ケアの質

エデュケアでは現在、長期にわたるランダム化比較試験をおこなっているそうです。これがあと数年で完了した際には、プログラムの効果が決定的に立証されるはずだと言います。初期段階の結果からすでに、エデュケアに参加した子どもに強力な効果が見られているそうです。1歳の誕生日を迎えるまえにエデュケアに入った子どもの多くは、幼稚園に入るころには基礎的な知識や言葉の理解において国内の平均に追いついており、アタッチメントや自制心といった非認知能力においてもほかの子どもたちに追いついているそうです。また、エデュケアの提唱者らによれば、経済的な側面から見ても、こうした子どもたちを遅れたまま放置せずに幼稚園の時点で格差をなくしておくことから生じる利益は、それをしなかった場合にかかる経費、つまり特別教育、少年法整備、社会福祉の費用を考えればエデュケアのコストを払っても余りあるというのです。

子どもたちは毎週多くの時間をエデュケアのセンターで過ごします。しかもごく幼いうちから通うので、プログラムは当然、5歳になるまでの発達を大きく左右することになります。深刻な貧困のなかで育つ子どもが同年代の恵まれた子どもたちに追いつくためには、これくらい生活全般に関わる、子どもがどっぷり浸かれるほどの支援が必要なのだとタフ氏は主張します。

しかしここまで集中的ではなく、かかる費用も少ない介入を試し、子どもたちの日々の生活環境における重要な要素に狙いを正確に定めて働きかけることで、特大の効果をあげようとする取り組みもあるそうです。たとえば「みんなが家族」というオール・アワ・キンという取り組みです。現在コネチカット州の三つの都市で運営され、1500人あまりの子どもたちの面倒を見ているそうですが、一人にかかる費用は年間900ドルを下回っているそうです。これほど効率がいいのは、幼児期の介入に関する議論でつねに見過ごされてきた部分、つまり無認可の児童保育施設を改善することに力を注いでいるからだそうです。こうした無認可施設では、子どもたちは最低限の世話しか受けられず、身に危険が及ぶこともあります。オール・アワ・キンは自治体に強く働きかけ、こうした無認可施設を自分たちの「ファミリー・チャイルド・ケア・ネットワーク」に登録させるよう呼びかけているそうです。このネットワークでは、施設側は無料で定期的な保育訓練を受けられるそうです。さらに、2週間に一度、高度な保育テクニックの見本を示し、長期的な指導や助言を提供する指導者の訪間を受けるそうです。

ネットワークのおかげで、保育施設のケアの質が変わりました。データによれば、ネットワークに登録している保育所は、同市内の未登録の保育所よりも、子どもの発達に大きな貢献をしているそうです。タフ氏はニューヘイヴンにあるオール・アワ・キンの関連施設を二カ所訪問したそうですが、二カ所とも最貧困地域にある小さな、ばろほろの家で、贅沢な設備とは無縁であるものの、保育スペースは清潔で明るく、整理整頓されており、本や、お絵かき道具や、ごっこ遊び用のおもちゃなどがたくさん置かれていたそうです。保育者は世話をする乳幼児に気持ちを集中し、どちらの施設でも預かっていたのは五、六人だけでしたが、いつでもサポートできるように子どもが動揺したり、小さな対立が起こりそうになったときに、気を逸らすか、あるいは抱きしめることかできるように待ち構えていたそうです。

ケアの質” への8件のコメント

  1. 無認可の質を高める方法なんて考えたこともありませんでした。しかし、待機児童問題やら保育士不足やら問題ともなっている保育の質が問われている日本の今の現状を思うと、認可園だけでなく、無認可の保育の質向上が、日本の国力にも大きく影響してくるということでもありますし、学びが持てるシステムがあることは重要な意味をもたらすということなのですね。そして、貧困地域の決して良い状態とも言えない環境化であったとしても、清潔で玩具もあって保育士が愛情をもってよい距離感で見守ることで、子どもにも質の高い教育を提供できるという希望を感じました。

