入園の日

どこの国においても、幼稚園の初日は教育行政にとって重要な区切りです。アメリカでは、ほとんどの州で、「幼児期前期」が正式に終わりを告げ、法律の上でも公的機関がすべての子どもの教育に責任を持つようになります。しかし現実には、子どもの発達の長い旅路のなかで、幼稚園の初日にいきなり何かが大きく変わるわけではないとタフ氏は言います。子どもは依然としておなじ子どもであり、それまでその子どもの発達を導いてきたのとおなじ社会、環境、心理的な力関係に揉まれているのです。もちろん、成長に伴う変化はあります。実行機能は、ごく幼いうちも非常に重要な能力でしたが、これが深化して、さらに複雑な習慣や心のありよう、性格の強みへと発展するのです。けれども子ども時代を通じてつづくこうした成長は、学校で決められた時間割とはほぼ無関係に、ときにはゆっくりと、ときには突然ほとばしるように起こると彼は言うのです。

それでも入園の日は、大半の子どもにとって、成長に影響する環境が変わる重要な節目ではあるとタフ氏は言います。これより先、多くの子どもたちが日中の時間を親と過ごすよりも長く、担任と過ごすようになるのです。そして、この変化には重要な要素がふたつ含まれていると言います。まず、実際的な問題として、貧しい子どもたちの環境に介入する場合、5歳以降は家庭よりも幼稚園や学校に注意を向けたほうがおそらく効率がよいというのです。もう一つは発達の問題だといいます。逆境で、ストレスを抱えて育ってきた子どもたちが、ついに新しいステージに立ったのです。それまで受けてきたストレスが、これからはさまざまなかたちを取って現れるというのです。

ここでタフ氏は、それまで家庭への介入について述べてきましたが次のステージであり、重要な影響を及ぼすであろう幼児施設という環境について考察しようとしています。それは、貧しい子どもたちやストレスを家庭で抱えた子どもたちを含めて、すべての子に関係してくるのです。特に、最初の移行期における配慮は大切ですし、それまでの生育環境によって大きく違ってきます。タフ氏は、このように述べています。

大きな逆境の経験なく育った子どもたちにとっては、幼稚園にあがるまでの能力の発達過程は、たいてい望ましい道筋をたどっています。親や世話人と、穏やかで安定したやりとりを重ねてきた子どもたちの場合には、注意を向けたり集中したりするための能力の土台となる神経の連結ができあがっているはずだというのです。幼児期のストレスが発達中の神経システムに「警戒を意るな」「困難な人生に備えよ」という信号を送るのとおなじように、ぬくもりや敏感な反応はそれと反対のメッセージを送ります。「きみは安全だ」「先ゆきは明るい」「ガードをおろせ。まわりの人が守ってくれるし、養ってくれる」「好奇心を持て。世界はすばらしい驚きにあふれている」。タフ氏は、こうした信号は適応のきっかけとなると考えています。子どもはゆとりを持って、問題や決定についてより注意深く考えることができ、長期的な視野に立って物事を考えられるようになると言います。長い目で見たときの利益のために、いま目のまえにある満足を進んで我慢できるようになるというのです。

こうした能力は、必ずしも学業に関わるものには見えないかもしれませんが、幼稚園以降の学校生活でよい成績をあげるのにおおいに役に立つとタフ氏は言うのです。

入園の日” への8件のコメント

  1. どこか人懐っこく、いつも明るくて、周囲からはその人のために頑張りたいと思われる人というのは、なんとなく本文にもあった「きみは安全だ」「先ゆきは明るい」「ガードをおろせ。まわりの人が守ってくれるし、養ってくれる」「好奇心を持て。世界はすばらしい驚きにあふれている」ということを周囲からされてきた人であるイメージがあります。本当にガードがありません。話しやすいしとっつきやすいのです。その反対な環境で育つとガードを固めて警戒心が強く、人を疑い自己肯定感も低いイメージがあります。まさに、非認知能力が環境の産物であるかのようです。

  2. 幼稚園以降の学校生活でよい成績をあげるために、それまでの環境は大きく影響してくるということがよくわかります。これまでの様々なブログの内容を見ていて保護者の愛着関係が影響しているということはよくわかりますし、子ども同士の環境の重要性もよくわかるのですが、具体的に保育をする施設において、どういった影響が子どもたちにおき、どういったことがその後の子どもたちの姿として出てくるのかということは保護者も保育者もいまいち不透明な中で行ってきたのではないかと思います。だからこそ、様々な保育理論が出てきたり、日本のように大綱化された施設では各々の解釈がされて保育がされていくなか、こういった具体的な研究の成果が見えてくるのはとても重要な意味があるように思います。保育の影響ははっきりと目に見える者ではないのでより、長期のスパンでの考えを持たなければならないという点ではタフ氏の研究は非常にありがたいですね。

