ではどうしてあういうデータ研究ができないのでしょうか」という疑問を呈していました。あるいはこの臥竜塾ブログを読んでいる方なのか。夕方の情報交換会でタフ氏の名前を耳にし、そして本日のブログの冒頭で同氏の名前を目にする。何という偶然か。それはさておき、ジェームズ・ヘックマン氏、デイビット・ワイカート氏らの研究結果に基づいた実践が「即、日本に当てはまるか。日本ではこの研究そのまま取り入れることは若干無理があります。では、どう考えたらいいのでしょうか?」ホント、どう考えたらいいのでしょうか。「5歳までの環境が人生を決める」。これは衝撃的な発言でしたね。もっとも日本では「三つ子の魂百まで」と言います。3歳までの環境が人生を決める、ということでしょう。それはともかく、明日のブログが楽しみです。

  3. ヘックマン教授のペリー就学前教育の話はいたるところで聞きます。しかし、そこに出てくる対象の地域というのは日本の多くの環境とは大きくかけ離れている環境であったりしますし、そこで紹介されている親の対応も今の日本においては一般的な家庭であると当然の関わり方が紹介されています。そういった意味では即「日本に当てはまるか」というと、むしろ日本の場合「すでにそこにある」といったようにも捉えることができます。とはいえ、そうは言っても非認知能力が今の日本が高いかと言われると疑問を持つところも多くあり、実際のところでいうと違っているのかもしれません。なにかまた違う理由があるのでしょうか。

  4. 今日の保育、教育界の流れを知ることができました。どうして、非認知能力が大切だということになったのか、藤森先生は以前「経済学者が子どもの研究をしている」という風におっしゃっていた意味が理解できる内容でした。1ドルの投資で約7.2倍のリターンというのは大きすぎる数字であるように感じますが…。これが本当なら国のどれよりも未就学児に予算をつけたいと思うはずですが、日本はどうなんでしょう。ですが、自分たちにできることはまだまだあるはずです。そちらを見つめていかなければなりませんね。

  5. 非認知能力、つまりSQが高いほど学歴が高いというのは面白いですよね。これは間違った言い換えなのかもしれませんが、IQをあげてもSQは上がらないのにSQをあげるとIQが上がるとも捉えられるような気がします。
    私が少学生時代流行っていたゲームに大型のモンスターを討伐するというものがありました。このゲームは相手、つまり課題をよく観察し対策し予測しなければうまくいかないゲームですが勉強や社会に出てからの世渡りに少しにているような気がします。さらにいえばこのゲームが得意でかつ仲間と協力してやっていた友人ほど現在の学歴や就職先のランクが高いような気がします。

  6. 何かの本で、ホームレスの人でも太っている人がいるのは日本だけ、というような内容があったことを思い出します。日本の豊かさを改めて知る思いがしたのですが、確かに世界を旅する知人の話では、貧困の地域に行く度に日本の豊かさを痛感すると言います。日本にずっといればその豊かさは当たり前になっていて、置かれた境遇がいかに恵まれているかに気付かずに生活を続ける人も少なくないかもわかりません。日本にとっての課題は物質的な豊かを手に入れた今、心の豊かさを手に入れることになりましたが、その途上であるということを思うと、物質的な貧困と精神的な貧困とは違う問題でありながら、問題としての大きさや課題としての難題さは同じではないかと思えてきます。それについて、ヘックマンの研究は、実はそれ程離れたことを言っているわけではないようにも思えてくるところです。

  7. ヘックマン氏の研究結果には驚きましたし、非認知能力、乳幼児教育がいかに重要であるかということをこの研究から多くの人が理解したのではないでしょうか。その中でも「そこで、日本ではこの研究そのまま取り入れることは若干無理があります。では、どう考えたらいいのでしょうか」という議論になっているのですね。確かに、各国によって社会情勢は様々であるように思います。それでも子どもの発達というのは全世界的に共通であるということでもあると思うのですが、研究結果の解釈一つでは、また違ったものが見えてくるのかもしれませんね。どのような展開になるのか楽しみです。

  8. 日本ではこの研究をそのまま取り入れるのは無理があるという事ですが、一体、どういう事でしょうか?日本の場合はそこまで格差が外国に比較すると激しくないのと、犯罪率がや高くないという理由なのだとしたら、本当に残念でなりません。数字の問題ではなく、ブログのタイトルに書かれてあるように「子どもに何ができるのか」というのが課題であり、そのまま取り入れるのが無理であれば、日本に取り入れるように変化させたり、いかようにもなると思うのですが、その辺が日本の教育の短所のような気がします。もっと柔軟な考えで捉えることができれば可能性が十分にあると思います。

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