親の行動

現在、日本では児童虐待が急増しています。それがどのような問題であるかを、もっと認識してほしいものです。神経科学者たちによれば、・ネグレクトや虐待、その他のトラウマはすべて、自分の置かれた環境が不安定で混沌としていて予測がつかないということを、発達途上にある乳幼児の脳に教えこむといわれています。とくに乳児期には、.子どもの脳は周囲の世界に決まったパターンを探しています。それなのにすぐそばの環境がつねに流動的な場合、すなわち、子どもたちの行動範囲内にいる大人が突飛なふるまいをしたり、あまり反応を示さなかったりすると、子どもの脳やストレス反応システムは不安定な人生への準備をはじめ、何が起こってもいいようにつねに警戒することになるそうです。

ネグレクトや虐待が子どもたちに強烈な影響を与えるのは確かだそうですが、有害な親の行動を変えることで、その影響を半減させることができると言われてます。それどころか、好転させることさえできるそうです。たとえば、2000年代にロシアのサンクトペテルプルクでおこなわれた実験をタフ氏は紹介しています。ポスト・ソビエト時代の社会や経済の崩壊により、ロシアでは多くの乳幼児が孤児院に入ることになりました。それは、けっして作家のディケンズが小説に描いたような施設ではありませんでした。子どもたちは充分な食べ物と衣類を与えられ、清潔なべッドや適切な医療や、おもちゃさえ与えられました。けれども施設は厳しく、人間味に乏しいやり方で運営されており、スタッフが子どもたちに温かく接することはありませんでした。ある報告書には、この時代の典型的なロシアの孤児院について次のように書かれているそうです。「子どもたちの食事や着替えや入浴は機械的に処理され、家庭で親とのあいだに起こるような、笑いやおしゃべりやアイコンタクトはいっさいなかった」

その後、ロシアとアメリカの科学者のチームが、大半の子どもが二歳未満のある孤児院のスタッフを、もっと心のこもった世話をするように教育したそうです。スタッフは、食事や入浴のような毎日の世話を温かいやりとりの機会として捉えるよう奨励されたのです。大したことではありません。ただ声をかけたり、笑みを向けたりといった、たいていの親が本能的に自分の子どもに対してするようなことです。それだけですぐに、子どもたちにとって多くのことが変わったそうです。9カ月後には、認知能力や社会性の発達、運動技能に相当の伸びが見られたそうです。しかしおそらく最も目をみはるべきは、体の発育そのものにまで改善があったことです。食事や医療ケアはまったく変わらないのに、以前は伸びが止まっていた身長、体重、胸囲がすべて目に見えて増加したのです。世話をするスタッフのほうにもいいことがありました。孤児たちがより健康に、より幸せそうになるにつれ、スタッフのあいだでも鬱や不安が減少したのです。スタッフの行動の小さな変化が、子どもたちと孤児院内の雰囲気を大きく変えたのです。

サンクトペテルブルグの実験がうまくいったのは、孤児院に暮らす乳幼児の「環境」を変えたからです。タフ氏は、この孤児院で変わったのは、物質的な環境ではないと繰り返して言っています。子どもたちに、より快適なべッドや、よりよい食事や、よりよい刺激となるおもちゃが与えられたわけではないのです。変わったのは、まわりの大人の接し方なのです。

親の行動” への8件のコメント

  1. 本文を読んで、集中力にかけたり、他児に手を出しやすかったり、集団行動が取れないという、以前から騒がれている「気になる子」が頭に浮かんできました。この子たちのほとんどは、周囲の環境の影響を受け、望んでもいないのにそうならざるを得なかった子どもたちである可能性が高いようにも思います。「食事や入浴のような毎日の世話を温かいやりとり」「ただ声をかけたり、笑みを向けたり」などの大人とのやり取りが、その子にとっては必要不可欠であることを教えてくれます。現代には、物質的な豊かさでは変えることができない、精神的な豊かさの需要がますます増えていくように感じています。

