アタッチメントを育む

人生を不安定にする貧困などの要因のせいで多くのストレスにさらされている親は、ストレスのない親の場合よりも、子どもに対して配慮の行き届いた、おちついた反応をすること、つまり安定したアタッチメントを育むことがむずかしいと言われています。しかし近年、親が望ましい行動を学習することは可能であるとの理解が進み、研究者の関心を集めているそうです。貧困層の親に対してアタッチメントを育むアプローチを勧める取り組みは比較的容易だというのです。子育てへの介入が成功するとき、アタッチメントを育むことを狙いとしていなくても、結果としてそれができることもあるというのです。たとえばナース・ファミリー・パートナーシップのような健康に重点を置いた介入でも、あるいは「子どもと一緒に本を読もう」プログラムでも、ジャマイカの実験のようなものでもいいのですが、家庭訪問によってもっと子どもと遊んだり、本を読んだり、話したりすること、いい換えれば、もっと子どもとのやりとりを増やすことを親に促しているうちに、親の行動が安定したアタッチメントを育てる効果を生むことがわかったのです。

では、ストレスで疲弊した親とストレスで疲弊した子どものあいだに安定したアタッチメントを築きたいと思うなら、最良のアプローチは基本的には「情報」なのでしょうか?安定したアタッチメントにつながる行動やテクニックを、親に教えればいいのでしょうか?パンフレットか何かをつくって親に配れば、それで安定したアタッチメントに恵まれる子どもが増えるのでしょうか?

残念ながら、そう単純な問題ではないとタフ氏は言います。対面での遊びや、おちついた声でのやりとり、微笑み、温もりのあるふれあいなどの特定の行動がアタッチメントを育む助けになるのは確かですが、多くの親にとって、とりわけ逆境に暮らす親、あるいは自身が子どものときにアタッチメントを形成できなかった親、あるいはその両方にあてはまる親にとって、望ましい子育てを阻むいちばんの障害は、推奨される行動のリストを覚えられないことではないと言います。ほんとうの障害は、親自身がイライラしていたり、睡眠不足や鬱気味の状態にあったりして、泣き叫ぶ子ども、汚れたおむつをしてろくに昼寝もしてくれない子どもの相手をする気になれないことなのです。疲れきった親たちに必要なのは情報だけではありません。事実、アタッチメントに焦点を合わせた家庭訪問の成功例を見ると、子育てのヒントだけでなく、心理面、感情面の支援が提供されているのです。訪問者が共感や励ましを通して、子どもとの関係について気を楽にさせ、親としてこれでいいのだという安心感を持たせているのです。

アタッチメントを育む介入が正しく導入されれば、親も子どもも変わるというのです。ミネソタ大学では、虐待が報告されたことのある137の家庭を対象としたべつの研究がおこなわれたそうです。対象となったのは、自身が過去にネグレクトや虐待を受けて育った親が、新たに自分の子どもを持った家庭です。そうした家庭が対照群(コントロールグループ)と処置群(トリートメントグループ)に分けられ、前者は自治体からの標準的な福祉を受け、後者は親子関係に焦点を合わせたカウンセリングを一年間受けました。その年が終わる時点で、しつかりとしたアタッチメントが築けた子どもは対照群では2パーセントしかいなかったのですが、処置群では61パーセントにのぼったそうです。これはきわめて大きな差です。貧困層の子どもたちの将来の幸せにとって、非常に大きな意味を持つ結果であるとタフ氏は考えています。

アタッチメントを育む” への8件のコメント

  1. 育児をしている友人が、過去に「子どもが生まれてからの大変さや不安に、共感されただけでも救われたことがあった」と言っていたのを思い出しました。友人はきっと、共感されたことで我が子への対応ががらりと変わっていたのでしょうね。本文にも、養育者へのアプローチとして「訪問者が共感や励ましを通して、子どもとの関係について気を楽にさせ、親としてこれでいいのだという安心感を持たせている」ということで、育児当事者の気持ちを和らげ、これでいいのだという安心感と気持ちをわかってもらえたという孤独感を消失させる機会が、子どもにとっていかに重要で効果的であることを感じました。

