普通の園

山口氏は、我が子をカナダの幼稚園に入園させた時の思い出を語っています。クラスの子どもたちは、彼の息子を除くとみな白人で、英語が母語だったので、そうした中に入っていくのは息子にとってはもちろん、親にとっても大変なストレスと困難があったそうです。小さいうちならば簡単に英語も身につくのではと甘い期待を抱いていたそうですが、これは全くの間違いだったそうです。それまで日本語で育てられた子どもが、突然英語オンリーの環境に放り込まれるというのは子どもにとって大変な負担です。それでも先生方は常に配慮して、山口氏らの持つ異文化も尊重してくれたそうです。息子は仲のよい友達ができましたし、親もなんとかやっていくことができたそうです。

では、海外の「普通の保育園・幼稚園」にはどのような効果があるのでしょうか?アルゼンチン、ノルウェー、スペイン、ドイツ、アメリカ(ジョージア州、オクラホマ州)といった国々それぞれで、幼児教育が学力に及ぼす影響を評価しているそうです。

これらの研究によると、幼児教育によってテストの点は上がります。しかし、その効果は長くても中学1年生になるあたりまでしか続かず、次第にその効果は薄れていくようです。このパターンはペリー就学前プロジェクトで見られたとおりです。やはり、学力面への影響は長続きしないようです。

いくつかの研究では、社会情緒的能力に対する影響も見ていますが、デンマークでは影響なし、スペインとドイツでは社会情緒的能力の向上と、それにともなう問題行動の減少が報告されているそうです。ペリー就学前プロジェクトで見られたように、長期的に効果が持続し、犯罪など社会にとって好ましくないような行動が減ったかという点については、まだよくわかっていないそうです。どうも、幼児期から大人になるまでの長期追跡調査を大規模に行うことが難しいためデータが不足しているからのようです。

これらの研究に共通しているのは、子どもの発達を改善する効果は、恵まれない貧しい家庭で育つ子どもたちに強く表れている点です。多くの研究では平均的な家庭で育つ子どもたちにする効果はほとんど認められていません。これは、研究が行われた先進国での平均的な家庭においては、たとえ公的な幼児教育に参加しなかったとしても、子どもにとってある程度早ましい環境を提供できるためだと考えられます。

また、イタリアの研究では、保育の質が子どもの発達にとって必要であることを指摘しているそうです。イタリアのボローニヤは有数の豊かな都市で、専業主婦が多く、祖父母が同じ近所にいて子どもの世話をしてくれるため、子どもにとっての家庭環境がとても恵まれています。こうした豊かな社会で大規模な幼児教育プログラムを導人した結果、子どもの発達にかえって悪影響があったことが報告されているそうです。

これは、家庭環境があまりに恵まれていた一方で、保育士1人に対するどもの比率がかなり高く、ポローニヤの保育園の質が低かったためだと考えられているそうです。乳幼児の発達には、大人と一対一で触れ合うことが重要だと山口氏は考えています。ですから、豊かな家庭における保育では、それを実践できるのですが、質の低い保育園では、子どもと大人が一対一で接する機会がほとんどありまん。

普通の園” への8件のコメント

  1. 保育の質、これは重要です。しかし、保育の質が高いとはどういう状況?山口氏は「乳幼児の発達には、大人と一対一で触れ合うことが重要だ」と考えているようですが、私は自分自身の経験からその考えに賛同できません。私は実に複数の大人と関わりながら乳幼児期を過ごしたようです。おかげで興味関心好奇心探求心の旺盛さを獲得できたと思っています。私は、事は個別具体的に考えなければならないと思っています。だから、学説と言われるものには一定の理解を示せますが、自分の経験と照らして違うものはやはり違う。確かにそこには客観性はないのですが。ペリー就学前教育の実験結果はその縦断的研究の長さ濃さゆえになかなか反証を示すことが難しいとされていますが、やがて反証されるでしょう。私たちホモサピエンスはそうして発展してきました。ところで山口氏の息子さんがカナダの幼稚園で経験されたと類似する経験を私たち親子も経験しました。「息子は仲のよい友達ができましたし、親もなんとかやっていくことができた」。これは本当に実感です。

