自制能力

レバレッジの高い支援の例はもう一つあるとタフ氏は言います。それは、「シカゴ学校準備プロジェクト(CSRP )」という、ニューヨーク大学の心理学者、シベリー・レイバーが開発した教員向け能力開発プログラムです。低所得層の人園前教室に参加する子どもたちの自制能力を強化し、教室で過ごす日々が教師・子ども双方にとってストレスの少ないものになることを狙いとしています。CSRPに参加する教員は、教室運営のテクニックの訓練を受けます。どうやってきっちり日課と向きあわせるか、望ましくない行動をどう正すか、子どもたちが感情を管理するのをどう手伝うか。すべておちついた雰囲気の教室を実現するためのテクニックです。メンタルヘルスの専門家も各教室につくのですが、子どもとおなじくらい、教師の心の健康にも気を配ります。

レイバーはこのアプローチを「双方向性の自制モデル」と呼んでいます。教室の空気はフィードバックの循環によって決まる、とレイバーは考えています。ごく幼いころの有害なストレスのせいで自制能力がうまく発達しなかった子どもたちは、入園前の教室で何かを要求されるとたいてい感情をあらわにするか、粗野なふるまいをします。そこで教師が対立をうまく扱う訓練、あるいはストレス反応をうまく抑えきれない子どもの爆発に対処する訓練を受けていないと、対立をエスカレートさせてしまうからです。それがさらに子どもの爆発を激化させてしまうのです。教室は敵意と怒りに満ちた場所になり、子どもは脅かされていると感じ、教師はストレスで燃え尽きてしまうのです。そして、行儀よくふるまうこと自体が、年間を通じて最大の課題になってしまいます。

しかしレイバーの主張によれば、フィードバックの循環は反対の方向にも働くというのです。もし1年の最初から教室が安定していれば、明確なルールがあり、一貫性のある規律が保たれ、悪い行動を罰するのではなく、よい行動に注目することかできれば、子どもたちは脅かされていると感じることもなく、建設的でない衝動をより、うまく自制することができると考えられるのです。こうして子どもたちの行動が改善され、教室に割り当てられたメンタルヘルスの専門家のサポートを受けることもできれば、手強い4歳児を教えるというストレスの避けられない仕事のなかでも、おちつきとバランスを保っていられるというのです。

最近発表されたCSRPのランダム化比較試験の結果によれば、入園前の一年をCSRPの教室で過ごした子どもたちには、その一年が終わった時点で、対照群の子どもたちよりも格段に高い注意力と、衝動を抑える大きな力と、よりよい実行機能の働きが見られたそうです。自制能力の改善は、静かに座っていられる、指示に従うことができる、気が散る出来事があっても集中力を保てるといった行動面と、認知能力の両方に表れていたそうです。CSRPの恩恵を受けた子どもたちは語彙も多く、綴りも計算もうまくできたそうです。しかし教師たちが受けた訓練には、教科指導は含まれていませんでした。子どもたちの成績があがったのは、対立や不調和に気を散らされることなく、教わっている内容に集中できたからだったのです。教室の環境を変えることで、勉強が楽にできるようになったのです。

自制能力” への8件のコメント

  1. 非認知能力のひとつとされている「自制心」は、フィードバックの影響が大きいということだと思いました。日本で話題になりました「小1プロブレム」が頭をよぎります。生徒も教師も、ともに必要な能力を持ち合わせていないと、小さな問題から徐々に拡大し、やがて大きな問題へと発展させてしまったり、いわゆる悪循環を生み出すことになってしまいます。「教室の空気はフィードバックの循環によって決まる」という言葉のように、行いを両者が冷静に省みる日常によって改善への道が開ける印象を持ちました。教わっている内容に集中できるという基本的な能力が、その後の学びを支える大事な要素になっているということも強く感じます。

  2. なるほど、自制能力を向上するためのフィードバックの循環は子どもの自制心を向上するだけではなく、大人のメンタルヘルスにおいても影響がみられるのですね。まさに一石二鳥というところですね。悪いところを見るのではなく、良いところを見ていくというのはなかなか難しいことです。だからこそ、フィードバックする時間を設けることで、冷静になる時間を持つことが必要になるのですね。まだまだ世の中では、「悪いところを治す」ことが「良いところをより伸ばす」ということよりも優先されていることが多いようにも思います。また、「モデルを示す」というのも、あまり意識されていないようにも思います。「性善説」と「性悪説」の話にもなるのでしょうが、人のことをポジティブに見ることが結果として、その後の基本的な能力につながり、それが教育における能力にも影響が出てくるのですね。