  2. 家庭での育児、園での保育の本質を今回のブログを通して改めて感じ取りました。「 ただ声をかけたり、笑みを向けたり」私はいつもこれでいいと思っています。余計なことを言う必要もする必要もない。親だったら子にあれこれしなければならないとか、園の先生たちはあれこれ子どもの行動に介入しなければならない、などということはないような気がします。親であれ保育者であれ、子どもが求めてきたら反応すればよいし、さもなければただニコっとしているだけで十分。保育などと考えるものですから、子どものことをあれこれと考えすぎる。考えるだけならいいのだけれど、あれこれと子どもたちに関わってしまう。「変わったのは、まわりの大人の接し方」。この接し方だけで子どもたちは如何様にも変わっていくでしょう。記録も会議もあまり必要がないと思うのです。そもそも家庭や地域で子育てしている時、記録をとったり、子どもに関する会議をしたりしますか。

  3. 子どもたちの行動が〝ただ声をかけたり、笑みを向けたりといった、たいていの親が本能的に自分の子どもに対してするようなこと〟をすると、みるみる変わり、内面だけでなく身長や体重までも上向きになり、さらには、その施設の雰囲気までよくなるという相乗効果というのでしょうか、ただ、そうなるためには職員の意識を変えるだけでなく、働く職員を増やして余裕をもたせるなど、そこだけではない改革みたいなものが必要になるように思います。変わる時には苦労するかもしれませんが、この効果が期待できるのであれば、どうなんでしょう。価値があることだと思います。

  4. 子どもを取り囲む環境が変わっただけで、大きな影響を子どもに与えたのですね。以前、食育アドバイザーの人の話で、「楽しい雰囲気の時には食事への意欲も高まり、神経系の活動も活発になることで栄養源も消化されやすくなる一方、怒られたり、ネガティブな環境では消化もできなくなり、下痢や最悪栄養失調までおきることがある」というのを聞いたことがあります。いくら栄養素が体の中に入っていても、それらが消化吸収されなければ意味がありません。それと同じように環境によって子どもの成長発達に影響があるというのはなるほどと思いました。そして、なによりも紹介されている事例の場合、スタッフ自体にも影響があったというのに驚きです。関わりを変えることは双方にとっても「Win-Win」の関係になるのであればもったいないですね。こういったことを考えても、人は物が豊かになっても幸せに離れず、人環境や人のつながりの豊かさこそが幸福度につながるのかなと改めて感じます。

  5. なんだかフィクションの小説を読んでいる気分になりましたがこれが現実に起こっていて、さらに言えば私たちに必要とされていることなのですよね。声のかけ方、言葉遣い、表情など今まで以上に気を使わなければならないことは多そうです。さらに最後の文章で人は自分を写す鏡であることもまた再認識しました。ぶっきらぼうに接してくる子供がいるなと感じたとき、ぶっきらぼうに接している私の真似をしていると考えれば、改めるべきは私の態度ということになりますね。

  6. 保育環境の一つ、人的環境がいかに大切かを知るこの度の内容です。微差が大差であることを理解できるようにも思え、それは職員の細やかな変化だったかもわかりませんが、笑顔や応答的であることは質の高い保育の質に相当する部分で、その変化が全ての好循環の源になったと言えるでしょう。そう思うと、職場につまらなそうにいることはそれだけで保育環境として適切でなく、逆に楽しそうであることはそれだけで保育環境として適切であると言えそうです。チームが仲良く、楽しく保育をする為に僕らの保育があり、その中で育つ子どもたちだからこそ見せてくれる姿があること、とても頷けるように思いました。

  7. 人というのは気持ちが安定していないと何かをやろうとする意欲もなくなってしまうというのは分かります。「それなのにすぐそばの環境がつねに流動的な場合、すなわち、子どもたちの行動範囲内にいる大人が突飛なふるまいをしたり、あまり反応を示さなかったりすると」このような状況では、安心して過ごすという気持ちにはなかなかなりませんね。孤児院の話はとても興味深いです。「ただ声をかけたり、笑みを向けたりといった、たいていの親が本能的に自分の子どもに対してするようなことです」というようなことで、様々な機能が発達したというのは驚きました。何かを教えたりするのではなく、そっと寄り添うようなその感覚は大切なのかもしれませんね。

  8. 「変わったのは大人の接し方なのです」この一言はとてもインパクトがあります。そして体の発育にまで大きな変化が出たのは確かに驚きます。とは言っても乳幼児施設の先生達は園児を無視したり、それこそ無関心な態度は取らないと思いますし、親も同様だと思います。子どもにネグレクトをしてしまう理由というのはいろいろあるかと思いますが、一番はそうならないような社会がベストですし、親の態度によって子どもの成長に大きく関わることを知って欲しいと思いました。

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