  2. エデュケアの取り組み、功を奏しているようですね。「保育スペースは清潔で明るく、整理整頓されており、本や、お絵かき道具や、ごっこ遊び用のおもちゃなどがたくさん置かれていた」「気を逸らすか、あるいは抱きしめることかできるように待ち構えていた」これって見守る保育藤森メソッドに通じますね。アメリカでは「見守る」は通用しないと聞いていましたが、そうでもないな、と思いました。この「待ち構えて」というところが重要ですね。温かく応答的関わりを保育者はしようとしているようです。保育者主導ではない、保育者が黒子になったり応援団になったりする風を想像できます。「見守る保育」の英語版をこれらエデュケア施設に贈呈したくなりました。おそらく彼らが必要としている資料でしょう。

  3. 〝無認可の児童保育施設を改善することに力を注いでいる〟という文言に驚きました。目からウロコのような感じです。最近の日本でも、待機児童問題などで急いで子どもを預けられる場を増やした結果かもしれませんが、質の部分で問題になっていることがニュースで取り上げられていることが目につくようになりました。貧困に苦しむ子どもたちにも、質の高い保育環境があることで日本の国力の底上げができていくのですね。本当に困っている子どもはそんな子どもたちなのかもしれません。ということはどうしなければならないか、考えていかなければなりませんね。

  4. 乳時期におけるエデュケアを受けた子どもたちが幼稚園の時点での格差がなくなるだけではなく、その先における問題にまで影響が出るということに目を向ければ、確かにエデュケアにコストをかけてもあまりあるほどの費用の削減になりますね。思えば、最近、経済紙においても「メンタルヘルス」の記事が多くなってきていますし、それに関する書籍も多く出ています。しかし、その内容を見ていると子どもとの関わりかたと同じような内容が書かれています。そこから推測するにやはり乳幼児期における経験がもしかしたら社会に出たときに影響しているのかもしれないなと感じます。非認知的能力というのはやはり乳幼児期にあるのではないかとその書籍類を見ていても感じます。そして、こういったことはもっと意識されなければならず。こういったことについては認可も無認可もないように思います。待機児という問題をただ解消するということだけではなく、子どもにおける影響というものまで視野を広げた理解が必要になってきますね。

  5. すべてのものは使いようということでしょうか。一般には悪いとされる環境でも使う人間が、ある程度の知識と技術と愛情を持っていれば荒れ地が花畑にもなるんですね。逆に言えばどんなに良い環境が整っていても使う人間がなにも考えないまま使っては意味がないということでしょう。私の実家の園はそれなりに大きな園庭や綺麗な園社があるわけですから宝の持ち腐れといわれないように努力しなくてはなりませんね。

  6. 凄くワクワクしてくるのは、例えばそれを見守る保育 Fujimori Methodとして行ったらどうなるのだろうということです。今、日本は豊かさの弊害からか保護者の消費者意識が問題視されていますが、そういう概念のない、当事者感覚で保育や教育を考える場所で、僕らの保育が行われるならば、それはとても効果のありそうなことと思えてきます。保護者理解と子ども理解の行き届いた中で思いっきり自分たちの保育を展開できる楽しさというものが未来に待っているとするならば、それはとても楽しみな未来と言えます。

  7. 「経済的な側面から見ても、こうした子どもたちを遅れたまま放置せずに幼稚園の時点で格差をなくしておくことから生じる利益は、それをしなかった場合にかかる経費、つまり特別教育、少年法整備、社会福祉の費用を考えればエデュケアのコストを払っても余りあるというのです」とありました。このように長期的な結果を重視するような取り組みが行われることが大切ですね。日本ではこの長期的な視点というのが課題でもあるのかなと思います。目先の利益ではなく、長い目でみた利益も大切にしたいです。また「つまり無認可の児童保育施設を改善することに力を注いでいるからだそうです。こうした無認可施設では、子どもたちは最低限の世話しか受けられず、身に危険が及ぶこともあります」ともあり、無認可の施設を整備する動きもあるのですね。日本における無認可施設とまたかなり違うのでしょうが、全ての子に均等に教育の機会をという流れは重要なことですね。

  8. 無認可の保育士施設の質の改善は素晴らしい取り組みですね。よく藤森先生も無認可の施設対象の研修に講演行かれていましたが、とても反応がよく、その後に見学に来られる方が多いと聞きます。おそらく無認可を運営されている先生もそれまでの保育や教育に疑問を持ち、模索している中で「見守る保育」で出会うことで道が開かれた感覚になるのかと思います。認可と無認可でも格差があると思いますが、子どもの為に最善な保育を実践しようとしている施設に対しては国が等しく支援できるような政策があると、保育の質が全体的に高くなると思います。

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