  2. アメリカだけでなく、アルゼンチン、ノルウェー、スペイン、ドイツでも幼児教育を経験したことによってテストの点数は長続きしないという結果は、多くの施設で行ってしまっている小学校の先取り教育(教科教育)が、幼児教育には効果を発揮しないという大きな証拠にもなります。また、非認知能力のような長期的な効果を表す要素が新たに出てくることもあるかもしれませんね。そう考える、数十年後の保育の常識を考えることは、今の非常識の可能性を探ることの重要性を感じさせてくれたりもします。

  3. 幼児教育が学力に及ぼす影響は長くても中学1年生までなのですね。学力面での影響はそれほどないということがわかります。社会情緒的能力の向上が影響あるところと、そうではないところがあるというのは以外でした。実際のところ、まだわかっていないのですね。また、イタリア ボローニャでの結果をみていると果たして「保育の質とは?」とやはり考えてしまいます。そして、山口氏の「大人と一対一で触れ合うことの重要性」この言葉がどういったことを意味するのかがとても気になります。単に大人との関係が大切であるということが言えるのであれば疑問に思ってしまいますが、大人との信頼関係や愛着関係、安心基地としての大人と子どもの関係ということを指すのであれば、大人と子どもの一対一の関係はうなずけるようにも思います。実際、自園でも大人と子どもの関係というのはやはり重要な要素があるように思いますし、ハリス氏のいう「親がいなくても」という論説は理解はするのですが、やはりそこまで言い切るのはと思うところもあります。なんであれ、「保育の質」という本質を知るにあたって、様々な話を聴くことはとても有意義です。

  4. 〝乳幼児の発達には、大人と一対一で触れ合うことが重要〟という文言がありました。自分たちがしている保育を振り返ってみると、その部分は足りていないように感じます。ただ、それだけが必要だということではないのではないか、この文言だけを抜き取り、コメントを書いていくのはどうかとも思いましたが、最初に言った通り、その部分は足りていないという認識を持てたので、このコメントとなりました。一対一のメリットやあり方などのことを考えていかなければならないと思います。

  5. 言語の壁というのはなかなか分厚く、その壁を壊すことはかなりの苦労がいることを今感じています。私のクラスには二人ほど母国語が日本語ではない子供がいるのですが、保育士との関わりは問題がないように思えても子供同士の関わりがなかなか生まれずどのようにすべきか悩みます。子供にとっては言葉の壁というのはあまりないものだとばかり考えていましたからここまで如実に関わりに差が出てしまうと何らかの策を講じなければと思います。

  6. カナダで過ごした期間の何が山口氏の御子息の現在になっていて、そしてこれからになるのかを思うと、やはり認知的な内容を詰め込むような保育や教育は意味を成さないのではないか、と思えてきます。入園して必要だったのは何よりも良好な人間関係であり、それこそがその時のその子の救いであり、その保護者の救いでもあったのではないかと思うと、人を思いやる気持ちや人への思いやりに満ちた社会、文化というものは、人を育む上で何にも変え難いと言えるかもわかりません。
    先日、実習生の日誌の中にその日感動されたことが書かれていて、海外からの見学者と子どもたちが言葉は通じないのに笑い合ってコミニュケーションをとっていて驚いた、というものでした。言葉を超えて通じ合えるものが育まれるよう、環境を整えていくこともまた保育なのだと思いました。

  7. 「乳幼児の発達には、大人と一対一で触れ合うことが重要だと山口氏は考えています」このような捉え方をされているのですね。それは比較した質の低い保育園があまりにもひどい状況だからでしょうか。基本的な環境があるということが質の高いという捉え方をしているのでしょうか。私たちはそれよりもさらに踏み込んだ質というのを考えているということなのかもしれませんね。子どもたちが劣悪ではない環境で保育されるということは保証されているのかもしれませんが、やはりその先にある子ども同士の関係性に重点をおいた保育こそがさらに質を向上させいくものなのかもしれませんね。

  8. 最後の文章は何だかモヤモヤした感じです。大人との関係ももちろん大切ですが、それよりも子ども集団という環境の中で過ごす事が子どもの発達が育まれていくと考えているので、山口氏が大人と子どもの1対1の関係を重視したのは、あまりにも質の低い保育を見たからなのでしょうか。確かに保育室の環境も何もなく、誰がみても質が低いとなると大人と1対1の関係で丁寧に見るという方向に進んでしまいそうかもしれませんが、豊か家庭の環境を園にも求めて全く同じ環境にするのは少し違うと感じます。よく藤森先生が言う園でしか経験できないことをさせてあげることが大切だと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です