世話をする人が子どものもつれた感情に鋭敏に、注意深く反応するなら、子どもはひどく不快な感情にも自分でうまく対処できるようになると言われています。これは知力を要する学習ではありませんが、子どもの心に深く刻まれ、次にストレスに満ちた状况になったとき、あるいは先々さまざまな危機に直面したときに、真価を発揮すると言うのです。
ここ10年ほどのあいだに、神経科学者たちは齧歯類と人間の研究の両方で、とくに子どもがストレスを受けている局面での親のケアが、ホルモンなどの脳からの分泌物だけでなく、もっと深い、遺伝子発現に関わる部分でも子どもの発達に影響を与える証拠を発見したそうです。マギル大学の研究者らは、母ラットの特定の行動が、子ラットのDNAの配列に起こるメチル化に影響を与えることを明らかにしたそうです。子ラットがストレスを受けたときに母ラットが示す温かく繊細な対応、とくにリッキング・アンド・グルーミングと呼ばれるなだめるような行動が、DNA上で海馬を制御する部位のメチル化を抑制すると言うのです。海馬は、成長したときにストレスホルモンを処理する部位です。まだ検証段階だそうですが、人間の場合にも同様の効果があると見られているそうです。マギル大学の研究は、多くの親の、そして子ども時代をふり返ることのできる人々の直感を裏づけているのです。親のほんの小さな配慮が、非常に深いところからきわめて重要な遺伝情報に関わる部分まで掘りさげるようにして、子どもの発達を助けるというのです。
家庭環境が子どもの発達にプラスの影響を与える可能性があるとすれば、その反対もありうるということになります。とくにごく幼い時期に有害なストレスを経験すると、きわめて深刻な発達の中断が起こり、免疫システムや実行機能、心の健康が損なわれたりすることがわかっています。もちろん、近所で起こる暴力行為や見知らぬ人間からの虐待のような、家の外のストレス要因からも影響を受けますが、大半の子どもにとって、ストレス反応システムの発達への重大な脅威は家のなかにあると言うのです。
子どものストレスやトラウマの長期的な影響に関する研究の一つに、ACEと言われる「子ども時代の逆境の研究」があるそうです。アメリカ疾病予防管理センターの医師ロバート・アンダと、カリフォルニア州を拠点とする大規模医療保険団体カイザー・パーマネンテの予防医学部門の創設者、ヴィンセント・フェリッティが1990年代におこなったものだそうです。アンダとフェリッティは、カリフォルニア南部の1万7000人を超えるカイザーの患者を対象とし、子どものころのトラウマを引き起こす体験について調査したのです。対象者のほとんどが学歴の高い中年の白人でした。アンダとフェリッティは、家庭内で起こる事柄について10項目の質問をしたそうです。虐待に関する項目が三つ、ネグレクトに関する項目が二つ、あとの五つは「深刻な機能不全に陥った家庭」で育ったことを示すもの、DVを目撃した、両親が離婚した、家族のなかに刑務所に入っている者か精神疾患のある者、あるいはアルコールや薬物乱用の問題を抱える者がいた、などだったそうです。つまり、対象者が子どものころに経験した逆境の数だけを調べたそうです。