  3. 〝子どもとおなじくらい、教師の心の健康にも気を配ります〟とあります。このように子どもにだけでなく、大人にも配慮して欲しいと思っています。学校にかかわる問題が最近とても多いように感じますが、そこで働いている職員のケアをしていき「大切にされているんだ」という気持ちにならなければ、勤めたくなくなるだろうし、仕事に対する気持ちも減退していくのだろうと思います。そうすると、結果良い将来につながらないのだと思います。そこきっかけでの悪循環もありえるのではないかと思います。子どもと同じとまではいかなくても気にしてくれるだけでもありがたいものですね。

  4. 荒れているというか、殺伐とした感じの教室は、想像するだけで学習に相応しい環境とは言えないような気がします。「おちついた雰囲気の教室を実現する」。学級経営でまず配慮したい事柄ではないでしょうか。「子どもとおなじくらい、教師の心の健康にも気を配ります。」そうです、先生のメンタルヘルス、これもまた大事ですね。学校等の教室において先生のメンタルがやられているとこれまた恐ろしいものを感じます。「子どもたちの成績があがったのは、対立や不調和に気を散らされることなく、教わっている内容に集中できたから」。いわゆる学級がうまく運営されていないとそこに集う子どもたちの学力も自ずと低下するということがわかります。園の子どもたちを見た場合でも、どれだけ子どもたちが集中して何事かに取り組んでいるか、このことの確認が必要となりますね。

  5. 確かに私も以前まだ保育と言う仕事になれていなかったときは子供の泣き声や甲高い叫び声に何度も心をすり減らされ、泣いている、騒いでいるという目の前の出来事のみを考えそのバックグラウンドを多角的に意識できていなかった覚えがあります。今完全にできているかと聞かれればまだまだ未熟な部分はたくさんありますが、それでも以前よりはワンシーンを切り取って子供を見るのではなく複合的な要因があり今の子供の姿があると捉えることができているのかな、と感じます。

  6. 教師側の心の健康にも気を配られている点に、このプログラムの視野の広さを感じます。子ども主体、子ども本位、というような言葉が横行して、何でも子どもの好きにさせてもいい、どんな時間でも子どもがやりたいのであればそれをやらせるべき、とした場合に、子どもの事を止められないストレスが教師側にかからないだろうかと感じたことがあります。それは結果として子どもにとってもストレスである場合も少なくないようで、モラルやルール、といったもののない世界で生きてきたことのない大人が、モラルやルールのない世界を創り出そうとすることが困難なように、双方にとって心地良い空間を作り出すためには、子どもに注意をしたり、今すべきことは何なのかを提案したりすることは決して悪ではないと思います。

  7. 「メンタルヘルスの専門家も各教室につくのですが、子どもとおなじくらい、教師の心の健康にも気を配ります」日本はこの教師への配慮という考えが薄いのかなと思ってしまいます。大人は犠牲になっていい存在ではないですし、双方の人権が守られてこそ安定した環境がうまれてくるのかもしれませんね。「対立をエスカレートさせてしまうからです。それがさらに子どもの爆発を激化させてしまうのです」これは日々の子どもの関わり方でも気をつけたい部分です。対立をエスカレートさせないように関わっていくこと、この部分をついつい忘れてしまうことがあります。少し落ち着いて、この子にはどのようなアプローチが必要かを考える余裕を持ちたいですね。「教室の環境を変えることで、勉強が楽にできるようになったのです」まさに環境が変われば、人も変わるということを感じます。

  8. よく藤森先生の講演の中で、教師はもっと子ども達が面白くなるような授業を展開する必要があると言われます。つまらない授業を我慢して黙って聞き、騒ぐと怒られてしまう。もちろん子どもも約1時間の授業を聞く能力も必要ですが、教師もそれに見合った授業を行うべきですね。そういう意味で教室運営のテクニックを学ぶというのは大切だと思います。教室の雰囲気作りは環境の大切な一つです。乳幼児教育でも子どもを惹きつける技術も大切かもしれませんが、それよりも保育室の環境をどう構成するかが重要なように、小学校も生徒がどのような環境であったら授業に集中できるのか?高度なテクニックよりもまずは心を育てることが大切なんだと思いました。

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