  3. 子どもが大人にはないすごい能力を発揮するためには本文にあった〝「きみは安全だ」「先ゆきは明るい」「ガードをおろせ。まわりの人が守ってくれるし、養ってくれる」「好奇心を持て。世界はすばらしい驚きにあふれている」〟という信号が脳の中に送られているんですね。逆に大人がその能力を失ってしまったのは〝「警戒を意るな」「困難な人生に備えよ」〟という信号が少なからず送られているから、ということになるのでしょうか。それは、大人になる過程の環境によるのもあるのでしょう。いろんな学びからそんな風な考えに自然となるのでしょうね。大人とのアタッチメントで非認知能力は変わってくるものなんですね。

  4. ダメばかりだされているとやる気はなくなるし、心はすさんできます。指導者は、欠点を克服して長所を伸ばそうとするのかもしれません。その際、家庭環境がストレスフルで教室も短所、欠点を是正克服しようという雰囲気にあるなら、学ぶ意欲どころか、その場に存在することも嫌になるでしょう。家庭はそれぞれでしょうから如何ともしがたいところはありますが、せめて学校等の教室環境だけは子どもたちの心情意欲態度を意識した雰囲気づくりを心掛けていかなければならないでしょう。その際重要なことはポジティブシンキングでしょう。先生から送り出される「信号」を子どもたちは結構敏感にキャッチし対応するでしょう。どんな「信号」を出していくのか。人モノ空間という環境それぞれからポジネガのどちらの信号を出していくのか、あるいは出しているのか、その辺の気づきが大切になってくるような気がします。

  5. 幼稚園の初日に関する内容を読んで、入職してから今までを振り返った時、以前私が議題にあげた子供と保育士との距離感について藤森先生が、最初は近くそれから少しずつ離れていくのがいいという話をしてくださったのを思い出しました。今振り替えると私が入職してから今までの9ヶ月間自然とそうなってた気がします。もちろん子供の目線にたっても信頼関係のできていない先生にいきなり距離をとられても困惑するでしょうし、大人からしてもその子がどういった特性をもった子かを理解しないまま離れてしまっては安易に見守れないという様々な点から見て利にかなった距離感の作り方だったと経験を通じて改めて理解しました。

  6. キリンは敵から身を守る為に、寝ている時もその長い首を立てたまま寝るというのですが、本当でしょうか。習慣化され、本能レベルでそれが備わっているのであれば苦でもないのかもわかりませんが、人間にしてみたらとんでもないストレスで、不眠症になってしまうか、首をおかしくしてしまいそうです。常に身に危険が迫っている、というような恐怖や不安、恐れ、というものに対するプログラムがキリンレベルで備わってはいないとは言え、それに近いものを周囲が与えるとするならば、身体、心へのダメージは相当なものと想像します。大人でもそんなに気を張った毎日の中ではおかしくなってしまいそうなのに、子どもであれば尚更のことです。ふと生まれ兼ねない、生み出し兼ねないストレス、というものについて考える年なのかもわからないと思えてきます。

  7. 「親や世話人と、穏やかで安定したやりとりを重ねてきた子どもたちの場合には、注意を向けたり集中したりするための能力の土台となる神経の連結ができあがっているはずだというのです」とありました。園生活の中で、落ち着きのない子がいたりします。そんな時に、その子のことをあまり嘆くのではなく、その子を取り巻く環境はどうなのかということを冷静に把握することができれば、また違ったアプローチの仕方ができるのかなと思いました。それぞれ育っている環境や関係性もバラバラだかこそ、子どもに合わせた関わり方を考えないといけませんね。だかこそ、それをバランスと呼ぶのかもしれません。そんな感覚は大切にしたいなと思いました。

  8. 小学校に進級するまでに、子ども達が何を身につけてくるのか?よく自分の名前を書けるようにしておくように、授業を聞けるようにしておく、トイレをできるようにしておく・・・色々あるのかもしれませんが、藤森先生の講演で養護と教育の一体で、安定した心を持つことで教育が成り立つというのを思い出しました。ブログはアメリカなので幼稚園から書かれていますが、やはり乳児からが重要のような気がします。赤ちゃんが入園してから信頼できる大人を見つけて、そこから自分で色々な環境に働きかける。改めて大切な部分を振り返ることができました。

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