不利な状況

こんにち、貧しい子どもたちを支え、教育するための国内のシステムは破綻しているとタフ氏は言います。現在アメリカでは、1500万人を超える子どもたちが貧困ラインより下で生活しており、そのうち700万人近くが深刻な貧困のなかで暮らしています。貧困というのは、四人家族の場合で世帯収人が年間1万2000ドルを下回る状況を言います。日本円で言えば、年収ほぼ130万円です。こうした子どもたちの多くが直面する問題は過酷で広範囲に及んでいます。統計的に見て、彼らの家庭は崩壊しており、居住地域は育児支援の余裕などほとんどないほど貧しいのです。子どもたちの体を、または心を、あるいはその両方を傷つける危険は無数にあるのです。学校は人種や階級によって分離され、裕福な子どもたちが通う学校よりも教育に使える予算が少なく、教員もほかの学校の教員より経験が浅かったり、訓練が不十分だったりします。

こうしたきわめて不利な状況に対し、タフ氏が紹介した介入戦略では心もとないように見えるかもしれないと言います。しかしやはりタフ氏が紹介した研究が明らかにしているとおり、不利な状况下にある子どもたちの人生に介入すること、それは、学校でよりよい教育を受けさせること、家で支えが得られるように親を手助けすること、あるいは、理想的にはこのふたつを組みあわせることは、貧困撲滅の戦略として最も効果的な手段であり、将来性も高いというのです。貧困層の子どもたちが、親から良好な反応の得られる安定した環境で育ち、帰属意識と目的意識の持てる学校に通い、意欲をかきたて支えてくれる教師の授業を受けられるなら、彼らはすくすく育ち、将来よりよい人生を送れるチャンスも飛躍的に伸びるというのです。

そこで、またはじめに提起した疑問に戻ります。「話はわかりました。で、結局どうすればいいのですか?」

この問いに対して、タフ氏は、三つの提案をしています。

第一に、私たちは政策を変える必要があると言います。ターンアラウンドのパメラ・キャンターは、子どもに充分な支援が与えられる環境を「強化された環境」と呼んでいますが、それを貧困層の子どもたちのために一貫してつくりだすには、凝り固まった学校や実践の多くを根本から見直し、つくり直す必要があると提案します。低所得層の親をどう援助するのか。幼少期のケアと教育のためのシステムをどうつくりだし、どう資金を捻出し、どう管理するのか。教員の養成はどのようにするのか。生徒にはどうやって規律を教え、学習成果をどう評価するのか。学校の経営はどのようにするのか。これは本来なら社会政策の問題です。貧困層の子どもたちの問題を解決する方法をほんとうに見つけようとするなら、これらの疑問にはあらゆるレベルの公務員である、学校の校長、教育委員会のメンバー、市長、州知事、閣僚などが、そして同時に国じゅうの個々の市民、地域団体、慈善家が、熱意のこもった創造的な方法で答えを出す必要があるとタフ氏は言うのです。彼は、もっと多くの子どもたちをもっと効果的に助けることのできる財源の運用と政策の変更についていくつか提案してきました。しかしそうした具体的な提案を超える、もっと大きな願いがあると言います。私たちはいまこそ、社会政策の議論をおこなうべきであり。彼の提案がそれを推進するためのガイドになればいいと思っているというのです。

不利な状況” への6件のコメント

  1. 貧困世帯の子どもたちが、学ぶ意欲に乏しいのは、何か興味を持った分野を広げるような大人の促しがないこと、また、それを促す新しい物・人・空間的環境を経済的な用意することが不可能な家庭であることが大きいということであれば、タフ氏が唱える具体的なアプローチとして「政策を変える」という切り口になるのは不可欠ですね。国力の底上げとなる政策が行われるためには、ある程度の予測がたつことが重要なのでしょう。そして、その国の勇気ある決断が大切ですよね。幼児教育の無償化も、始まるまでは賛否両論ありましたが、実際に始まっているわけで、そこからの学びを是非次の政策へと結びつけ、この政策が無駄ではなかったと、そう思えるような日本の底力に期待するとともに、現場でできる最大限をしていきたいと思いました。

  2. 保育については、実に多くのステークホルダーが絡んでおり、改善策は歯車一つ替えて全てが回り出すことがないと言うことは、子育てに関わり始めて間もない私でも感じます。
    また、その根幹的解決に政治が指揮を取ることが求められていると言うことは、あまりスピード感を持って取り組まれる事は見込めないのだな と素直に感じました。

  3. 日本も徐々にアメリカ社会のようになっていっている気がします。日本の貧困層も確実に拡大しています。まるで政策的にそうされているかのように。現在、日本の就学前施設を利用している子どもたちは9割以上いるでしょうか。小中は義務教育化されています。高校もほぼ義務教育的入学率。それなのに相対的貧困どころか絶対的貧困も懸念されるような今日の日本社会の状況です。「私たちは政策を変える必要がある」。タフ氏の発言ですが、これは私たちにも当てはまります。平成元年以来30年が過ぎた今日なお「環境を通して保育を行う」ことの意味を理解しないまま就学前保育教育が実施されています。本来、指導監査の対象になるはずなのに実際そんなことにはなっていません。貧困に陥る若者が増加している、家庭のせいにされておしまい。いやいや、立ち直りの機会は就学前施設や学校にもあるでしょう、それらがああだこうだと言い訳をしないで求められていることをしっかりとやっていれば。やることの意味をちゃんと確認しながら実践していれば。私たち子どもの保育環境の創造に携わる者たちは「子どもたちの最善の利益」を本気考える必要があると考えます。

  4. 「貧困層の子どもたちが、親から良好な反応の得られる安定した環境で育ち、帰属意識と目的意識の持てる学校に通い、意欲をかきたて支えてくれる教師の授業を受けられる」こういった社会における変化を起こしていくには政策を変えていくということは必要になってくるでしょうね。しかし、その政策自体が現場まで実践できているかというところまで考えなければいけなく、その浸透には子どもを取り囲む大人にも同様に理解が得られなければいけません。そこで国の本気度がわかってくるように思います。周りを見ていても、まだまだアクティブラーニングなど小学校では新しいことが始まっているにもかかわらず、それほど浸透しているようにも感じません。政策と実践、政治と現場というものがもっと子どもの将来のために連携できるともっといい未来が見えてくるように思います。

  5. 正直貧困層へのケアを重点的に行い底上げを行ったとき経済的に裕福な層にどれだけのメリットが生まれるのでしょうか。藤森先生が、自分達だけ良ければ、という考えはよくないと言われていますが悲しいかな人間ですから実際に目に見える成果が生まれると実感しなければ動かないのではないかとも思ってしまいます。もちろん帰属意識から自国の底上げを無条件にと思えれば素晴らしいのでしょうがなかなかそうならない気持ちもわからなくないというのが難しいところです。

  6. 「私たちは政策を変える必要がある」選挙権を得てもそれ程それについて躍動感のない毎日を送ることを今ここでやめる必要があるのかもわからないと思えてきます。政治は生活といつも離れていて、対岸の火事のように考えていたことが否めないと思うのは、政策を変えることで教育を変えることができると知った今、それではどの党がどのように考えているのか、ということを全くわからない現状に突き当たったことによります。少しずつ、目を向けていこうと思います。これより直接的に効果のあることないかもわからないですものね。

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