語られ方

ファリントンはモチベーションに関する心理学の最新の研究にどっぷり浸ったそうです。その中で、デシとライアンの報酬とインセンテイプに関する論文を読みました。キャロル・ドウェックのモチベーションに関する論文も読みました。ドウェックはスタンフォード大学の心理学者で、自分の知的能力についてどんなふうにいわれるかによって、生徒のモチベーションが上がったり下がったりすることを発見した人物です。また、ファリントンはダフナ・オイズマンの論文も読みましただ。オイズマンは南カリフォルニア大学多くの専門分野にわたる研究をしている学者で、生徒自身が持つ学生としてのアイデンティティによって、生徒のモチベーションのレベルが大きく左右されることを発見しました。ファリントンはこうした心理学の研究を貪欲に吸収しながら、関連する社会学の文献も読んだのです。制度的な構造がいかに個人の行動に影響するか、とりわけ教育制度の構造である学校の資金調達の仕組み、教師の雇用契約、人種による分離のパターンなどが生徒たちを成功へ導くものか、失敗させるものかを知ろうとしたのです。

こうした研究の積み重ねと最貧困地区での教師としての経験により、ファリントンはこれまでとちがった考え方をすることができたそうです。「最初から、環境について考える方向に傾いていたと思います」と彼女は言っているそうです。ファリントンはどの学校にもある、成功と失敗にまつわる「語られ方」にとくに興味を示しました。あやふやなものであれ、はっきりしたものであれ、生徒は失敗に直面したときにメッセージを受けとります。ファリントンによれば、生徒たちが自分のポテンシャルについてのメッセージに肯定的なものであれ、否定的なものであれ、最も敏感になるのは、失敗の瞬間であると言います。失敗が自分の能力への最後の審判だと思えば、その生徒はあきらめてしまい、学校から距離を置くでしょう。しかし、失敗は一時的なつまずきに過ぎす、学んだり改善したりするための貴重なチャンスであるというメッセージを受けとれば、挫折はその生徒をより勉強に打ちこませる推進力になるのです。ファリントンによれば、失敗についてのこうした「語られ方」は、とりわけ低所得層の生徒たち、学業の場で失敗することに大きな不安のある生徒たちにより大きな影響を与えると考えます。

2011年、ファリントンと協会のチームは、非認知能力、および非認知能力が学業の成功のために果たす役割についての文献を総合的に再検討しはじめました。結果は「学習者になることを教える」と題されたレポートとして2012年6月に発表されたのです。ここでは初めて、レポート内で「非認知要素」という言葉で表現している「非認知スキル」を、子どもたちが習得する、あるいは習得に失敗する可能性のある個別の技能ではなく、子どもたちが学習をしている現場の状況に大きく左右される習慣や態度、ものの見方であると説明しているのです。

当時、グリットとは何か、それはスキルとしてどう測定したらいいのか、どの生徒にそれがあるのか、どうやったらそれを教えられるのか、といったことがおもに論じられていたなかで、これは新しいアプローチだったのです。ファリントンとチームの研究者らはこう書いています。「生徒のグリットや粘り強さに直接働きかけることが、成績向上の効果的な手段になるというエビデンスはほとんどない。ほかの生徒よりも粘り強く作業をしたり、より強い自制を示したりする生徒ももちろんいるが、学校や教室の状況がポジティブなものの見方や効果的な学習を助長すれば、すべての生徒が粘り強さを見せるようになる」

語られ方” への8件のコメント

  1. 楽観性・やり抜く力・自制心などの非認知能力がもたらす効果を多くのエビデンスから読み解いてきた部分から、それは環境の産物であって「学校や教室の状況がポジティブなものの見方や効果的な学習を助長すれば、すべての生徒が粘り強さを見せるようになる」という具体的な姿をイメージできるように解明されてきたというのは、非常に大きな進歩であると感じました。次には、ポジティブなものの見方とは?効果的な学習の助長とは?といった議論に繋がりますね。そして、「失敗」についての内容でも「失敗は一時的なつまずきに過ぎす、学んだり改善したりするための貴重なチャンスであるというメッセージを受けとれば、挫折はその生徒をより勉強に打ちこませる推進力になる」というように、大人が子どもの失敗を先回りし過ぎている現代への警告ともとれるようにも感じます。私たちがしなくてはいけないことは、失敗させないことではなく、失敗にどう向き合い、いかに前を向かせる環境を作れるかというところなのかなと思いました。

  2. ものの見方、考え方、そして行動の仕方、実はどれを取っても自己を取り巻く環境によって形成され、実行されると考えます。学習のモチベーションをどう築き上げたか?家庭においては、親の言動より、親によって認められている、と実感することがモチベーションを高めました。学校においては、私の場合は、教師より、むしろ同級生たちの心情意欲態度でした。学習の目覚めは、同級生であり、目覚めを援助してくれた学習教材たちでした。そして良い成績を納め始めると先生はもとより隣近所の人々が学習に長けていることを認めてくれるようになります。ますます勉強しようとモチベーションが高まりました。「学校や教室の状況がポジティブなものの見方や効果的な学習を助長すれば、すべての生徒が粘り強さを見せるようになる」少なくとも私はこのことを体験したように思います。「すべての生徒」かどうかは疑問ですが。良い人的環境、物的環境、そして周囲環境、どれをとっても環境です。よってヒトの心というものは、常に置かれる環境によってどうにでも形成されるのです。藤森理論はそのことを教えてくれるのです。

