体罰とストレス

なぜ体罰は良くないと考えられているのでしょうか。山口氏はこう説明しています。「それは、親が体罰を行うことで、自分の葛藤や問題を暴力によって解決してよいという誤ったメッセージを伝えることになってしまうためだと考えられています。ある日本の研究では、幼児期に親に体罰を受けた子どもは、他の子どもに乱暴しがちで、問題行動を起こしやすくなる傾向があることを明らかにしています。」

「体罰は避けて、言葉できちんと説明すべきである」というしつけの原則は、誰でも頭では知っていることです。しかし、これを実践するためには大変な根気がいるのもたしかだと山口氏は言うのです。

それは、3歳ぐらいまでの子どもがわかるように言葉で説明すること自体大変ですし、親目線で見れば、何度説明しても子どもはちっとも行動を改めないように見えます。そもそも大人だって、一度言われたぐらいで行動を改められないのですから、子どもが特別悪いわけではないのですが、説明するほうのストレスが溜まるのもたしかだというのです。時には感情を爆発させてしまうこともあるでしょう。山口氏も、もちろん自分自身、そういう親の一人であるというのです。

彼は、あくまで個人的な経験に過ぎないのですが、彼の息子がかなり小さい間は、体罰とは忍耐をもって避けるべきものでしたが、幼稚園に通う頃になると、体罰は諦めざるを得ないものになったそうです。どんどん体が大きくなって、力もついてくると、子どもを力で押さえつけるなんて、早晩、自分にはできなくなると悟ったそうです。腕っぷしに自信がないという、なんだか後ろ向きな理由ですが、少しずつ言っていることか伝わっている実感がでてくると、子育てがぐっと楽しくなったのもたしかだと振り返ります。

また、山口氏は、思わぬ副作用として、息子を言葉で言い聞かせようとしているうちに、自己評価ながら、授業で学生に対する説明のしかたがうまくなったと思ったそうです。仕事をされている父親、母親も、子育てが仕事でのスキルアップにつながることもあるかもしれません。そう考えると、ほんの少しだけ気持ちが楽にならないでしょうかと、助言しています。

調査では、子育てについてのストレスも調べているそうですす。「子育てによる体の疲れが大きい」「自分の自由な時聞が持てない」など全部で18項目について、当てはまるかどうかを回答してもらい、その回答を統計的に処理することで、子育てストレスの指標を作成したそうです。

また、子育てからくる主観的幸福度は、「家族の結びつきが深まった」「子どもとのふれあいが楽しい」など全8項目の質問について、当てはまるかどうかを回答してもらい、そこから統計的処理を経て、幸福度についての指標を作成したそうです。

それは、子どもの発達指標同様、平均0、標準偏差が1になるように作成しています。しつけの質は、母親が4大卒以上である場合、0.23とプラスの大きな値になっています。母親が高校を卒業していない場合には、マイナス0.25とマイナスの大きな値でした。両者の差は標準偏差でおよそ0.5、偏差値で言うなら5違うわけですから、母親のしつけの質には、その学歴によって大きな差があると言えるようです。

体罰とストレス” への6件のコメント

  1. 「幼児期に親に体罰を受けた子どもは、他の子どもに乱暴しがちで、問題行動を起こしやすくなる傾向がある」という情報は、多くの保護者が知っておかなくてはいけない情報ですね。今話題の映画「ジョーカー」を観ましたが、まさに幼少期の親からの虐待によって精神的問題を抱えた主人公が大きくなり、多くの殺人をおかしてしまうという内容でした。主人公に共感はできませんが、ある意味被害者であることを感じざるを得ませんでした。そして、体罰ではなく「3歳ぐらいまでの子どもがわかるように言葉で説明すること」への努力は怠ってはいけませんね。怒るのは簡単です。ただ怒鳴ればいいのですが、長期的にみると問題が解決されていかないという見通しは持つべきですね。

  2. 私は、親から小突かれることもなく、そしてもちろん、殴られることもなく育ちました。おかげで、わが子を小突くことも、ましてや殴ることもなく今日まで育てられてきたなと感謝しております。言ってもわからないのだから、叩いて教え込まなければならない、という考えの親にこれまで何人か出くわしてきました。そのたびに、叩いて教え込んでも、結果、その子が大人にって子どもを叩いて教え込むことになる、と言ったのですが、結局、聴き入れてはもらえませんでした。何かの選手にするのなら暴力的指導も許されるのどうか。私はそう思わないのですが。暴力は嫌ですね。悪ふざけであろうが何であろうが私は嫌ですね。本人たちはじゃれ合っているということもあるようですが、傍で目にする私は不快です。しつけにせよ、じゃれ合いにせよ、叩き合う、殴り合う、やめなければいけません。

  3. 親が体罰を行うことは、自分の葛藤や問題を暴力で解決してよいということを伝えることになり、問題行動にも実際つながっているのですね。そのため「体罰は避けて、言葉できちんと説明すべき」というのはやはり胸に留めておかなければいけませんね。確かにこれは根気のいることですし、子どもとのやりとりをじっくりとすることが重要になります。しかし、この経験が仕事においても、生かされるというのは面白いですね。しかし、考えてみると子どもとのやり取りは「共感と傾聴」が中心になります。これは実社会でも同様に必要なスキルであると思いますし、仕事と育児も人とのやり取りの中が重要であるので、生かされていくというのは分かります。子どもとのやりとりはとても純粋で、まっすぐなやりとりになるなと感じることがあります。ものは考えようですが、「子どもに育てられる」というのはそういった関係性もあるのでしょうね。

  4. なぜ体罰がいけないことなのかという問題の答えとして〝親が体罰を行うことで、自分の葛藤や問題を暴力によって解決してよいという誤ったメッセージを伝えることになってしまうためだ〟とありました。
    子どもの頃に体罰を受けたことのある人は大人になって子どもを叩いてしまうことがある、というのは知っている人も多いと思います。そのような間違った伝承というのでしょうか、後世に残さないためにもできることはしていきたいですね。
    とはいっても、書いてある通り、言葉が通じないなど大人のいろんな理由はあるものです。それでも、その問題が体罰により本当に解決しているかどうか、長期的なものを見通すことができると良いのではないかと思いました。

  5. 私は体罰を受けた子供は皆一様に心に傷を抱え、何らかの問題を抱えながら生きなければいけなくなると考えていました。しかし以前もコメントで出した卒業論文のアンケートで暴行を受けたことがあると回答した方のコメント欄に「受けてみてやはり体罰はよくないものだと実感できた」というものがありました。これは決して体罰を肯定するものではありませんが、このような考え方ができる人もいると思うと、子育ての答えのなさは面白いなと思ってしまいました。

  6. もし学歴によって培われたものの一つが忍耐力であり、それを理由に進学を諦めていた場合には、忍耐力を必要とする子育ての場面においての振る舞いというのは短気なものになってしまうのかもわかりません。忍耐する、そこに生まれるストレスがどこかに出てしまうものであるとすると、それを解消する術を持っていると持っていないとでは大きな違いが出てくるようです。人を傷つけることでない、そういった何かを身近に置くことの大切さを思うと同時に、子育てで生まれるストレスは子育てで解消されるような、そういった好循環を生むようなコツを伝え合える機会などあれば、と思いました。

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