  2. 最後に紹介されたデータからある気づきを得ました。つまり「自治体からの標準的な福祉を受け」るだけでは、子どもは大人にアタッチメントを形成できないのだ、ということです。やはり「親子関係に焦点を合わせたカウンセリング」が必要なのでしょう。アタッチメントを形成する主体は子どもです。それゆえ、大人は子どもがアタッチメントを形成しやすくするように「もっと子どもと遊んだり、本を読んだり、話したりすること、いい換えれば、もっと子どもとのやりとりを増やす」ということなのでしょう。家庭と異なる園において子どもが保育者にアタッチメントを形成するためには、通り一遍等の児童福祉ではいけないわけで、そこは子どもという主体と大人という主体の対峙が必要となるのでしょう。今回のブログを読みながらそんなことを考えました。職業として保育の営みが存続する限り、この「対峙」は常に意識しなければならないことでしょう。

  3. アタッチメントを形成するには、標準的な福祉というような一般的なものを当てはめていくだけでは形成されていかないんですね。最後の研究の結果からそのようなことを感じました。画一的なものではなく、その個々に合わせたアプローチをしていくことで、形成されていくものだという風に理解しました。よくよく考えてみると、我が家に3人の子どもがいますが、それぞれ違いますし、それぞれに考え方もあるでしょう。みんな同じでは成り立たないのは当然のことですよね。

  4. 現代社会において、「疲れきった親」が多いのは想像に難くありません。少子高齢化、労働人口の減少、これから先を見ればますます、こういった大人の環境にも拍車がかかってくるということが現状見えてきているように思います。だからこそ、「子育てのヒントだけではなく、心理面、感情面の支援の提供」というものの重要性は今後もっと必要になってくるでしょうね。結果として、この様子は、大人においても「心の安心基地」が必要になっているというようにも思います。現在では地域でのつながりやご近所づきあいもしづらい時代になっていますし、情報はあっても、お互いを認め合うような環境やコミュニティに出る時間もなく、実に孤独な保護者も多いのかもしれません。育児ノイローゼということもよく聞くワードになっていますし、なかなか一筋縄ではできないような時代なのだと思います。親にとっても「見守る」というスタンスが必要なのかもしれません。

  5. 余裕というのはどんな人にとっても必要なものというのがわかる内容でしたね。育児はもちろんですがそれ以外の仕事でも余裕がないというのはミスの誘発やその後の処理の遅れなどにも繋がります。時間的にも金銭的にも余裕がないと負のスパイラルに陥り結果的に精神的な余裕がどんどん削られていくのでしょう。ただ、上二つの余裕というのは今の格差が大きいこの日本ではなかなか改善できないと言うのが悲しい話ですね。

  6. 「人生を不安定にする貧困などの要因のせいで多くのストレスにさらされている親は、ストレスのない親の場合よりも、子どもに対して配慮の行き届いた、おちついた反応をすること、つまり安定したアタッチメントを育むことがむずかしいと言われています。」これは、ある意味では保育者による保育も同様に思えてきます。毎日が書類や上司からの要求に追われる日々の中では子どもの要求に応えることは困難で、それがもし家庭でもそのような状況で育てられていれば子どもは社会とはそういうものだと認識していくことになるでしょう。せめて園だけは、子どもにとって安心の場所でありたいと思うと同時に、そういう園が一つでも多くなるようにしていくことも、僕たちの仕事の大きな一つであることを改めて思います。

  7. 「アタッチメントに焦点を合わせた家庭訪問の成功例を見ると、子育てのヒントだけでなく、心理面、感情面の支援が提供されているのです。訪問者が共感や励ましを通して、子どもとの関係について気を楽にさせ、親としてこれでいいのだという安心感を持たせているのです」人と関わる上で大切なことを教えられました。共感は人と関わる上では欠かせない力になりますね。少し話は違うかもしれませんが、この共感力が育つような乳児期からの取り組みを意識することで、あらゆることがうまく回っていくように思います。先日、藤森先生が、子ども同士の関係を重視する教育を行えば、社会のあらゆる問題の解決につながっていくということを言われていましたが、まさにそのこととつながります。

  8. どんな親でも子どもからすると重要な存在である以上、親子の関係はとても大切だと思います。初めて子育てをした時に「こんなにも大変だったのか・・・」と気づきました。それまで保護者の気持ちも理解していたつもりでしたが、全くでしたね。子どもの送迎時で何気ない子育ての会話などで、保護者に子育ての辛さ、大変さを共感するだけでも、立派なカウンセリングではないでしょうか。保育士だから子育て余裕でしょ?と思われがちですが、そんなこともなく、一人の親としてちゃんと向き合う事も大切だと思いました。

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