  3. 環境というものは人に多くの影響を与えるのですね。「失敗が自分の能力への最後の審判」だと思うことと、「失敗は一時的なつまずきに過ぎず学んだり改善したりするための貴重なチャンスである」と思えるように援助や見守ることが大切なのですね。いつも思うことなのですが、今の日本社会の雰囲気といいますか、あまりにも失敗が致命的になりすぎている社会のように思います。「人は失敗から学ぶ」ということを人はみんな知っているにもかかわらず、その失敗すらさせないような社会風土にもなっているように思います。それは教育現場においても、社会においても同様に言えることのように思います。スピード感のある今の社会においてはそれは当然なのかもしれませんが、そういった寛容さが今の社会には必要なのかもしれません。そして、それが生きていく中で生活や人生を豊かにすることであったり、幸福度があがる方向性であるように思います。

  4. まるでマニュアルのように子どもを導ける、こういった類のものにいつも嫌悪感を抱いてしまっていましたが、この度のそれはまるで別物のように感じられるのは、ファリントンとチームの研究者の言葉が自分たちの目指す理想ととても似通っていて、そしてその教育下で育った子どもたちがどのような成長を遂げるだろうかについてあまりにもポジティブな想像が湧くからです。全ての教育が、教師がこのようなモチベーションで教育に取り組み、また全ての子どもたちがこのような教育の基で育まれることを期待します。就学先の情報を得る度にいつも子どもたちをまるで牢屋か監獄かに送り出すかのような気持ちになることも多かったですが、こういった取り組みが世界の最先端で行われている、という事実は希望になります。

  5. 一人の人間の行動を決定させるものはなんなのであるのか、それは一言で言えば「環境」となるのでしょう。その環境に働きかけていくことで〝学校や教室の状況がポジティブなものの見方や効果的な学習を助長すれば、すべての生徒が粘り強さを見せる〟とあり、そのことが研究によって証明されているということになるんですね。そう考えると、今の自分があるのはこれまでの環境であり、これまでの自分がいた環境は自分が反映しているということになります。子どもを見れば家庭が見えてきたり、背景を読みとれるのは必然なことであるということになるんですね。

  6. 私の好きな言葉に、夢は追うものではなく叶えるものだ、というものがあります。失敗や敗北というものは誰にでもありどんな成功者であれ逃れることはできない。ただそこで敗北から目を背け言い訳を探しているうちに夢を追うことが目的になってしまう。敗北を受け入れてなお夢を叶えようと努力し足掻くものに成功はやって来るのだと。粘り強さや諦めの悪さというのは己のエゴをどれだけ出していけるかということでもあるのかもしれないですね。

  7. 人は失敗したなと感じた時に、周りの反応をすごく気にするように思います。職場であれ、学校であれ、家族であれ、属する集団の反応を気にしますね。そんな時に「失敗は一時的なつまずきに過ぎす、学んだり改善したりするための貴重なチャンスであるというメッセージを受けとれば、挫折はその生徒をより勉強に打ちこませる推進力になるのです」というような考え方が浸透していれば、失敗した側もそこから何かを学んでいくというポジティブな思考になるように思いました。失敗した方はちゃんとまずいなと感じているものですよね。失敗の仕方にもよりますが、追い込まれるような態度をとられてしまうと次の行動もすごく消極的になってしまいますね。「子どもたちが学習をしている現場の状況に大きく左右される習慣や態度、ものの見方であると説明しているのです」このことはすごく分かります。だからこそ、先ほどの失敗の例のように、その集団の価値観を育てていくことがいい環境を生んでいくのかもしれませんね。

  8. 失敗をした時に子どもたちは何を思うのか・・・。去年の卒園制作の出来事です。2つのコマ回し台を作ることになり、子どもたちにデザインを考え、下書きをし、最後は絵の具で塗るという作業を行いました。結果はぐちゃぐちゃになり、お世辞でも作品とは言いにくい仕上がりでした。それに対して子どもたちは悲しむ訳でもなく、やり直したいとも言わず・・・最終的には一からやり直し、方法も変えて、保育者が一緒に作ることになりました。子どもたちに失敗をした時に「みんなのお父さん、お母さんがこの作品を見たらどう思う?」と言いました。それが正解なのか分かりませんし、それを言われたからというのもあると思います。教室全体をポジティブなものの見方や効果的な学習を助長すれば、すべての生徒が粘り強さを見せるようになると最後に書かれていますが、なかなか難しいですが、だからこそ実践する意味があるのですね。

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